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非モテの俺が異世界でモテ男バイブルを実践したら、ヒロイン同士の修羅場で世界が崩壊の危機です  作者: namamochi


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第5話

「鬱蒼としてるね…」


 一歩足を踏み入れると、朝だというのに頭上を覆う枝葉が日光を遮り、森の中はひんやりとした薄暗さに包まれていた。


「なんだ?怖くなったのか?」


 隣を歩くソニア姉が、からかうように僕の顔を覗き込んできた。


 あれから翌日。

 僕たちは、宣言通り街の近郊にある森を訪れていた。


 ここは魔物が出没するうえに、換金性の高い資源も薬草くらいしかない。そのため、大人たちも滅多に寄り付かない不人気な場所だ。

 事実、入り口からここまで誰ともすれ違うことはなく、僕たち子供だけでも容易に侵入することができてしまった。


 道中の会話で分かったことだが、リリエルは初歩的な攻撃魔法(火)を使えるらしい。

 身なりからして高度な魔法教育を受けているようには見えなかったが、この世界では生活の知恵として一般人も多少の魔法を心得ているものらしい。


 生活のための魔法、ということなので威力はあまり期待できないだろう。

 ちなみに彼女のスキルは、魔力が微増する程度のものだという。


 翻って、僕はといえば……未だに魔法の一撃すら放てない。

 前世の知識を総動員してイメージ修行に励んではいるのだが、どうにも感覚が掴めないのだ。素質の問題だろうか。

 あの脳筋を地で行くソニア姉でさえ、「身体強化」の魔法を使えるというのに。


 あの駄女神、愛嬌なんてニッチなものじゃなくて、もっと分かりやすい「大魔力」でもくれていれば苦労しなかったのに。


「前衛は俺、ソラ。後衛はマリン、リリエルでいいな」


 ソニア姉が、訓練用の棒を剣のように振り回しながら指揮を執る。


「まあそれが無難だよね。この人数だし」


「ソラちゃん、無理しちゃ駄目だよ~?少しでもケガしたらすぐに教えてね~?」


 マリン姉の心配性は、森に入ってからさらに加速している。もちろん、自分から怪我をするつもりはない。

 そもそも、今の僕にとって魔物と戦うメリットなど皆無だ。英雄になりたいなんて願望はないし、平穏に生きるためには過度な強さも必要ない。

 どうせ血気盛んなソニア姉が積極的に戦うだろうし、僕は消極的に戦っていこうっと(意味不明)。


 そんな打算的な戦略を胸に、僕たちはさらに奥へと足を踏み出す。


「なんか結構神秘的だね」


「初めて入りました…。すごい、自然の良い匂いがしますね」


 リリエルが少しだけ緊張を解き、深呼吸をする。確かに、手付かずの自然が放つ空気は澄んでいて心地いい。

 道は荒れているが、一応は人が通った痕跡が残っている。

 とりあえず視界に魔物の影はない。僕は慎重を期して、ところどころの木に目印を刻みながら、細い道を進むことにした。


 十数分ほど進んだ頃だろうか。前方から、耳障りな音が風に乗って届いてきた。


 グチャ、グチャ、グチャ……。


 湿った肉を咀嚼するような、不快な音。視線を向ければ、少し開けた広場に、人の子供ほどの背丈をした生物が三体、うずくまっていた。

 何かを貪り食っているようだ。


「お、ゴブリンじゃねーか。力を試すにはちょうどいい魔物だな」


「あれがゴブリン…。なんというか、悍ましい見た目ですね」


 リエルが顔を引き攣らせる。

 そうかな?汚れた人間の子供とさほど大差ないようにも見えるけど。


「見た目が気味悪いわねぇ。体の色も深緑で、同じ二足歩行なのに生理的に嫌悪感があるわ」


 マリン姉までもが嫌悪を露わにする。あれ?僕の感性がおかしいのか?

 前世の知識があるせいで、ファンタジー生物に対する耐性がつきすぎているのかもしれない。

 とりあえず、ここは周囲に合わせておこう。


「…そうだね。気持ち悪いけど、どうする?」


「倒すに決まってんだろうが。いくぞっ」


 言うや否や、ソニア姉が弾かれたように突っ込んでいった。

 作戦も連携もあったもんじゃない。


「おらああああああっ!」


 威勢のいい咆哮。当然、その声でゴブリンたちもこちらの存在に気づいた。

 これだから脳筋は…。

 放置して囲まれるのが一番不味い。僕は溜息をつき、急いで彼女の背中を追った。


 一方、ゴブリンたちは意外にも冷静だった。

 瞬時に二手に分かれると、一体がソニア姉を迎え撃ち、残りの二体が直線的にこちらへと向かってくる。

 あれ?ゴブリンの方が僕たちより賢くない?


