表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/17

学園祭編 その4 離脱不能点《ポイント・オブ・ノーリターン》

私がしっかり寝落ちしてる間に、小宮さんたちがリーダーに報告してたらしくて。

目を覚ました時には――旧棟での実地テスト、もう準備完了してました。

いや、やらなきゃいけないことだけど、せめて一言くらい相談があってもよかったんじゃないかなって。


「ドローン動かすらしいぞ」って話が広まるや否や、手の空いてた準備委員たちがぞろぞろ集まってきて――

いセットにか、モニター前には人だかり。

いやいや、ただのテストですよ? 見世物じゃないからね?

……なんて言いながら、ちょっと期待してる私もいたりする。

テストっていうより、初披露だもんね。

さて、うちの子たち、ちゃんと動いてくれるかな――


「充電よし。ロック解除。起動します。」


そして、ついに。小宮さんの宣言でテスト開始。

背中にごつい荷物を背負った5体のドローンが、静かに、でも堂々と動き出す。

……スーッと滑るようなあの滑走感、完璧。

人間よりスマートとかちょっと嫉妬するレベルなんだけど!?

思わず「よし」って声出たし。いや、ニヤけてない、ニヤけてないぞ私!!


「おお、滑らか。今年のはうまくできてるな。」


機械系の委員が腕を組んでうなずく。

うんうん、そうでしょそうでしょ? うちの子たちはできる子なんです!


ドローンたちは階段を上り、壁ギリギリを滑るように進んでいく。

人並みの運動能力はもはや当然。今求められるのは、その先。

「やっぱ人間型の関節構造にしたんだ? 膝の戻りが自然すぎる……」

「構造トレースだけじゃあそこまで出力出ないよね。アクチュエータ、可変ダンパー制御入れてる?」

理系たちは食い入るように画面を覗き込み、細部のチューニングを褒め合っていた。

星野さんもうれしそう。さんざん調節したからなあ。


一方そのころ――1年生の委員たちが、ドン引きしてるのが、顔に出まくってた。


「いや、ちょっと待って!? 最近のドローンってあんなの普通なの!?」

「階段はわかるけど!? 手すり滑り降りるのは普通じゃないでしょ!? 宅配ドローンはパルクールしないから!!」

「うわ、窓から飛び込んだ!?」

「ちょ、今ハンドサイン出してたよね!? ドローンって合図で連携するの!?」


うん、初々しいなあ……。その反応、めっちゃ懐かしい。

でも、気づいたら戻れなくなるんだよね――

ようこそ、こっち側へ。

技術の沼は、けっこう楽しいよ?


そして――ここからが本番。

あらかじめ仕込んでおいたルートに従って、ドローンの一体が停止する。

壁を蹴って――上体を引き上げて――片腕で天井の配管をキャッチ!

そのまま両手両足でホールドし、スルスルとスパイ映画ばりに滑っていく。

速度もブレも想定通り、センサーもバランサーも完璧。

……うん、成功。接触センサーもバランサーもきちんと動いてる。


「うわキモッ?! でも早!!」

「バランサーどうなってんだ!?」

後ろから悲鳴と驚きが聞こえるけど、そっちはスルー。

機体の挙動に集中する。


続いて別の個体がロッカーを登る。

セントラルエアコンの通風口、予定通り。

カバー外しも良し、腕の可動――あ、ここ、想定より深く回してる。


「……今、肩、抜けたよね?」

「うん、完全に外してる……怖」

「てか、戻すの前提で外してんの!?」


 理系たちの声が一段下がる。

 モジュール構造を利用して一回外しただけ。でも効果は抜群だ。

 会場のどよめきの中、観覧席の端っこで、

 わたしと星野さんは、そっと手を合わせた。


「がんばれ……みんな……」


「だいじょうぶ、ちゃんと教えた通りにやってる……!」


星野さんの目が潤んでた。完全に親バカだった。


小宮先輩は胸に手を当てて「完璧だ……」と呟いてる。……あれ、これ学校の発表会だったっけ?


