第12話
「僕は天才だ」
早朝、朝日が差し込む寝室で、僕は天才的な閃きと共に跳ね起きた。
というのも、ここ数日、僕はララさんの劣悪な職場環境をどう改善すべきか、モテ男としての知略を巡らせていた。
そこから救い出せば、ララさんからの好感度が爆上げなんじゃないだろうか?と思って、手段を色々と考えていた。
「お店を買収しよう。ララさんを店主にすれば、いつでも手料理が食べられるし、リリにも会える。全員がウィンの関係になる。僕良し、ララさん良し、リリ良し、の三方良しだ」
近江商人も驚愕の経営判断。
こう見えて、僕はアシュタロテ家の愛息子なのである。
金はあるし、親も僕の顔に免じて許してくれるだろう。
善は急げだ。
まずは当事者であるララさんの意向を確認するため、僕は意気揚々とあの薄暗い居酒屋へと向かった。
ーー
「だから知らねえって言ってるだろ、しつけえな!それより元気なら働け!お前が突然休んだせいで、仕事が溜まってんだ」
店の近くまで来ると、心無い罵声が通りに響いていた。
見れば、店主らしき男がララさんを怒鳴りつけている。
ララさんはいつになく取り乱し、必死な形相で男に縋り付いていた。
「だから、お前が今日体調不良で休むって俺に伝えた後、森の方へ行ったってさっきから言ってるだろ。それ以上のことは知らねえよ!」
「そんな、それじゃリリは…」
「ああもう、働かないならどっかいけよ!俺は忙しいんだ!じゃあな!」
男は吐き捨てるように言い、扉を乱暴に閉めて引っ込んでいった。
「…どうかしたんですか?」
その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らすララさん。
僕は背後からそっと近づき、彼女の震える肩を抱き寄せた。
温もりを伝えるように、その背を優しく撫でる。
「あなたは…」
「教えてください。リリがどこかへ行ったんですか?」
「…ッ。あなたは貴族だったわね…。助けてください!お願いします!」
ララさんは泥に塗れるのも厭わず、僕の足元で土下座した。
話を聞けば、リリは高熱で倒れたララさんのために、家計を助けようと独りで森へ薬草を採りに行ったのだという。
薬草のあった場所は、カメレオンがいる。リリ一人では危険だ。
すぐに向かわないといけない。
「教えてくれてありがとうございます。すぐに向かいますね」
「あ、ありがとうございます!!」
「アシュタロテの名前にかけて、リリを無事に帰します。ララさんは、家で休んでおいてくださいね」
僕は少しばかりの焦燥を胸に、森へと全速力で駆け出した。
ーー
アシュタロテ家の私兵を動かす権限は、今の僕にはない。それに、今は一分一秒が惜しい。親を説得する時間さえ惜しい。
けれど、場所は分かっている。薬草の場所なら、自分一人でも行ける場所だ。
それに、リリは火の魔法を使える。彼女が生き残るために戦っていれば、必ず「印」があるはずだ。
森へ踏み込んで間もなく、視界の先、木々の合間から細い煙が空へ昇るのが見えた。
あそこだ…!
戦っている。間に合う。
僕は呼吸を乱しながらも、煙の上がる現場へと突っ込んだ。
ーー
煙を目印に、現場に着く。そこは、薬草の採取場所のすぐ近くだった。
傷つき、肩で息をしながら、リリがカメレオンの魔物と対峙している。
間に合ったようだ。
「リリ、大丈夫か!」
「…その声は、ソラくんですか!?どうして?」
「バカ、振り向いている余裕は…っ」
リリがこちらを向いた瞬間、カメレオンの鞭のような舌が空気を切り裂いた。
危ない!
