火遊びには冷たいお仕置きを
「ステファニー!」
「あら、ローノス殿下ではございませんか。御機嫌よう」
お茶会に出かけようとしたところ、一〇日前までわたくしの婚約者であったメルアナシア王国第一王子ローノス殿下と鉢合わせしてしまいました。
ここ我が家の門ですよ?
何故こんなところに殿下が?
憲兵は一体何をしているのです。
ん? あれは憲兵長ではありませんか。
ということは……。
……どうやらローノス殿下をエルンファスト侯爵家邸に誘導、と言いますか追い立ててきたようですね。
わたくしに決着をつけさせるために。
陛下のお指図かもしれません。
一働きせねばならないようです。
思わず苦笑してしまいますね。
我が家の護衛騎士を下がらせます。
「機嫌がいいように見えるか?」
「見えません」
「全部お前のせいだ!」
わたくしステファニーはエルンファスト侯爵家の娘です。
次期メルアナシア王への道が約束されていたローノス殿下の婚約者として、家格の面でも才覚の面でも不足はなかったと自負しております。
が、一〇日前の王家主催の夜会でローノス殿下は宣言なさったのですよ。
わたくしとの婚約を破棄し、どこぞの男爵令嬢を婚約者とすると。
「わたくしのせいでございますか」
「そうだ! おかげで私は何もかも失った!」
勝手に暴走したのはあなたのせいですよね?
殿下が立太子秒読みとされていたのは、わたくしが婚約者であり、エルンファスト侯爵家が後ろ盾であったからですよ?
殿下の真実の愛の何とか様では、到底将来の王妃は務まらないのです。
ローノス殿下は知恵が足りないのですから。
知恵が足りないのは次期王としての致命的な欠陥ではありません。
よき補佐に恵まれ、その言を採用すればよろしいだけですから。
しかしローノス殿下がわたくしとの婚約破棄に踏み切ったと言うことは、側近の言うことを聞かなかったからでしょう?
いえ、側近も見放して意見していなかったのかもしれないですね。
わたくしがローノス殿下を見限ったのと同じように。
「私は王位継承権を失い、そればかりか平民として放り出されることになった!」
「陛下としても苦渋の御決断であったかと思います。第二王子クライヴ殿下に支持を集めるために、ローノス殿下に対する措置が重くなったことは」
「そんなことを聞きたいんじゃない! ステファニー! お前はクライヴの婚約者となったろうが!」
「御指名いただきましたね。それが何か?」
「私はタニアを手に入れ損なったのに、お前ばかりが次期王妃の座に居座り続ける! 不公平ではないか!」
「……」
「私の愛を返せ!」
斬新な理論です。
ローノス殿下の頭の中ではこれが正当な理由なのでしょうかね?
あなたが咎められ罪に落とされたのは、王命による婚約を勝手に破棄し、王家の権威を失墜させ、王国の将来を不安に陥れたからですよ?
愛を求めたからではありません。
不公平だからでもありません。
ローノス殿下は、よく言えばロマンチストだとは思っておりました。
しかし愛がどうこうなどと言う身勝手を堂々と言ってしまえるほどとは。
わたくしも殿下を支える建前でしたから、ローノス殿下の王としての資質を深く考えたことはなかったですね。
それは陛下の役割だと思っておりましたし。
今のあなたは一種の狂人ではないですか。
「ヒッ……」
理屈が通じないのでありますなら、少々魔力で威圧します。
ブルブル震えておりますが、王になる身でしたらこれくらい抵抗できて当然なのですよ?
あなたが可愛くないと言ったわたくしの、これが将来の王妃に必要な威厳です。
わたくしがたゆまぬ努力によって得たものです。
ああ、殿下は失禁してしまいましたか。
あえて見てみぬふりをします。
あなたが平民落ちしているとしても、必要以上に辱めることはいたしません。
これが将来の王妃に必要な慈悲です。
しかるにローノス殿下は何を得ましたか?
