第6話
ーーソニア視点
あ~~イライラする。腹の虫が収まらねえ。
俺は一人で、しかも正面からゴブリンを仕留めたんだぞ!?三人がかりで二体倒すより、俺の方がよっぽどかっこいいだろうが!
それに、詠唱魔法はどうしても隙ができるし、魔物に当てるのも難しい。
さっきのが当たったのは、ソラが体を張って囮になったからだ。あいつ、自分がどれだけ危ない橋を渡らされたか分かってんのか?
ソラの奴は全然分かってねえ。俺がどれだけすごいのか、どれだけかっこいいのかを!!
もっとだ。もっと強い魔物をぶっ飛ばして、あいつに俺だけを見させてやる!!
ーーマリン視点
ちょ、ちょっと、ソニアったらどうしたのよ?
さっきから急に不機嫌になるし、ズカズカと奥へ進んでいくし。
ソラちゃんのケガは魔法ですぐに治したけれど、もしまたケガをしたら…次はもっとひどいことになったらどうするのよ!
私の手の届かないところで重傷を負ったり、そのまま死んでしまったり…。
…だめだめ、そんな不吉なこと、考えるだけで胸が張り裂けそう。
何があっても、私がソラちゃんを守らないと。だってお姉ちゃんなんだから。
ねえ、そうでしょ?
ーーリリエル視点
なんで探索を続けることになったのか、私には少し不思議ですが…。
でも、私の拙い魔法でも、ゴブリンを倒せることが分かったのは大きな収穫でした。
これでいつか、一人でも薬草の採取に来られるようになるかもしれません。
お母さんのために、私が頑張らないと…。
ーーソラ視点
ソニア姉、急にどうしたんだろ。
僕でも理解不能な女心があるなんて思わなかったな。…っと、
「あぶなっ」
木の根に足を削られそうになり、思わずよろめく。危ない危ない。
「おい、大丈夫か?」
先頭のソニア姉が振り向いて僕の方を見る。
うーん、ソニア姉の歩く速度が速いのが原因なんだよなぁ…。
お?天才的なことを思いついたぞ。
好感度を爆上げしつつ、強制的に歩く速度を緩める一手を思いついた。
ぎゅっ。
僕は不意に、ソニア姉の手を握りしめた。
追い打ちに、上目遣いで見上げる。
「なっ…」
「ソニア姉、足元悪くて危ないから、手繋いでてもいい…?」
ソニア姉の好感度は決して低くないはずだ。
僕のスキルの効果もあるし、今までことあるごとに褒めてきた。
この一手、効果は絶大なはずだ。
「あ、あぁ。も、もちろんいいぞ。危ないからな」
「えへへ、ありがとう、ソニア姉。やっぱりソニア姉は頼りになって、かっこいいなぁ」
「っ…」
どうよ、この完璧な流れ。
ソニア姉の顔も真っ赤じゃないか。これは勝負あったな。
これで速度は僕が調整できるし、そんなに速くならないはずだ。
と思っていたら、ソニア姉が立ち止まってみんなに言った。
「ソ、ソラの言う通り、確かに足場も悪くなってきたし、日も若干落ちてきた。今日はこの辺にするか」
あれ?急に意見が変わったな。
引き返すこと自体は異論ないんだけど、さっきまでのあの強気な態度は何だったんだ。
言われたマリン姉もリリエルも微妙な顔をしてる。
「…そうね。私もそろそろ引き返した方がいいと思うわ。暗くなる前に戻りましょうか」
とはいえ、マリン姉も撤退には賛成のようで、ソニア姉の行動の不自然さには言及しなかった。
既に森の中腹まで入り込んでいる。帰る時間を考えたら、確かにもう帰らないと暗くなってしまう。
全員で踵を返そうとした、その時ーー。
「あ!あそこ見てください!薬草が生えてます!!」
リリエルが弾んだ声で指差した。その先には、周囲の雑草とは明らかに異なる、独特の光沢を持つ植物が生えていた。
僕には知識がないが、必死な様子のリリエルを見る限り、目当ての薬草で間違いないのだろう。
「ちょっと取ってきますね!」
彼女は弾けるような笑顔で、薬草の元へ駆けていく。
後衛のリリエルが先陣を切るのは不用心だが、周囲に魔物の気配はないし、すぐそこだ。
とはいえ、念のため僕もソニア姉の手を引いて彼女の側へ寄る。
リリエルはしゃがみ込み、泥も気にせず夢中で採取を始めた。
「…?あれ、あそこの木、何か変じゃない?」
背後から、マリン姉の不審げな声が聞こえた。
なんだろう。
マリン姉が指摘した、一本の巨木を注視してみるとーー。
あれ??なんかあの木目、少し動いてる??
それも、無防備に背中を晒しているリリエルの方向へ、這うようにーー。
「リリエル!危ない!木に擬態した魔物だ!!」
「きゃあ!!」
叫びと同時に、その「木目」が剥がれ落ちるように動いた。
カメレオンのような醜悪な魔物が、鞭のような舌を高速でリリエルへと伸ばす!
「とどけ!」
すぐに、ソニア姉が持っていた棒を全力で投げつけた。
いたっ。繋いでた僕の右手が悲鳴を上げた。投げつける瞬間に力を入れすぎだよ!骨が折れるかと思った。
だが、投げられた棒は見事にカメレオンの眉間を捉えた。
しかし、それよりも一瞬早く、魔物の舌がリリエルの肩を鋭く切り裂いた。
「ギャン!!!」
ソニア姉の【馬鹿力】に恐れをなしたのか、不意打ちを失敗したカメレオンは、すぐさま森の奥へと逃げ去っていった。
「大丈夫?すぐ治すからね。ヒール!」
「す、すみません…。ありがとうございます」
マリン姉が即座に駆け寄り、回復魔法をかける。
傷口は塞がれたが、結構な量の血が出ていた。
「ヒールでケガは治っても、失った血までは戻らないわ。早く帰りましょう」
「ああ…。そうだな」
「すみません…」
ほんと、間一髪だったな。森の奥は危ないなあ。木に擬態する魔物がいるなんて。
けど、これはチャンスだ。
「ほら、リリエル、肩を貸すよ」
僕が腕を差し出すと、リリエルは恥ずかしそうに頬を染めながらも、素直に僕に体重を預けてきた。
まだ幼く体の起伏はないが、その感触は驚くほど柔らかい。そして、めっちゃ軽い。ちゃんと食べてる?
役得、役得。
「お、重かったらごめんなさい。血の痕もあるし、ソラくんの身体も汚れてしまうかも…」
「気にしないから大丈夫だよ。それに、リリはとても軽いよ。重くなんてないさ」
リリにイケメン笑顔で返答する。
フッ。どうよ。これは完璧でしょ。ついでに呼び名を変えて距離をぐっと縮める高度なテクニックだ。
出展?もちろん、モテ男バイブルさ。
案の定、リリは耳まで真っ赤にして顔を背けた。
いやあ、ほんと自分の才能が怖い。
「…ほら、さっさと戻るぞ」
リリを支えるために一度離していた僕の右手を、ソニア姉が強引につないでくる。
ゆ、夢にまで見た両手に花状態だ!!
左肩には可憐なリリ。右手には(少し力は強いが)かっこいいソニア姉。
さっきまで戦闘していたとは思えないほど呑気な満足感を胸に、僕たちは森を後にした。




