学園祭編 その8 ぜってーゆるさん
展示会場に駆け込むと、ゼミの後輩たちが「えっ?」って顔でこっちを見た。
でも私は止まらない。迷いも恥も、置いてきた。
展示台の前に立つ。そこには、私のサイズに合わせて作られた、例の装甲スーツが鎮座している。
そして、近くの机には、ゼミの教授が座っていて――目が合った。
「おや、橘……くん?」
「教授。あれ、使います。出してください」
私の一言に、教授の肩がビクッと動いた。
「えっ……あ、ああ……わ、わかった……」
「だれか、装着、手伝ってください。」
「あ、はい。 え、と、 男子!すぐ出て!」
って叫んだのは、ゼミの女子チーム。
全員出ていくのも確認しないで服を脱ぎ始める。
絶対に着ないつもりだったから専用のアンダーウエアはないけど、下着なら動かせるのはテストでわかってる。
「ちょ、こなっちゃん、早っ!」
「男子! さっさと出て! あとスーツ分割急いで!!」
何か言われた気がするけど無視する。今のわたしには時間がない。パーツは次々と分割されて、女子たちの手で次々と私に装着されていく。
装甲がはめ込まれるたびに、ロック音が鳴る。
「スーツ起動確認!」
「密着センサー反応よし!」
「ありがとうございます。お借りします!」
ラストの装甲が閉じると同時に、私はくるりと踵を返して、全力ダッシュ。
このまま準備室まで一直線――
そして、わたしが駆け去ったあと、展示場には微妙な沈黙が残った。
「……え、なに? 今の、こなっちゃん? 怖かったぁ……」
「うん、目が……なんか、光がなかった……」
「え、マジで何があったの……? 怒らせたら一発で消されるやつ……?」
「着るのあんなに嫌がってたのに……あっさり着たよね!? どうしたの急に!?何があったの!?」
「……聞ける空気じゃなかったよね」
展示場を飛び出して、目指すは準備室。小宮先輩たちがいる、現場の中枢だ。
通路に出た瞬間、金属ブーツの着地音が床を震わせ、ざわめきが走る。
私の姿を見た通行人たちが、ポカンと口を開けて動きを止める。
「えっ、なに!? ロボ!? どこの展示品!?」
「うわ! こっち来た!? 避けろおお!!」
「ちょっ、展示用って聞いてたのに!? なんで走ってるの!?」
飲み物を盛大にぶちまける子、スマホを落としてフリーズする子、明らかに二度見する教授――
全員が全員、「何事!?」って顔をしてた。
でも構ってる時間なんてない。
私は一直線に、ただ一直線に――準備室へ走る。
遠く、背中越しに誰かの声が聞こえた。
「……今の、なんだったんだ?」
準備室のドアを蹴る勢いで開ける。
「小宮先輩! 準備できてますか!」
室内にいた十数名が、一斉にこっちを振り返った。
その視線の先頭、小宮先輩が目を細める。
「……ああ? 橘か……って、誰ぇ!?」
見慣れない装甲服姿に先輩の脳が追いつく前に、私は一歩踏み出す。
「残った二体、まだ使えますか!?」
「あ、え、星野居ないからすこし不安はのこるけど、チェックはした……」
小宮さんの言葉に、星野さんの姿がフラッシュバックする。
血に濡れた膝、荒い呼吸、壊れたドローン。
――許せない。
あの顔で笑ってた奴。
あんな風に、うちの子たちを――星野さんを、踏みにじった奴。
許せない。
絶対に。
「わかりました。いくよ!」
音声認識でドローンたちが起動し、赤いセンサーランプが一斉に点く。
私は踵を返し、再び全力ダッシュ。
室内には、起動音の余韻だけが、かすかに残っていた。
「……あれ、橘……だよな?」
「いや、でも……雰囲気というか、圧というか……」
「正面から目を合わせたら……あれ、助からないっていうか……なんか、覇王? 帝王? そんなオーラだった……」
「あれ、技演の装甲服だよな……展示されてたやつ」
「マジか……あれが、技演の女帝……」