 ゴブリンは素手だが、こちらはひょろひょろの木の棒だ。筋力差を考えればパワー勝負は自殺行為。

 そういうのはあの脳筋に任せて、僕は回避に専念し持久戦に持ち込もうとした、その時。


「魔法を撃ちます!ファイヤボール!」


 凛としたリリエルの声が響く。僕は即座に反応し、リリエルの射線上にゴブリンが重なるよう、囮となって誘導した。


「グギャァッ!?」


 放たれた火球が見事に一体のゴブリンを直撃する。ゴブリンは悲鳴を上げて転がり、動かなくなった。

 絶命したかは不明だが、少なくとも戦線離脱はさせられたようだ。

 よし、連携成功。と安堵したのも束の間ーー。


「ソラちゃん、あぶない!」


「えっ」


 バァン!


 側頭部を殴られたような衝撃。もう一体のゴブリンが、いつの間にか僕の死角に回り込んでいた。


「いてて…」


 幸い、ゴブリンの攻撃力はそれほどでもなかったようだ。軽微な打撲。せいぜい痣になる程度だろう、と冷静に自己診断していたのだが。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


 背後から、鼓膜を突き破らんばかりのマリン姉の絶叫が響いた。

 その形相は、まるで世界の終わりを目撃したかのように絶望に染まっている。


「マリン姉、落ち着いて!僕は大丈夫だから!回復魔法をお願い!」


 慌てて声を掛けるが、彼女の耳には届いていない。その間にも、ゴブリンがトドメを刺そうとニタニタ笑いながら迫ってくる。

 しかしーー


「フ、ファイヤボール!」


 リリエルの二発目の魔法が、正確にゴブリンの顔面を捉えた。

 ゴブリンは爆炎に包まれ、今度こそ完全に物言わぬ骸となって横たわる。


 …あれ?彼女、普通に強くないか?これだけの火力と精密さがあれば、昨日のいじめっ子たちなんて一瞬で消し炭にできたんじゃないの?


「ヒ、ヒール!!ヒール!!」


 思考を遮るように、マリン姉が半狂乱で回復魔法を連打する。一回で十分治ってるよ。


 ふと横を見れば、ソニア姉の方も終わったようで、返り血を浴びた棒を担いでこちらへ歩いてくる。

 なんだかんだ、みんな強いな。…僕だけ弱くないか?


「大丈夫ですか?ソラくん」


「大丈夫!?ソラちゃん!!」


 二人がかりで顔を覗き込まれる。

 少し殴られただけだし、こうして過剰にヒールもしてもらったんだ。死ぬ要素なんてどこにもない。


「二人とも、ありがとう。助かったよ」


 僕が微笑むと、マリン姉とリリエルは憑き物が落ちたように、安堵の表情を浮かべた。

 やれやれ、心配をかけすぎてしまったようだ。


「ソニア、もうここまでにしましょ?ソラちゃんもケガしちゃったし、いい経験になったでしょ?」


 マリン姉が、これ以上進むのを拒むように言った。


「ああ、そうだな。ゴブリン程度なら倒せるって分かったし、ソラも…悪かったな」


 ソニア姉は珍しく素直に謝りながら、手に持っていた棒を一振りし、付着した緑色の返り血を振り払った。

 昨日の唐突な提案は何だったのかと思ったが、単に自分の実力を試したかっただけなのだろう。


 考えてもわかんないしいいや。それよりも今は、窮地を救ってくれたリリエルの好感度を稼いでおくべきだ。


 僕はリリエルの元へ歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でた。


「僕は逃げ回ってるだけだったし、ゴブリンの攻撃も喰らっちゃって情けなかったけど、リリエルはかっこよかったね。二体も倒すなんて」


「…は?」


「そ、そんな…!ソラくんがゴブリンの注意を引いてくれてたから、魔法を撃つことができただけで、私なんて全然です!!」


 リリエルは顔を真っ赤にして俯く。謙遜しているが、その瞳は喜びで潤んでいる。

 よし、いい反応だ。


「いやいや、謙遜しなくていいよ。ほんとにさっきのリリエルはかっこよーーー」


「…まだだ」


「え?」


 さらなる賞賛の言葉を重ねようとした瞬間、ソニア姉の低い声が割って入った。


「まだ街には戻らねえ。もう少し奥の方まで行くぞ!」


 ええ…?今さっき「戻る」って空気じゃなかった?


「ちょ、ちょっとソニア?あなたもさっき戻るって言ってたじゃない。急にどうしたのよ」


 マリン姉の抗議も、今のソニア姉には届かない。彼女の目は、獲物を探す獣のように据わっていた。


「うるせえ。いいから行くぞ!」


 僕たちの返事を待つことなく、彼女はズカズカと森の深淵へと足を進めていく。

 ポニーテールでまとめられた赤髪が、なんだかいつもより逆立って見えるのは気のせいだろうか。

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