解放
最終話です。
時給一年 19/19 現実 解放
画面が、消えた。
最初のように真っ暗な中にボヤーッと白いウインドウが浮かび上がってきた。
【 ゲーム内の記憶を残しますか? 】
迷いはなかった。
今度は警報音とともに赤いウインドウが出てきた。
【 警告!! 記憶を残す場合、体感時間分寿命が縮まります。よろしいですか? 】
即答。
気づいたら夏の夕方の中にいた。じわっと熱気が戻ってくる。
ゲーム開始時は能力の設定で1番遅くなった私が1番早く現実世界に戻ってきた。順々にみんな戻ってきた。4人で顔を見合わせた。誰も何も言わなかった。言葉より先に、足が動いた。
病院の自動ドアをくぐった瞬間、ひやっとした空気が体を包んだ。炎天下で滲んだ汗が一気に冷えて、じわっと肌に張りつく。エレベーターのボタンを押す間も、4人は何も言わなかった。
上がっていく数字を眺めながら、灯は唇をきゅっと結んでいた。視線が少し下を向いている。何を言うか、頭の中で何度も組み立て直しているみたいだった。
廊下に出ると、消毒液の匂いがした。白い床、白い壁。朔がさりげなくポケットに手を入れた。メモを確かめてる。透は無言のまま少し早足で、何かを頭の中でおさらいするような顔をしていた。蓮は少し後ろを歩いていた。
澪の病室が近づくにつれて、機械の音が聞こえてきた。廊下まで届く、ピッピッと規則正しい電子音。ドアの前で4人は一瞬止まった。
灯が、ドアを開けた。
病室に入ると澪の両親がいた。時間は19:00を回っている。いつもは学校終わりに来るからお父さんの方はまだ仕事中。だから出会う機会はそんなに多くない。だけどこの時間にはもう居るかもしれない。
「あら?今日はみんな揃ってきたの?」
ドアを開けると、珍しいと目を丸くしてお母さんが言う。部屋を見るとスーツ姿のお父さんも座っている。
「すいません、いつもより遅くなっちゃいました。」
「いいのよ、そんな」
「今日はさっきまでみんなとゲームセンターに行ってて」
私が答える。蓮の耳元に蚊が飛んでいるのか耳元を払う動きをしている。
「ゲーム?」
両親ともに不思議そうな顔をしている。ゲームセンターとみんな揃ってのお見舞いが結びついてないからだろう。無理もない。
「『カスタム』の抽選が当たったんですよ。それでみんなで遊んで」
「澪に会ってきました」
私が言うと、病室内が一瞬ピリついた。
「それで、そのカスタムの中の澪はどんなだったのかな?」
お父さんは笑顔で柔らかい口調で言う。
「えっと、ゲームなんですけど今こうやって話すようにすごくリアルだったんです。その中での澪はそれこそ去年までの澪そのまんまでした。他愛無い話をして一年間を時間を共にしてきました。」
うんうん、とお父さんは頷いている。
「遊んだ世界は『望んだ能力を体験できる世界』でした。自分は未来を予知できて」
「俺はこれから起こることを夢で予知できて」
「私は動物とお話ができて」
「私は、田舎のおじいちゃんに会ってきました」
4人がそれぞれ言う。
「望みが叶う一年間は面白かっただろうね。その中で澪は何を望んでいたのかな?」
4人が顔を合わせる。
「具体的な力としては分かりませんでした。しかし、澪は『私たちの未来』を望んでいました。」
「私たちの未来?」
「ゲームの中の澪は何も知らない、高校2年生の時のままでした。事故のことを知らない。料理ができなくて周りに振り回されながら笑って、それでも強くて。将来は具体的にはわからないけどお医者さんか看護師さんのような、人を支えて励ますような仕事をしたいと言っていました。」
「たしかにそういうことも言っていたね」
お父さんが懐かしいと微笑みながら、澪の存在を確かめるように聴いている。お母さんは若干眉をひそめながら聴いている。
「料理は何か作ろうとして失敗したの?」
「玉子焼きと冷やし中華を作ろうとして火事未遂を2回しました」
「ふふ、それはそれは。ゲームの中とはいえ迷惑かけたね」
お父さんから笑顔が溢れた。蓮は病室をぐるりと見回している。
「どした?」
朔から訊かれたが蓮自身も何が起こっているか分からないと首を傾げながら言った。
「いや、なんでもないよ」
「そういや朔、お前、あれ!」
「あれ?ああメモか」
「やっぱり!ぐちゃぐちゃじゃねぇか」
透が生徒手帳をめくり白紙のページに朔の殴り書きのメモを解読、転記し始めた。
「あの子はね、料理、得意だったのよ。小さい時から私のそばについて、よくお手伝いをしてくれていたわ。その中でも1番得意だったのは玉子焼き。お店で出てくるものより私は澪が作ったものの方が上手にできていたと思う。」
