第13話
ーーリリエル視点
「ソラくん!!一体、私に何をしたんですか!?」
「…え?」
目の前で起きた大爆発。立ち込める土煙と魔物の断末魔を呆然と眺めながら、私は隣に座り込むソラくんを問いただしました。
というのも、彼に唇を重ねられた瞬間、空っぽだったはずの私の体内へ、濁流のような魔力が逆流してきたのです。
それと同時に、脳裏に無機質な声が響きました。
<<スキルが一時的に進化しました>>
…正直、意味が分かりませんでした。スキルが研鑽によって進化を遂げる現象は知っていましたが、一時的な進化のような現象があるなんて聞いていません。
「いや、僕にも何が何だか…。ぐっ」
ソラくんが苦悶の表情で脇腹を押さえます。彼の指の間からは、今も絶え間なく鮮血が溢れていました。
「っ。そうですね。今はそれどころではありませんでした。」
ソラくん自身も混乱しているようですが、今は謎解きよりも彼の命が先決です。
私は疑問を胸の奥に押し込めて、彼を支えながら森の出口へと急ぎました。
ーーソラ視点
その後、様子を見に来たアスタロテ家の私兵たちに、僕たちは森の入口で保護してもらった。
あの大爆発は街からもはっきりと見えていたらしい。
リリを無事に家まで送り届けるのを見届け、僕は這う這うの体で屋敷に戻ったのだがーー。
「…ヒール。ヒール。ヒール。ヒール。」
「マ、マリン姉。もう傷は治ったから大丈夫だよ。」
「…ヒール。ヒール。ヒール。ヒール。」
駄目だ。何も聞こえていない。
血塗れの姿で帰宅した僕を見て、マリン姉はただ無言で僕をベッドに押し倒し、膝枕の体勢で回復魔法を連発し始めた。
その瞳にハイライトはなく、底の見えない闇のような静謐さが宿っている。
もう傷は塞がっているのに、延々と回復魔法をかけてくる。膝枕をされており、目を離すことも、逃げることもできない。
「マ、マリン姉?心配かけてごめんね。本当にもう大丈夫だからね?」
「…ソラちゃん。私が悪かったわ。ソラちゃんから目を離した私が悪かった。ごめんなさい。ソラちゃんの怪我は私のせいよ。大丈夫。もうこれからは、怪我なんてさせないから…」
怖いよ!!しかし、今の彼女に何か言い返しても火に油を注ぐだけだろう。
マリン姉のなすがままになっているとーー。
「…口に血がついてる。怪我してるかもしれないわ。良く見たいから、起き上がって」
抵抗を諦めた僕は、言われるがままに身を起こした。マリン姉の美しい顔が視界を覆うほど近づいてきてーー。
チュッ。
…え!?
この人、突然キスしてきたよ!?どんな感情になってんの!?
光の消えた瞳で、僕の全てを塗りつぶそうとするような、重く湿ったキス。
「…え?なにこれ…?」
こっちのセリフだよ!!
っと、頭の中で叫んでいると、貧血でフラフラしてくる。
ヒールでは、失った血液は復活しないからだ。
「…ハイヒール」
その瞬間、体内の倦怠感が一気に霧散した。
血管に温かな血が満ち、活力が戻ってくる。
…あれ、急に元気になった。というか、血が戻っている?
バッ!!
マリン姉が僕の服を勢いよくめくる。急に恥ずかしいよ!
「…傷跡も消えてる」
おかしい。脇腹の深い傷は、通常のヒールでは跡が残るはずだ。
って、ハイヒール?
「マリン姉…。ハイヒール使えたの?」
「…ソラちゃんにキスをしたら、一時的に使えるようになったみたい」
…え?一体どういうことなの?
僕のスキルの影響が、マリン姉にまで及んだというのか。
女神さまに聞けばわかるかな。
「森の爆発…。リリちゃんは火魔法…」
なんかマリン姉がぶつぶつ言ってる。その言葉の端々に、冷徹な殺気が混じっている気がする。嫌な予感が、背筋を駆け抜けた。
「…ねえソラちゃん。もしかして、リリちゃんにーー」
「ごめん、用事を思い出した!傷も完治したし、僕は行くね!!」
僕はマリン姉の追求から逃れるべく、全速力で部屋を飛び出した。
ーー
「あぁ、それはあなたのスキルが進化したのよ」
精神世界で再会した女神様は、爪を触りながら事も無げにのたまった。
「スキルの進化…ですか?」
「そうよ。あなたのスキルは特殊だって言ったでしょう?スキル進化の条件を満たしたのよ」
…。
「え!?キスが進化条件だったんですか!?」
「そうよ。これであなたは、女性にキスをすると一時的にスキル進化させられるようになったわ。魔力、怪我の回復もついでね。あと、好感度の上昇も大きくなっているわよ」
キスが進化条件って、そんなことある!?
