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学園祭編 その7 スーパードローン大戦

 ドローンの再起動準備は、すぐ終わった。

 だって、うちの子たちはそもそも明後日の本番に向けての最終調整中だったんだよ? もちろん暴走なんかさせないし、セーフティもフルでかけてある。うん、完璧。


「今回は念のため、携帯ネットランチャーを装備させます」


 最終日の模擬戦で対テロ側が使う予定のやつで、安全確認のためにうちに仮置きされてたやつ。

 抱きつき捕獲よりも素早くて確実に拘束できるけど、弾は各1発きり。補充? できるわけない。


「安全性は確認済みだが……預かりものだから、なるべく壊さないように」


 会長のそんな軽口に、準備室にはわずかな笑いが戻った。

 そして、会長がモニター前に立って、全体に呼びかける。


「これより、旧棟への偵察任務を開始する。目的は立てこもり犯の人数、位置、そして人質の安否確認。……今回ばかりは、遊びじゃない。頼んだぞ」


 その声に、準備室の空気が一段ピリッと引き締まる。

 モニター前に座り直して、キーボードを叩きながら、私もぐっと息を吸い込んだ。


「——じゃ、みんな、行っておいで」


 画面の中で、ドローンたちが一斉に起動する。

 滑らかに立ち上がって、関節をチェックするように自然に動いてくれるあたりが、ほんとかわいい。ちょっとだけ手を振ってくれる子もいて、それ見た誰かが「うおお!」とか「かわいい!」とか「彼氏より反応いい!」とか叫んでたけど……うん、まあいいや。

 テストモードから演習モードへ。

 滑走、跳躍、通風口への侵入。どれもブレなし、文句なしの仕上がり。

 その一連の動作を見て、準備室の誰かがぽつりと漏らした。


「いや、やっぱおかしいって……。さっきのスライディング、膝の摩耗無視してない?」

「おかしいけど、完璧すぎてツッコミづらい……」

「ていうかあれが仕様なの? 特殊行動じゃなくて? あんなのどうやって対応すんだよ……」


 空気がざわつく中で、別の誰かがぼそっと呟いた。


「橘ぁ、それ、演習用って言ってたよな?」


 ……演習用です。勝つ気100%でドローン班の本気が詰まってるだけなんです。

 そして、画面の中でひとりのドローンが、音もなくドアを開けた。

 ……中にいた。


「反応あり。2名。……距離、近いです」


 モニターを見てくれてた子が、ちょっと緊張した声で言う。


「……無視できない距離だな」


 誰かが小さく呟いた。偵察だけのつもりだったけど、向こうもこっちに気づく寸前。

 今逃がしたら、人質の位置まで悟られちゃうかもしれない。


「捕獲に切り替えます」


 ドローンが素早く距離を詰めて、腰のランチャーを構える。

 発射音は「パスッ」っていう軽い音。

 網状のネットが空中でぱっと広がって、ターゲットを包み込みながら床に押し倒す。

 四隅の重りがドサッと落ちて、あっさり動けなくなった。……うん、見事すぎる。


「……おい、借り物でその精度ってどういうことだよ」


 ぼそりと誰かがつぶやいた。

 でも、うちの子たちにとっては当然だよね。目指してんのは最初から完全勝利なんだから。

 ――一人目、確保完了。

 続いて、背後から忍び寄った二体目が、捕まった1人目を助けようと近づいたもう一人を確保。

 今度は逆に、後ろから抱きついてガッとホールド。どこかで見たプロレス技みたいな……いや、うん、いい動きしてる、すごく。

 ――って、感心してる場合じゃないってば。

 だってこの子、捕獲前の動きが問題で。

 配管伝いに天井を這って、そのまま逆さまにぶら下がって、音もなくゆらゆらと近づいて……スッと頭を下にして降下。

 もう一人のほうへ走り出したやつが、振り返る間もなく背中から。

 ――二人目、確保完了。

 ……うん、アレだよアレ。映画とかで出てくる、人を餌にする宇宙生物。あの動き、完全にそれ。

 見てるこっちが悲鳴上げるわ、ほんと……。

 案の定、準備室のモニター前がざわついた。


「ねえ……いまの、ホラー映画で出てくるやつじゃなかった?」

「アレ絶対子ども泣くよ……」

「ドローンってこんな動きもできるんだ……すげぇけど、ちょっと嫌……」


 ……いや、この子たち、どこでこんなこと覚えたの?