だからあなたたちの言う澪は偽物よ。言葉には言わないがそういう言葉の棘を感じる。
私たちの表情が少し曇ったがお父さんはまあまあと言いながら
「それで、それから澪はどうしていたの?」
「ゲームで遊べる期間が一年間。ずっといい友達でした。お正月から始まって最後の大晦日、澪は私たちの目の前で静かに消えていきました。」
「消えていったんだ。そうか。」
一呼吸だけ置いてから
「その時、澪はどんな顔をしていたかな?」
「泣きながらとびっきりの笑顔で『ありがとう』と言ってました。」
「笑顔で『ありがとう』か。澪らしいな」
「消えるってその前はその一言だけだったの?」
「いえ。澪自身すごく悩んだんだと思います。私がこのゲームの中で望んでいたこと、」
「たしか『おじいさんに会いにいった』のよね?」
「はい。」
「祖父は亡くなったんです。去年の冬に。」
「え?」
「危篤の知らせが届いて田舎に戻ったんですけど間に合いませんでした。だからゲームの中だけど生きている祖父に『ありがとう』『大好きだよ』『心配しないで』って伝えたかった。」
「灯ちゃんは優しいんだね。おじいさまもきっと喜んでおられる。それは伝えられたのかな?」
「はい。ちゃんと伝えました。あの中では元気で畑仕事を手伝って、私の方が先に根を上げてしまって笑われるくらい。寝る前にちゃんと伝えて、『そんな分かりきっていること言うためにわざわざ来たのか?』と笑いながら『ありがとう、ちゃんと分かってるよ』と撫でてくれました。」
「そうか、それはよかったね」
「はい。ハッキリとしたことは分かっていないんですが、私は去年亡くなった祖父に会いたいと願いました。祖父を生き返らせる力がもう1人にも適応されてたみたいなんです。私のゲームの中の力は『去年亡くなった大事な人にまた会いたい。【死者の蘇生】』でした。」
沈黙の時間が流れた。そして沈黙を破ったのは澪のお母さんだった。
「灯ちゃん、毎日お見舞いに来てくれてたよね?もしかして、その時からもう澪は亡くなってるって思ってたの?」
灯はできるだけ感情的にならずに事実だけ伝えようとしていた。それがバネを圧縮していた力が外れたように爆発した。
「断じてそんなことはありません!!」
テレビ台を思いっきり叩き『バンッ!』とすごい音が病室中に響き渡った。感情的に母親に飛びかからないように朔が灯の体を抑えている。
「私は澪の帰りを待っています!今も待っています!それはこの中であなたが1番よく知ってくれているんじゃないですか!?」
灯がこんなに怒りの感情むき出しになることはない。鋭い眼光で母親を睨み早口でほぼ一息で言った。
「いち゛ばん………。」
視線を落とし、さっきと違い弱々しい普段の口調に戻った。その声が震えていた。病室に再び沈黙が落ちる。
朔が崩れかけている灯を優しく支えながらゆっくりと口を開いた。
「こいつ、俺たちが何かおかしいって言ってもまったく耳を貸さなかったっす。『澪は生きてる。死んでないから生き返りもないじゃない!』って。」
そう言い終わるとほぼ同時に病室のドアが開いた。
「なんかすごい音しましたけど大丈夫ですか?」
看護師さんが入ってこようとするのを蓮が静止した。
「すいません、ペットボトル落としそうだったんで慌てて壁に押し付けるようにしたらすごい音出ちゃいました。お騒がせしました。」
看護師さんは「気をつけてくださいね」と言ってすぐに出ていった。
その間に灯は蹲って呼吸を整えていた。フーッと大きく息を吐いて涙を拭って再び話し出した。
「最初は蓮の愛犬が澪に寄り付かなくなって、『匂いが薄れていってる』って。そこから2人が予知する内容が大晦日の澪のことに集中していって私のところに来ました。一通り話を聞いて頭の整理をしてた時に澪が尋ねてきました。澪は望んだんです。『私が何者か?灯の知っていることを全部教えて!』澪は事故のことを知りませんでした。私の知っているこの状況をすべて話しました。言葉にならない言葉を紡いで全部伝えました。そこから私も澪も自傷しながら痛みに耐えてきました。そして、澪は私たちの未来を望んでいました」
「やっと解読できた!」
学生手帳に転記と解読を続けていた透が顔をあげる。
「ゲーム内で澪が最期の日に自分たちやご両親に対して言われていたこと、このバカがメモしてくれてます。読めなかったんですがやっと復元できました。」
みんな、今日はさ。ううん、今日までありがとう!突然だけどさ、今日が、最後の日、なんだよね?