……おや?通風口から出てくるときに上半身だけをぐるっと回して周辺確認してる。

え、ちょ、なにその動き!? 入れてない、絶対入れてない!!

いや待って、どこで覚えたの!?


「……あれ、あんなの入れたっけ……?」

「入れてない……よね?」

「たぶん、最適化してて他の動作がうまく繋がったのかな......?」

「学習ルーチン働いてるじゃん……」


 三人で顔を見合わせる。

 まさか、ここまでやるとは。

 まさか、こんなにやれる子たちだったとは――


そして、1階の個体が吹き抜けに近づく。

真上を見上げ――脚を沈める。

……いけっ!


バシュッ!


2階どころか3階の天井部近くまでジャンプ!バグ応用の瞬間出力強化コードの威力!


「まって!? 落ちる落ちる落ちる!!」

「届かないって!? ふつうに飛距離足りないって!!」


会場の叫びが響く中、私は予測ラインに目を凝らす。

……よし、届いた。指かけ成功。

懸垂動作に入る。上体引き上げ――問題なし。着地、OK。

落ちかけるように見えたドローンは、四階の縁に指をひっかけて、そのまま――懸垂!

ぐいっと本体を引き上げ、スッと廊下に着地。

何事もなかったかのように、そのまま走り出した。


「つかまった!? なんでつかめるの!? アレで体重支えられるの!?」

「ちょ、このモーション組んだの誰!? 土下座でも何でもするからコード見せて!!いやうちのゼミで一緒に開発やろう!!教授は俺が説得するから!!!」


「やったぁぁぁ!!」

「成功だよこなつちゃん!マジで天才!!」

「橘お前、ほんとすごいよ!!」


騒ぐ委員たちをほっといてパンッ!とハイタッチ。

星野さんも小宮先輩も、嬉しそうにドローンたちの成功を見つめてた。


……でも、その空気が、ぴたりと凍った。

音が、止まった。

誰も喋らない。誰も動かない。

……いや、視線が。凄く痛い。


そして、その中心――

前向会長が、鬼のような目でこっちを見ていた。


「ドローン班。……何か、釈明は?」


あっ……やば、やりすぎた?


「え、あ、その……」


反射的に手を挙げながら、わたしは、震える声で言った。


「え、えっと……その……勝ってもいいって、聞いてたんですよ!?

で、その……ドローン班は敵役って話だったし……だから、その……

えーと……はい……」


私が目を逸らす中、後ろの先輩二人が私をかばうように出てきた。


「いやー、俺と星野で準備してた時は、できれば面白いよね。やりたいけど無理だよねだったんだよ」


「そう。理論値では行けるって言ったの私だけど、普通は「それ無理だよね」って意味なのよ。せめて2階まで飛び上がれればいい演出になるかと思ってたんだ。」


「でもさ、橘に相談したらさ?

『あ、サージ出力一時的に上げるコードありますよー。制限値ギリならたぶん大丈夫ですー』って、サラッと!!

……んなこと言われたらテンション爆上がるよ!?

そりゃもう、やるしかないだろ!!」


小宮さんが周りに問いかける。半分くらいはうなずいてるなあ。


「「だから、できたからやった。反省はするけど後悔はしていない」」


小宮さんと星野さんが胸を張る。


「反省すればすべて許されると思ったら大間違いだからな!?」


会長が悲鳴を上げた。


「でも……これはこれでいいんじゃね?」


頭を抱える会長の後ろから誰かが言った。昨年の演習にも参加していた院生の委員だった。


「ここ数年さ、突入側の一方的な殲滅で終わってたじゃん?