モテ男を目指す身としては望むところだが、条件が直球すぎて目眩がする。
「そうだったんですね…。それで僕は助かったんだ…」
「そうよ。というか、天界から見てたけどヒヤヒヤしたわ。あんた、あそこで囮になろうとするなんて結構男じゃない」
「心配してくれてたんですか?」
「そりゃ…当たり前でしょ。神様だって心配くらいするわよ」
この女神様、なんだかんだ言って僕のことが大好きなんだな。ツンデレな態度が実に可愛らしい。
「誰がツンデレよ!!意味不明なこと言うな!!出てけ!!!」
照れた女神さまに追い出された。
まったく、これだから女神さまは素直じゃないなぁ。
ーー
数日後。
「ソラ様…。先日は、大切な一人娘を無傷で家に帰してくださって、ありがとうございます。」
屋敷の応接間に、ララさんとリリが謝罪とお礼のために訪れていた。
ララさんの体調は無事に治ったみたいだ。
「このお礼をどのように申し上げればいいか…。言葉もございません」
「ソラくん…。助けに来てくれて、ありがとう」
「そんな、お礼なんていいですよ。貴族として、領民を守るという当然のことをしたまでです」
僕は彼女達を安心させるよう、聖者のような微笑みを浮かべて答える。
それに、本番はここからだ。
「そんな…。何かしらのお礼をしないままでは、私たちの気がすみません。私たちにできることでしたらなんでもします。…ソラ様は娘を気に入っているご様子。娘も満更ではありません。よければ…」
「ちょっ、お母さん!?何を言ってるの!?」
リリが顔を真っ赤にして叫ぶが、ララさんは真剣だ。
…というか、ララさんは何か勘違いしているな。
「ララさん…。まずは敬語をやめてください。前のような口調で構いません」
「しかし…」
「なんでもする、って言ったよね?」
「……分かったわ」
僕はここぞとばかりに、天才的な「三方良し」の提案を切り出す。
「…それで、今、うちの屋敷には僕専属のメイドがいません」
「…!!そういうことでしたら、私の娘をーーー」
「いえ、ララさん。僕のメイドになってくれませんか?」
「…え?」「え?」
二人の声が重なった。
そう、僕の狙いは最初から二人ともだ。
彼女を専属メイドとして住み込みで雇えば、彼女は劣悪な職場から解放され、リリもこの安全な屋敷で、使用人の家族として暮らせる。
そして僕は、毎日彼女たちの顔が見られる。まさに完璧な布陣だ。自分の頭脳が恐ろしい。
「今の職場は劣悪な環境でしょう。このままだと、ララさんはまた体調を崩すかもしれません。同じ問題が起こる可能性があります。それなら、ララさんはここで住み込みメイドとして、リリと一緒に住めばいい」
「そ、それは願ってもいないけどーーー。娘じゃなく、私でいいの??」
戸惑うララさん。その瞳に、期待と不安が入り混じっている。僕はトドメの一撃を放った。
「ええ。僕は、ララさんが欲しい」
「っ…」
ララさんの顔が、熟した果実のように真っ赤に染まる。
「…子どもの言うことを何真に受けてんの。絶対そういう意味じゃないってば…」
小声で自分に何かを言い聞かせている。
よし。最後の一押しだ。
僕は潤んだ瞳で彼女を見つめながら、言った。
「ララさん…。僕は、あなたが欲しいんです。…それとも、僕じゃダメですか?」
「~~~~~~っ!!わ、分かりました。住み込みで働かせていただきます!」
よし、堕ちた。完璧に堕ちた。
僕は内心で狂喜乱舞しながらも、顔にはどこまでも無垢な微笑を張り付けた。
「じゃあ、あとは執事との間でよろしくお願いします」
傍らに控える執事に目配せをし、二人を案内させる。
すべて計画通り。笑いが止まらない。
フッフッフッ。
こうして、僕はララさんを専属メイドにすることに成功した。
ーーそして舞台は、五年後へと移る。