ここがゲームの世界って実感がないんだけどさ、ムギが私を認識できなくなったり、影が実際に薄くなってたりで気付いちゃうよね。私は『別の存在』だって。
死にたくないな。うん、死にたくない。死にたくないよ。
ゲームが終わったらみんなは現実の世界に戻るんだよね?私は……、どこに行くんだろう?
考えると怖くなるよ。これが私の「死」の形なのかな?うんー怖いよ。考えると、震えが止まらないよ。
灯。昨日はありがとうね。
灯が言っていたこと、私も同じだよ。
一緒に買い物に行きたかった。他愛ない話をしながら歩きたかった。灯が素敵な人と出会って、その人のことを照れながら話してくれるのを聞きたかった。
朔がまた訳のわからないことを言い出して、みんなで笑いたかった。
蓮が動物に真剣な顔で話しかけているところを、こっそり見ていたかった。美味しいケーキ食べてとろけるような笑顔をもっと近くで見ていたかった。
透はいつもマイペースで朔とコントして笑わせてくれた。普段目立って喋らないのに一言で誰よりも存在感があった。
もっと、もっとたくさん、一緒にいたかった。
10月の終わり頃かな?
灯から初めてここがゲームの中だって聴いた時、最初は頭が真っ白になった。そもそもゲームって何?私はゲームの中にいるの?じゃあここは現実じゃないの?待って、じゃあみんなは?お父さんとお母さんは?
私は灯が作り出した、灯の記憶の中の私。
そんなこと突然言われても、わけがわからなかった。でも逃げずに聴いたよ。全部、聴いた。
話しながら灯がどんな顔をしていたか、今も覚えてる。本当は話したくないって、全身で拒否してたもんね。ごめんね、無理に話をさせて。あの時の嗚咽と涙、はっきりと覚えているよ。
私よりも灯の方がずっと痛かったよね。知っていながらずっと隣にいてくれたんだから。そして全部知ってたのに不安で泣いた私を包み込んでくれたんだよね。
みんなも。気付いてたよ。
みんな最後まで、いつも通りでいてくれたこと。
朔はいつも通りうるさくて、蓮はいつも通り鋭くて、透はいつも通り冷静で、灯はいつも通りそばにいてくれた。
私の前で、ずっとそうしていてくれたんだね。
私が灯から『全部』聴いて不安定だった時、朔がいきなりゾンビの世界の話を出してきた。あの時、私の存在がゾンビのようなものなんだよなって過ったけど、流行ってたもんね。普通に居るって簡単なようで、それがどれだけ大変だったか。朔が普通過ぎて透と蓮がすごくヒヤヒヤしてたこと、気付いてたけど気付かないふりをしてた。
全部聞いてから初めてわかった。ありがとう。本当に、ありがとう。
ゲームが始まった日、外がお正月なのに私は夏の制服で意味が分からなかった。
部屋を出たら灯が真っ先に飛んできたのを覚えてるよ。全体重でぶつかってきて、ギュッと強い力で抱きしめられて、最初は呼吸もできないくらいだった。鼻水で私の制服を汚して、ぐちゃぐちゃの顔で泣いていたよね。
あの時は正直、引いた。何事かと思った。
でも、今ならわかる。
あの時の灯は、一年間毎日いつかと待ち続けてた私に会えたんだよね。だからあんなに泣いていたんだね。あの酷い有様が、全部そういうことだったんだって、今になってやっとわかった。ごめんね、引いたりして。
そしてありがとう。そこまで、思ってくれていたんだね。
お父さん、お母さん。
先に逝くね。ごめんね。
本当はこんなはずじゃなかった。2人を看取るのが子どもの役目なのに、順番が違ってしまった。ごめんなさい。
大学に行って、仕事して、誰かと家族になって、2人が年を取ったら今度は私が支えるつもりだったのに。何もできないまま先に行くことが、一番申し訳ない。
でも、ありがとう。
お母さん、ずっとそばにいてくれてありがとう。
灯から聴いたよ。
毎日お風呂とトイレ以外私の横に居てくれてたんだね。『今はただ帰り方がわからなくなっているだけ』だって毎日のように言ってるって聴いたよ。
お母さんはたまに早合点しちゃうから、灯に対して怒っちゃダメだよ?