 撃ちっぱなしで勝って終わりじゃ、ぶっちゃけつまらなかったんだよ。でも、今年のは、見世物としてはドローンの挙動だけでもめっちゃ映える。演出的にはむしろアリだと思うよ?」


 会長が腕を組む。


「暴走ドローンvs対処班か。対人セーフティはしっかりかけてあるんだよね?」


「「「暴走じゃない!!」」です!! そっちは今できる限りのことをしてあります。演習なんで想定外まで予想しろと言われたら難はありますけど……」


「そこは参加者側も覚悟してるはずだ。今までヌルかったけど事前に怪我に対する責任は負いませんって誓約書は昔からとってるし。」


そんなことしてる間にもドローン達は目標を占拠。データと機材を持ち出す準備に入った。


「あれ? 1…2… 1台増えてね?」

「ンなバカな。 最初5台だったんだから...…6台いるぅ!?」


「「ドローン班んんんん!!!説明ーー!!!」


私たちは顔を見合わせた。

星野さんも小宮さんも、苦笑いを浮かべながら誰が説明する?って目で私を見てくる。

……いや、それ私の役割なんですか?


「えーと、最初に背負ってた荷物、ありましたよね?」


「うん、あったけど……?」


「あれ、中身。ドローン1台分の予備パーツなんです。

5体で分担して運んでました。組立モジュール単位で。

もし何か壊れたら補修用、なければ――ああやって戦力増強、って」


場が凍った。


「あそこで、ドローン達が、組み上げたってこと?」


「ドローンの手なら工具いらないし、もともとモジュール設計なんでジョイント合わせて止めるだけでいけますから。」


「なんでそんなことを……」


「あそこの監視カメラ映像って、対テロ側に共有されるって聞いたので。

人数が違うと警戒が強くなって、動き鈍るかなって……

ほら、五体だと確認させといてフリーな1体がいたら、色々やりやすいかなーって……」


こなつの説明が終わったところで、前向会長が色んな懊悩を飲み込んだ表情でため息をついた。


「……とりあえず教授たちと相談してくる」


そう言って足早に廊下を去っていく。


その間、私たちは質問攻めだった。


「あのジャンプ、着地の許容どれくらい!? 落下速度いくつ!?」

「センサーどこ!? 関節!? 胴体!? 視線追従ある!?」

「モーションって……まさか全部手書き!? それともAI!? AIだよね!?」

「お願い!!土下座するから!!靴でも床でも舐めるから!!そのコード、今すぐ、見せてえええええ!!」


3人でわたわたしながら答えていると、戻ってきた会長が、みんなを手で制して前へ出た。


「教授陣の返答が出ました。」


みんなが一斉に注目する。


「一言で言うと――快諾された」


「「「は?」」」


「『我が校の誇りは技術力にある。ドローンを破壊してのストレス発散など言語道断。去年と同じだとナメてかかってる奴らには、徹底的に思い知らせてやりたまえ』って、満面の笑みで言ってた。何ならこっそり手伝わせろってのをあきらめてもらうの大変だった。」


 いや教授たち……! 何か過去によっぽど腹に据えかねることでもあったの?!


「というわけで!」


会長がくるりと振り返り、声を張る。


「今年は勝ちにいきます!!」


「「「うおおおおおおお!!」」」


テンションが爆発する準備委員会。

「うおおおおお!!」って、誰かが叫んだのを皮切りに、もうそこらじゅうが大盛り上がり。

星野さんはお腹を抱えて笑い転げてるし、小宮さんは机をバンバン叩いてる。

委員長は「絶対勝つぞ!」って吠えてるし、他の委員たちもみんな、目がギラギラしてた。

熱量が、会議室の壁を震わせそうなほどに渦巻いてる。

まるで打ち上げ花火の真ん中にいるみたいな――そんな光景だった。


……でも。

わたしは、輪のすこし外側に立っていた。

私は本番にはいないし、名前も残らない。ただの助っ人。

だから。

盛り上がる空気の中、わたしは静かに、そっと言ってみた。


「……てことで、お手伝いは終了したので、私の出番はここまで……ってことですかね」


言った瞬間、自分でも少し驚いた。

声にしてみると、それが案外、名残惜しく聞こえてしまって。

……ないない。たぶん、気のせい。

でも、ほんの少しだけ。

この喧騒の中で、自分の名前が呼ばれる未来を、見てみたかった気もする。

 なのに。

 なんで静かになるの?