威圧に耐えることさえできず。
わたくしを公開婚約破棄で辱め。
何とか言う、ああ、タニア様と仰いましたか?
真実の愛の男爵令嬢も既に修道院行きですよね。
殿下が媚びるように言います。
「す、ステファニー。お前は私を愛してくれていたのだろう?」
「そう努力はいたしました」
婚約者としての義務でした。
しかし婚約者でなくなった今の殿下が言いだしても興醒めですよ。
もっともあなたは義務さえ果たそうとしてくださいませんでしたね。
「……そうか。全てなかったことにしようというのか」
「なかったことにしたのは殿下です」
「私に責任を押しつけようとするとは!」
あまりの意識の乖離に眩暈がします。
責任とは負うものですよ。
王子であったローノス殿下やその婚約者であるわたくしには、統治者としての重い責任があるのですから。
あなたにだけ責任を押しつけようとした覚えはありませんが、分担はしていただかないと。
王は翼があっても飛べない。
責任の重さがあるから、と。
お妃教育の最初に習い、心に刻みつけた言葉です。
ローノス殿下だって知らないはずはないのですが。
「もう私はお前に絶望した! せめて道連れにしてやる! うおお!」
「アイススタチュー!」
魔法で瞬時に氷漬けにします。
魔法の実力はわたくしの最も評価されているところでありますから、幕引きには最適でしょう。
カチンと固まったローノス殿下はバランスを崩して倒れ、首が折れてころりと転がりました。
殿下、安らかにお眠りください。
つい先ほど威圧したばかりなのに、既にそれだけ動けるというところだけは尊敬しておきます。
恐る恐る執事が話しかけてきます。
「ステファニー様……」
「片付けは任せるわ」
平民落ちし王都追放処分が下されているにも拘らず、命令に背いて脱走しエルンファスト侯爵家邸に押し入った。
あまつさえ娘であるわたくしを襲おうとした。
ローノス殿下、それは確実に死罪なのですよ。
しかし元婚約者であるわたくしに手をかけさせるとは、後味の悪いことです。
殿下は魔物ではないですから、殺したって魔石すら得られません。
わたくしは処刑人でもありませんので、お給料ももらえません。
気分が悪くなるだけの、何とムダな行為だったことか。
殿下もくだらないことをさせるものです。
「憲兵長」
「はっ!」
「陛下への報告は任せてよろしいかしら?」
「はい、責任をもって」
憲兵隊がローノス殿下をエルンファスト侯爵家邸へ追い込んだのは、王家の恥をなるべく大っぴらにしたくなかったからだろうと思います。
公道で騒ぎになるよりうんとマシでしょうからね。
ただわたくしが吹っ切れているかどうか見定めよという、陛下の命がなかったとも言い切れません。
うがち過ぎかもしれませんが……。
「着替えてまいります」
「はっ!」
わたくしは新たに第二王子クライヴ殿下の婚約者となりました。
年下でやや頼りないところはありますけれども、わたくしに対して友好的な態度で接してくださいます。
わたくしもクライヴ殿下は可愛らしいなあと思うのですよ。
政略で結ばれるのであっても、心の通う部分があったほうがいい、とは思いますから。
ローノス殿下の言う、愛と通じるものがありますかね?
もっともローノス殿下は政略婚約などというものを認めなかったからこそ、真実の愛に走ったのでしたか。
結果はどうなりましたか?
誰も得をしないと理解しないまま冥府に旅立ちましたか?
王族の婚約には国民への義務と責任が伴うと知っていただきたかったですね。
いずれにしても冥福を祈るだけは祈っておきます。
ローノス殿下、わたくしがあなたの最期まで『殿下』という尊称を忘れないのにお気付きですか?
これは敬意の欠片です。
愛の欠片でないこと、お間違えなきよう。
ローノス殿下、冷たくなったあなたにわたくしから、形だけの敬意を。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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