特に『澪が亡くなってるってずっと思ってたの?』みたいなことは本当にダメ!他の3人から散々言われても灯はただ一人、「澪は生きてるんだから!」って言い続けて苦しんだんだから。最後の一押ししたのは私だけどね。
ちょっと押し付けがましいところもあるけど、それだけ真剣に考えてくれてのことだって伝わっていたから。大丈夫。お母さんの子どもで、よかった。
お父さん、いつも私の気持ちを聞いてくれてありがとう。「澪はどうしたい?」って、ずっと聞いてくれていたね。お父さんは押し付けずにただ私を見てくれた。聞いてくれた。感じてくれた。私を尊重してくれているって素直に感じられてすごく嬉しかった。
だから、最後に答えるね。
お父さん、お母さん。
届くかな?届いたらいいな。
ううん、ここだけでもいい!
本当に、ここだけでも届いてほしいな。
2人には残酷かもしれないけれど、
『2人の人生を歩んでほしい。』
私のためにここにいなくていい。
私はもう、大丈夫だから。
1年間、本当に長かったと思う。ありがとう。
疲れたでしょう。もう、休んでいいよ。
私にとって、最高のお父さんとお母さんだったよ。
みんな、本当に、ありがとう。
「これが大晦日の日にゲーム内で自分たちとお二人に宛てた澪の言葉です。」
「そうか、ありがとう」
「でもこれはゲームの中の澪の言葉でしょう?現実の澪とは違うしどうしても偽m」
「母さん」
お父さんの声は静かだった。お母さんが口をつぐむ。でも目の端に涙が光っていた。堪えながら、それでも言葉が出てきた。
「だって、本物の澪はここにいるわ、ずっといたんだもの。突然ゲーム遊んできて中に澪がいてって言われてもなかなかはいそうですか、ってならないわ」
私は動かない澪の頬を触れて訊いた。
「ねぇ、澪?澪はどうしたい?」
……。
誰も何も言わない。生命維持装置の機械音だけが病室で聞こえている。どのくらい時間が経っただろう。
蓮はたったまま涙が溢れてきて嗚咽を吐きながら首を小さく動かす。言葉は出てこない。言葉にしようと口をもごもごさせるが出てこないで涙ばかり出てくる。
「ん?大丈夫か?」
蓮は首を縦に振って涙を堪えながらやっと出てきた一言
「……うん。」
小さく、たしかにそういうと、生命維持装置から警報が鳴る。血圧・呼吸数が下がり始めた。これが澪の答えだと父親は察する。
看護師さんが急ぎ入ってくる。機械に触れようとする看護師さんを制止して、
「渡邉さん、いつもありがとうございます。もう、いいんです。お医者様を呼んできてください。」
「嘘よ!そんな!澪!?澪ぉぉぉ!!」
泣きぐずれる母親を抱き寄せて2人で澪の元へ歩み寄る。
夏休み最終日、澪の家の前で澪のお父さんに呼び止められた。
「ゲームの中の澪はたしかに偽物だったのかもしれない。だけど、君の中にいる澪は、たしかに本物だったんだね。最期まで澪のそばに『いてくれてありがとう』。最期に私たちに澪を感じさせてくれてありがとう。澪の最高の友人で『いてくれてありがとう』。」
エピローグ
「お前、さっき突然『うん』って言ったのは?」
「澪の声が聞こえた『気』がしたの。『完璧な代弁だったよ、ありがとう。もう、行くね』って」
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
それから数年後
朔は起業して
透は医者になり
蓮はドッグトレーナー
私(灯)は看護師になった
澪は私たちの中で生き続けている
完結しました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
noteでコンテスト応募中です。そちらでも応援していただけると嬉しいです。