 なんでみんなでこっち見るの?


「やだぁぁぁぁぁぁ!!」


星野さんが泣きながらダッシュしてくる。

勢いそのまま、私に体当たり抱きつき!


「ぐぇっ!?」


「こなつちゃん、ひどいぃぃぃ……!!」


絶対に逃がさないとばかりに私を抱きしめる。いま、どこかギシって鳴った?!


「あんなに一緒に頑張ったのに……終わったら、はいバイバイなの……!?

私とこなつちゃんの関係って、その程度だったの!?」


「いや、私そもそも助っ――」


「わかってるよ!? 助っ人だってことくらい! でもさ、でもさぁ……!

一緒にコード書いて、テストして、笑って泣いて、それで『じゃあね』はないでしょ……!

こなつちゃんがいなかったら、ここまで来れなかったのに……!

見捨てるなら私を殺してあなたも死ぬの!くらいの仲になったと思ってたのに!」


それ逆だから!!いや死なないけど!!


「私は! 私はもう! 同じ釜のカップ麺を食べた仲間だと思ってたのに!!」


「……食べてないです、あれ全部私のぶんでした」


「それは気持ちの問題だよね!?」


 暴走する星野さんの背後から、小宮さんがぽつり。


「橘はもううちの班員だろ。……ってか、あれだけコード書いてまだ他人って、逆に無理あるわ」


 それを聞いた星野さんがさらにヒートアップ。


「そうだよ! いまさら部外者ですとか言われても困るの! こなつちゃん抜きで演習とか考えられないし、置いてかれたら、私……もう、引きこもって、端末に『こなつ』って名前つけて話しかけながら生きることになるから!」


「待って重い重い重い!!!」


 もはや何を言ってるのかわからないというかわかりたくない。

 止まらない星野さん。そろそろ誰かブレーキを――


 ――と思ったら、小宮さんがさらっと刺してきた。


「いまさら抜けようったって逃がさないからな?」


  ああもう、そういう静かな一撃、ほんとやめて。

  心にくるから。反則だよ……。


「それに、あいつらの制御フォロー、誰がやるんだ? 俺たちじゃ無理だぞ。責任取れ。」


 ……うわ。

 それ、ずるいわ。

 ほんと、ずるい。

 そんな言い方されたら、もう――逃げられないじゃん。

 通風孔への侵入も、配管渡りも、吹き抜けジャンプも――

 どれもあの子たちがやれるようにって、私達が調整したんだ。

 見せ場が映えるように。

 ちゃんと、成功するように。

 失敗しないように。

「あとお願い、じゃあね」なんて、放置できるわけない。

 冷静ぶって、部外者気取って。

 ――だっさいな、私。


「……はあ。しゃーないですねもう……」


 天を仰いで大げさに息を吐く。

 そして、ゆっくりと――でもちゃんと、覚悟を決めた。


「……じゃあ、責任取ります。

最後まで、ぜんぶ、見届けます」


「こなつちゃん……!」


 星野さんの腕に力が入る。ぐるし、いま、背骨がメキって!?


「じゃ、書類はこっちで作っとくから。」


会長、手際よすぎます。今の絶対テンプレ用意してましたよね。どのタイミングで保存してたんですか。


「コード!コードもらうまではあきらめないからな!犬と呼べ!!それとも社立てて祀ればいいか!?」


 あんたはちょっと落ち着いて一回深呼吸しようか!?

 あと社立てて祀るって何!?私はご神体ですか!?


 ……って、なんでみんな、そんな顔してんの。

 いまさら何言ってんの、って。

 そっか。もう、とっくにただの助っ人なんかじゃなくなってたんだ。


 でも――これだけは譲れない。


「星野さん……カップ麺、あとで請求しますからね」


「もちろん! 銘柄指定していいよ!!」


「生麵タイプのお高いやつ、3箱で。」


「ぐっ、せめて1箱に……」


「やです。」


これくらいは、いいよね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