「二名確保、拘束完了。人質確認に移ります」

「了解、次は東側、被害者らしき反応──」


 冷静な報告が続くたびに、私の胸の奥もじわじわと冷えていく。

 演習じゃない。本番。


 ──それでも、今は行くしかない。


「二名、搬出に移ります」


せっかく捕まえたんだ。逃がす義理はない。1号2号はそのまま捕まえた不良たちを運び出しに。


「了解、次は東側、被害者らしき反応──」


 そのときだった。

 画面が、突然バチバチッと砂嵐みたいに乱れて、一瞬、ノイズで真っ白になる。


「……なにこれ、ジャミング……?」


 違う。波形が変。

 これ、外部から無理やり周波数を歪められてる……!


「電波……干渉されてる!? どこから──」


 言いかけた瞬間、ドンッ!

 準備室の空気ごと震わせるような爆発音。

 旧棟のモニターのひとつが、真っ黒になった。物資室の近くだ。


「……うそ、いま爆発……!?」


 息を呑む中、別のドローン視点に切り替わる。

 煙の中に倒れてる機体が映った。動かない。──応答もない。


「機体1体、破損確認! コア、応答ありません!」


 ざわめきが一気に強まる。誰かが前のめりで叫ぶ。


「なに使われた!? ……え、映像、映像!」

「カメラ視点残ってるのは……あと二体分!」

「これ……EMP!? 外部から持ち込まれた携帯型かも!」


 バチン、とモニターがひとつ、火花を散らして落ちる。

 続けて、他の映像にもノイズが走って、赤い「通信ロスト」のアイコンが次々に点灯していく。

 視界が、消える。

 その中で、辛うじて生きてた映像が、ゆらりと動いた。

──星野さん、の、姿が。


 「いた……脚、血が……!」


 誰かの声が、氷水みたいに背中を伝った。

 星野さんが、しゃがみ込むようにして床に座り込んでいた。

 膝から血がにじんで、服も破れてる。

 苦しげな表情で、倒れたドローンの残骸に向かって、這うように手を伸ばしていた。

 ──その瞬間、背後から影が近づいた。


 「えっ……」


 思わず声が出た直後、星野さんの頭ががくんと揺れる。

 殴られた。

 ゆっくりと崩れるように、倒れる。

 その横で、笑っていた男がいた。

 モニター越しに、こっちに向かって。

 ふっと笑った。歪んだ、悪意に満ちた笑顔。

 そして映像はぶつりと切れた。


 ──……ムカつく。めちゃくちゃ、ムカついた。

 胸が焼ける。喉が熱い。血の気が逆流するみたいだった。


「ドローン2体、撤退開始! 人質2名確保、後退中です!」


 小宮先輩の声が響いた。


「1体失った……撤退ルート変えろ、B-3経由で講義棟へ!」

「了解! 警備連携、引き継ぎます!」


 現場が動いてる。機械は生きてる。人も助けた。

 でも。

 星野さんは──あの人は、まだ向こうにいる。

 怪我して、殴られて、助けを、待ってる。

 ──あの笑い顔が焼きついて離れない。


「おい橘、なにを──」


 私はもう、聞いていなかった。

 ぐるぐる回っていた思考が、ぴたりと止まる。

 目の前にあるのはただ一つ。やられた。壊された。

 うちの子たちが。星野さんが。

 ──だったらやり返すだけだ。倍にして。十倍にして。


 小宮先輩の声を無視して走り出す。 

 目指すは、ゼミの展示場。予定通りなら、あれはもう展示台に並んでるはず。


 あのスーツが。

 ……もう、迷ってる時間はない。

 殺意に近い怒りが、私の背中を押していた。

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