第9話
ーーララ視点
「おい、なに辛気臭い顔をしてるんだ!働く場所がないお前を雇ってやったんだ、もっと男性客に媚びた感じで接客しろ!」
「…はい、すみません」
店主の濁った罵声が、狭いバックヤードに響く…はぁ、疲れた。
魔物によって愛する夫が殺され、幼い娘を一人で育てていかなければならなくなったあの日から、私の世界は色を失った。
物価の安いアシュタロテの街で、やっとの思いで見つけた仕事先は、客層の悪い、街はずれの居酒屋しかなかった。
なにより耐えがたいのが、店主から強要されているこの服装だ。
私にだけ用意されたそれは、膝上を大きく削った、布地の足りないミニスカート。そして、胸の形が露骨に強調されるほどピッタリとした薄い上着。
夜の店で男たちの視線を釘付けにするための衣装と言っても過言ではなく、とてもではないが、十歳の子を持つ母親が着るようなものではない。
当然、そんな格好で酒を運ぶ私に向けられる言葉はーー。
「おいおい、そんな服で誘ってるのか?」
「一晩いくらだ?」
耳を塞ぎたくなるような露骨な誘い。もちろん、相手にするつもりなど微塵もない。
けれど、今の私には他に雇ってくれる場所はなく、リリを養うために、唇を噛んで耐え忍ぶしかなかった。
しかも、あの子は私の疲れを敏感に察して、あんなに危険な森にまで入ってしまうような優しい子なのだ。
心優しい子に育ってくれた誇らしさと同時に、娘にそこまで心配させている自分自身の不甲斐なさに、胸が締め付けられる。
「…はぁ、今はまだ客も少ないから買い出し行ってこい。その服で、うちの店を宣伝しながらな」
「…わかりました」
切り替えなければ。嘆いていても現実は変わらない。
店長に言われた食材をメモして、外に向かった。
ーーソラ視点
「え…痴女?」
リリから聞き出した場所へ向かっていると、ちょうど店からララさんが出てきた。
タイミングは完璧だったが、あの人、普段あんな破廉恥な服装で働いてるの?痴女じゃん。
恥ずかしくないのだろうか。
後を追うと、案の定、獲物を見つけたハイエナのようなナンパ男たちが鼻を鳴らして近づいていく。
見るからにチャラそうな男が、しつこくララさんの進路を塞いでいた。あ、むき出しの肩を触った。
「やめて!」
「いいじゃん。その服装って誘ってるんだろ?買ってやるよ。銀貨1枚でどうだい?」
銀貨1枚。この世界の通貨は、上から白金貨、金貨、銀貨、銅貨だ。
金貨10枚で白金貨、銀貨10枚で金貨、銅貨10枚で銀貨と同価になる。
だいたい一般人が1年で稼ぐ額が金貨10枚とされている。
まあうちは貴族だからもっと稼いでるけどね(七光り)。
「私はそういう女じゃありません。そういうことがしたいなら、夜のお店にいきなさい!」
「え~いいじゃん。じゃあ、銀貨2枚でどう?」
しかししつこいなあのナンパ男。
気持ちはわかるが、拒絶している女性に対して強引に迫るのはナンセンスだ。
僕のモテ男マニュアルにもそう書いてある(ナンパを成功したことは無いけど)。
ぼんやり見ていると、ナンパ男がララさんの腕を無理やり引っ張り、路地裏へ連れ込もうとした。
流石にそろそろ止めないとね。
僕は颯爽と割って入った。
「ちょ、ちょっとお兄さん。嫌がってるじゃないか。そこらへんにしときなよ」
「きみはーー」
「あ?なんだよ、ガキは黙ってろ」
当然の反応だ。大人の男にとって、十歳の子供の制止など聞いてくれるわけがない。
けど、想定内だ。
僕は懐から財布を取り出した。
「お兄さん、貴族に逆らうの?」
「なっ…!」
男の顔が凍りつく。僕が示したのは、アシュタロテ家の家紋が精巧に刻印された革財布だ。
この世界において、貴族の紋章を偽称することは重罪中の重罪。
本物の貴族しか持ち得ないその証を前にして、平民が抗えるはずもない。
「ア、アシュタロテ家…」
「あ、知ってくれてたんだ。良かった。じゃあ、手を離してくれるよね?」
「あ、あぁ…」
そう言うとナンパ男はララさんから手を離し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
残されたララさんは、肩で息をしながら、信じられないものを見るような目で僕を見つめている。
薄っすらと汗をかいてるし、顔も赤くてなんかエロい。
「…ありがとう。あなた、貴族だったのね…。この間は失礼しました」
「いえ、気にしないでください。ララさんは間違ったことはしていません」
絶好のチャンス到来だ。ここで好感度稼いでおくか。
僕はわざとらしく、膝を小刻みに震わせてみせた。
「あなた、震えてるじゃない…怖かったのに、立ち向かってくれたのね。そうね、大人の男に立ち向かうのは怖いわよね。ありがとう」
「す、すみません…。ほっとしたら、急に恐怖が…。あ、あの、ぎゅってしてもらえますか?」
「え?え、えぇ、そうね。私のせいだものね…」
ララさんが、その柔らかな体で僕を優しく包み込んでくれた。よしよし。作戦通りだ。
てか、すごく良い匂いだな。柔らかいし。でかいし。最高だ。
なぜ女の人は良い匂いがするのだろうか?(難問)
「あ、あんまり匂いを嗅がないでちょうだい。…まったく、子どものくせに、ませてるわね」
クンクンと鼻を動かしていたのがバレちゃったけど、何とかなった。普通なら怒られそうだけど、スキルのおかげか対応がすごく甘い。
「…そういえば、すごい格好ですね。正直、ナンパ男の気持ちも分かります」
「な、なに言ってるのよ!子どものくせに」
「フッ…。いつまでも子どもじゃないですよ?」
僕は彼女の耳元で、少しだけ低めの声で囁く。
「あのねえ…。からかうのもいい加減にしなさい。それに、好きでこんな格好しないわよ。させられてるの…。この格好だと男の客が増えるんだって、バカバカしい…。っと、子どもに言うことじゃなかったわね」
「そうなんですね。ララさんの趣味じゃなくてよかったです」
「趣味なわけないでしょ!まあ、そうよね。友達の母親がこんな格好だったら引くわよね…」
ここだ。
「いえ…。ただ、素敵なララさんを僕意外に見せないでほしいだけですよ」
「なっ…」
決まった。彼女の頬が、夕焼けよりも鮮やかに赤らむ。
「ほ、ほんとマセガキね!子持ちのおばさんに何を言ってるの!…将来が心配だわ」
照れ隠しに顔を背けるララさん。その反応、ごちそうさまです。
その後も、僕は恐怖で動けないふりをして、しばらく感触と匂いを堪能しているとーー。
「ちょ、ちょっと、長くない?もう30分はたってるわよ??」
「…そうですね、仕事の邪魔してすみません」
「そ、そうだわ、忘れてた!急いで買い出し行かなきゃ!」
堪能堪能。今日はこの辺でいいかな。
今日はララさんの職場の様子を見て、どんな対応をするか考えるつもりだったけど、想像以上に収穫があった。
そして、この労働環境は思ったより劣悪だ…。痴女みたいな恰好もさせられるし、このままここにいたらララさんの貞操が危うい。
好感度をしっかり稼げたことを確信した僕は、ララさんと別れ、協会に行くことにした。




