第3話
パァンッ!!
乾いた衝撃音が、広場に響き渡る。僕の細い腕は、真っ赤に腫れ上がった。
「いたっ…。ソ、ソニア姉、いつも言ってるけど、もう少し手加減してよ!」
痺れる腕をさすりながら、僕は目の前のソニア姉を仰ぎ見る。彼女は、片手に持った棒を肩に預け、不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「手加減したら、練習になんねーだろ!気合い入れろ!!」
野性味あふれる喝。その隣で、柔和な微笑みを湛えた姉、マリン姉がそっと駆け寄ってくる。
「ソラちゃん、大丈夫…?ケガしたら、すぐにお姉ちゃんが治してあげるからね?」
手がジンジンする。前世でもそうだったが、僕はどうにも筋力というものに恵まれない体質のようだ。
「ぼ、僕は戦闘系のスキルじゃないんだから…。ソニア姉とまともに打ち合えるわけないでしょ!」
「あぁん?スキルを言い訳にすんな!そんなの、努力でいくらでも覆せるだろーが!」
ソニア姉の咆哮が飛ぶ。
スキル。
この世界の住人は、例外なく何らかのスキルを一つ宿して生まれてくる。
五歳になると街の端にある教会へ赴き、神託を通じて自らのスキルを知るのがこの世界の常識だ。
最初は他人と重複することもあるが、経験を積み、成長するにつれてその力は独自の進化を遂げる。
進化先は千差万別で、最終的には世界に二つとない自分だけの能力になるらしい。
ソニア姉のスキル名は【馬鹿力】。その名の通り、身体能力を爆発的に増幅させるアクティブスキルだ。
対してマリン姉のスキル名は【癒し手】。回復魔法の効果を劇的に高める、これまた強力なアクティブスキル。
恵まれた姉二人。一方、僕のスキルはといえば…。
ーー回想
「それでは、そちらの部屋に入って、神様にお祈りをするように。そうすれば、スキルを教えてもらえます」
街の端っこの方にある古い教会の中。
老神父に促され、僕は重い木扉を抜けて「お祈り部屋」へと入った。自分は一体、どんなスキルを授かっているのか。
ワクワクが半分、期待外れだったらどうしようというドキドキが半分。
部屋の壁面には小さな女神像が並び、中央には一際巨大な石像が鎮座していた。
たおやかな髪、慈悲深い表情。だが、その顔は僕が死後の世界で出会ったあの「自称・女神」とは似ても似つかない。
この世界の宗教事情には疎いが、神様にもいろいろと種類や派閥があるのだろうか。
僕は大きな女神像の前で跪き、静かに目を閉じる。
スキルを告げる神様とは、一体どんな神々しい存在なのだろう。
あの女神と同じようなタイプなら、うっかり失礼なことを考えないようにしないと。心を読まれていたら厄介だ。
…まさか、あのアホっぽい女神が再び現れるなんてことはないよな。
そんな、取り留めもない懸念を抱きながらお祈りを捧げていると。
静寂を切り裂いて、どこからともなく聞き覚えのある声が響いた。
「げ………。………初めまして。私は女神よ。あなたにスキルを伝えます。心して聞きなさい」
うわ、あの女神と声が全く同じだ。
確信が脳裏をよぎるが、まだだ。目を開けて確認するまでは、偶然声が似ているだけの別神である可能性も存在する。
観測するまでは確定しない、シュレーディンガーの女神だ。僕は微かな希望を抱き、勇気を出して目を開けた。
…残念。そこには、前世の終わりに僕を送り出したあの女神が、引き攣った笑みを顔に張り付けて立っていた。
別にいいんだけど、なんだろう、このガッカリ感。せっかくなら別の神様を見てみたかったのに…。
そもそも、なぜ彼女は今さら初対面のフリをしているんだろう。まさか、忘れているんだろうか。
「前に会ったじゃないですか、女神様」
僕が率直な感想を口にした瞬間。彼女の顔から引き攣った微笑みが剥がれ落ち、露骨にブスッとした形相へと変貌した。
「あーもう、相変わらず失礼な男ね!何が引き攣った微笑みよ!何で記憶残ってるのよ、もーー!!」
「神様って神材不足なの?ワンオペは身体を壊すよ?せっかくなら、他の神様見たかったんだけど?」
「うるさい!あなたの魂を管理してるのは私なの!!こっちだって会いたかないわよ!」
どうやら神界は徹底した担当制らしい。残念だ。
「なにが残念よ!なにが!!言っておくけど、こんなに可愛くて優しい神様、他にいないからね!?他の神に同じような態度とれば、あんたとっくに焼かれてるからね!?」
いきなり物騒な神界事情を暴露された。無辜の民を焼くなんて、他の神様はなんて傲慢なんだろう。
「無辜……はぁ、もういいわ。つかれた。さっさとあなたのスキルを説明するわよ。あなたのスキル名は、【男は愛嬌】。効果は、パッシブスキルで、女性からの第一印象が少し良くなるわよ」
えっスキル名ダサッ。
「えっスキル名ダサッ」
「はぁ!?あなたの希望に沿ってるでしょうが!!」
「ハーレムは?莫大な魔力は!?」
「そんなの叶えられるわけないでしょうが!!あんた前世で世界でも救ったの!?」
何を言ってるんだこの駄女神は。
世界救うのに莫大な魔力が必要だろうに、世界を救わないと莫大な魔力を貰えない???
矛盾してるじゃないか!
「うるさい!屁理屈を…!!あぁぁぁもう、あなたにばっかり時間とってられないわよ!!さっさといけ!!」
女神がジリジリと間合いを詰め、僕を追い出そうと手を伸ばしてくる。
「さ、最後にこれだけ聞かせて?ここにくればまた女神様と話せるの?」
僕の問いに、女神は少しだけ毒気を抜かれたように足を止めた。
「…私に時間があれば話せるわよ。私の気が向いたらね。普通はそんなことしないけど、あなたは私のこと知ってるし、暇つぶしにはちょうどいいわ。その時は何か供物をもってきなさい」
供物、か。気が向いたら、そこらへんの野草か石ころでも適当に持ってくるとしよう。
「神への供物を適当にって、どんな神経してるのよ!」
「ち、違うよ!適当って言ったのは、適切なものをって意味でーー」
「あああうるさい!屁理屈を!!あんたと話していると頭痛くなってくるのよ!!さっさと出てけーー!」
ーー回想終了
あの時は、待望のファンタジー世界に来たというのに、あまりに地味なスキルを掴まされて愕然としたものだ。
確かに「どこでも通用する力」は望んだが、まさか「愛嬌」なんて…。
この恥ずかしい名前のせいで、誰にも正確なスキル名は紹介できず、周囲には効果の概要だけを濁して伝えている。
そしてもう一つ。相変わらず暴力的だった女神が言うには、この世界では結局のところ「努力」が物を言うらしい。
だから、僕には戦闘系のスキルはないけれど、血の滲むような訓練を積めば、ソニア姉より剛腕になり、マリン姉より高度な治癒魔法を操れるようになる可能性はゼロではない。
その点では、スキルは前世の才能と似たようなものだった。
…とはいえ。ソニア姉もマリン姉も、スキルに胡坐をかかず、人一倍の努力を欠かさないタイプだ。おかげで、僕との差は縮まるどころか、今日もしっかり開く一方なんだけどね。