僕は無意識に体が動いていた。リリを横に突き飛ばし、その軌道上に自らの身体を割り込ませる。
「ぐっ…」
熱した鉄棒を打ち込まれたような衝撃。
カメレオンの舌が、僕の脇腹を深く突き刺す。
刺された場所が焼けるほど痛い。視界が白む。けれど、ここで意識を放せば二人とも死ぬ。
「ソラくん!!!」
「だ、大丈夫…。それより、今がチャンスだ!」
僕は執念で、脇腹に刺さったままのカメレオンの舌を、両手で渾身の力を込めて強く握りしめた。
「はやく!魔法を撃って!」
「グ、グゲェ」
獲物を仕留めたはずのカメレオンが、逆に逃げられないよう固定されたことに気づき、必死に舌を引き戻そうとする。
だが、離さない。痛みで意識が飛びそうになっても、僕はその一点だけに全ての神経を集中させた。
「フ、ファイヤボール!」
リリの魔法が当たるが、一発では絶命しない。
僕は血を吐きながらも、滑る舌を握り締める。
「ファイヤボール!ファイヤボール!」
火球が連射され、森に絶叫と焦熱の臭いが立ち込める。
数分後、三発目の魔法がその眉間を捉え、カメレオンは大きな断末魔と共に物言わぬ肉塊へと変わった。
ーー
「ふぅ…なんとかなった」
カメレオンの死を確認し、僕は脇腹から舌を引き抜いた。
溢れ出る鮮血が服を赤く染める。
「だ、大丈夫ですか!?」
「なんとか…」
リリが青い顔をして駆け寄ってくる。
あとでお礼を貰わないといけないが、今はそんなことしている余裕はない。
「あの、助けに来てくれたんですよね?ありがとうございます。迷惑をかけて本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げるリリ。
「話は後にしよう。今は逃げるのが先だ。リリも僕も、怪我をしている」
「ッ…。そうですね…。分かりました」
顔を上げたリリは、手を差し伸べてくる。
差し出された小さな手を、僕は握り返した。互いに身体を支え合い、出口を目指して歩き出す。
ーー
だが、運命は残酷だった。
「…そろそろ、薬草の採取場所ですね」
「うん…。そして、とてもまずい状況だ」
森の出口付近。
そこには、顔に見覚えのある「傷」を持つ別のカメレオンが、鎌首をもたげて鎮座していた。
前回、僕たちが撃退した個体だろうか。こちらにはまだ気づいていないが、道はそこ一本だ。
「…ここまで、ですね。私はもう魔力が無いので、魔法が使えません」
リリの絶望に満ちた呟き。それを否定する術を、今の僕は持っていなかった。
「…リリ。僕が囮になる。その隙に、ここから逃げて」
「!?できません!そもそも、私がこの森に一人で入ったからこうなったんです。それに、ソラ君は貴族です。囮になるのは私です」
「…この状況で、貴族とか平民とか関係ないよ。…それに、僕はもう体を満足に動かせないから、逃げることができないんだ」
「そんな…」
それは紛れもない事実だった。足に力が入らない。僕が囮になっても、二人で逃げようとしても、結果は同じだろう。
ならば、せめて彼女だけでも。
それに、僕にもプライドがある。
モテ男を目指す身として、女の子を置いて自分だけ助かる選択肢など、あり得ない。
そんな屈辱を味わって生きるくらいなら、死んだ方がマシだ。
…あ、でも最後に一つだけ。
さっきリリを助けたお礼だけは貰っておこう。
「リリ…。無事に逃げられるようにおまじないをするから、目をつぶって?」
「…?」
僕の覚悟を受け取ったのか、リリは泣きながら目をつぶる。
震えている彼女に、僕は優しく、けれど拒絶を許さない力強さで、その唇を重ねた。
前世を含めてのファーストキス。涙が含まれたその味は、驚くほど切なく、そして甘かった。
「…え?」
「さあ、これでリリは絶対に生きてここを出られる」
「…そ、そんな…。うそ…。ソラくん、今、何をしたんですか?」
呆然とするリリ。
…あれ?結構決まったシーンだと思ったのに、リリの反応が薄い。もしかして、いやだった!?
こんな締まりのない最後は嫌だ。もっと格好よく逝きたい。
「…じゃあね、子猫ちゃん。最後に良い思い出を、ありがとう」
やけくそで格好つけた台詞を吐き捨て、僕はよろめきながらカメレオンへと向かって歩き出した。
もうリリの顔は見れない(恥ずかしくて見てられない)。
ただ、背中で感じる彼女の視線が、たまらなく愛おしかった。
来世こそ、ハーレムを作れるといいな。
そんな儚い夢を願った、その時。
「…ファイヤストーム」
ドゴォォォン!!
僕のすぐ横を、太陽の欠片のような巨大な火柱が通り過ぎた。
眼前で爆発するカメレオン。鼓膜を揺らす轟音。
「…え?」
なんか目の前が爆発してる。
現実に追いつかない僕の脳内に、無機質な声が響き渡った。
<<スキルが進化しました>>
「…え?」




