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学園祭編 その3 助っ人です。よろしくお願いします。

スーツのことはもう考えない。机に突っ伏したまま、現実逃避を決め込んでいると──


「こなっちゃん、ちょっといい?」


 先輩の声が頭の上から降ってきた。顔も上げずに答える。


「……ダメです。今はただの物体Aです」


「そっかそっか、じゃあ物体Aでもいいや。イベントの応援、頼みたいんだけど」


物体Aだって言ってるのに。


「イベントの応援、ですか?」


 ゆっくり顔を上げると、先輩は資料の束をぱらぱらと広げていた。


「今年の学祭でもやるのよ、恒例の対テロリスト演習。知らない? 学校に立てこもったテロリストを、学生チームが制圧するって設定のあれ」


「……ああ、あれ。男子が全力で盛り上がるやつですよね」


「そうそう。昔はテロリスト役も学生がやってたんだけど、制圧側が年々ガチになりすぎてね。持ち込まれるのがもう武器じゃなくて兵器の域までいってるのもあるんだわ。去年は破棄予定品とはいえ防爆仕様のシャッターが吹っ飛んだし。」


「……せんそーはんたいー」


まだ起きる気になれない。この学校の連中が本気でふざけたら校舎なんてひとたまりもあるまい。シャッター程度で済んでるなら大丈夫だ。


「ってことで、今は人型ドローンがテロリスト役してる。見た目もリアルで迫力あるし、壊れても修理すれば済むしね」


「どろーんにもじんけんをー」


「でさ、その犯人ドローンの制御で今年の担当班がトラブってて。こなっちゃん、ちょっと手伝ってくれない?」


「……私、制圧する側がいいです」


顔だけ起こしてぶーたれる。


「制圧側はもう定員オーバー。みんな本気でやりたがるから、枠が激戦なのよ」


 ため息が出る。まったく、なんで男の子ってこういうごっこ遊びになると急に本気出すんだろう。


「わかりました。 協力しますよ。 本気でやっていいですね?」


「そこは空気を読んで臨機応変かつ大胆にやってほしいんだけど……」


「や、です。 このうっぷん全部叩きつけさせてもらいます!!」


そうと決まったら本気でやってやろう。今までいろいろ実地検証してきたあれこれ、全部突っ込んでやる!

リュックを取って部屋を出ようとして……


「で、先輩。どこ行けばいいんですか?」



そして私は先輩に教えられた教務棟のはずれ。会議室の前に来ている。


「ここ……でよさそうかな、これは」


会議室の入り口には「テロリスト準備室。関係者以外立ち入り禁止!」とでっかく書かれていた。


「すみませーん。技術演習室から来ましたー」


ドアを開けて声をかける。


「あ、応援の人?たすかり……え、技演の女帝!?」


入り口近くにいた人の言葉で室内がピタリと静まった。


「え、あの子が!? 本物じゃん……」

「ちっちゃ……え、これが女帝?」

「教授が頭下げるって聞いたけど」

「機械語でドローンに命令できるって本当かな」


なにかいわれのないことが部屋のあちこちから聞こえるんですけど!?

帰ってやろうかと思ってたら奥から責任者っぽい人が出てきた。


「あ、責任者の前向です。えーと、ドローン制御系に詳しい人ってお願いしたんだけど、あってる?」


前向って自治会長じゃん!?


「……はい。どのくらいのこと要求されます?」


 ちょっと不機嫌。でも表には出してない……はず。……出てないよね?


「えーと、基礎コードの改修とテロリストらしい挙動ルーチン作成がメインになるかな。あとはそれに伴う整備と改修。」


「わかりました。大丈夫だと思います。どうすれば?」


「お、心強い。こっちのグループでお願い。」


 案内されたブースには、ドローンが数機、そして

キーボードを叩いてる男性と、肘関節のパーツを分解している女性の姿。


「おーい、小宮、星野ー。助っ人連れてきたぞー」


 二人がガタンと音立てそうな勢いでこちらを向く。……目がマジで怖い。


「あ、えっと、橘です。応援で来ました」


「コードは? ゼロから書ける?」


 いきなりの質問は、小宮と呼ばれた男性。


「基礎的なものなら。……コサックダンス踊らせろって言われたら、ちょっとだけ時間ください」


「これ、どう見える?」


 星野さんが見せてきたのは、取り外されたドローンの肘関節。


 私は軽く触れて確認する。


「ギア、欠けてます。モーターは……色からして焼けてるっぽいですね。あ、やっぱり。

それにフレーム、微妙に歪んでます。修理より、ユニットまるごと交換推奨です」


 アシストが強すぎてギャリッと軋んだあの音、焦げたモーターのにおい、ぶつけて沈黙した関節……全部、身体で覚えてる。


 私の答えに二人が顔を見合わせ──


「──この子うちでもらいます!! もう決定!! あげないからね!!」


 え、まっ──!

 言い終わる前に、星野さんに抱きしめられた。

 むぐっ!? ちょ、苦しい! 力つよ?! 胸!! 顔に胸!! 空気ください!!

 ジタバタもがく私を抱きしめながら、星野さんは「これ私の!」とでも言わんばかりの勢いで周囲を威嚇している。

 その横で、小宮さんが淡々と聞いていた。


「会長、この子どこから攫ってきたんですか? ソフトもハードも実用レベルでいける女子とか、学内でもレア中のレアですよ」


「あー、さっきの騒ぎ聞いてなかったのか。技術演習室からの助っ人だよ」


「やっぱあそこ人材の宝庫だなぁ。いやー助かりました」


「じゃ、仲よくやってなー」



 会長が去ってからしばらくして、ようやく星野さんから解放された。

 もう、ぐったりである。


 「……おばあちゃんが川の向こうで呼んでました……」


 「蘇生講習は受けてるから安心して?」


 「必要になるのが事態が緊急事態ですよ!!」


 肩をすくめながら、星野さんは笑ってパーツを元の場所に戻す。小宮さんはその横で、さっそく端末を立ち上げながら話しかけてきた。


 「冗談はさておき、助かるよ。今回、細かい動きが必要だから、制御の最適化が肝なんだ。外部制御もアリだけど、反射行動は自律してもらわないと間に合わないから。」


そういいながら現在のものを見せてもらう。

デフォルトのものをうまく最適化してる。しかもすごいことにスパゲッティ化してない!これなら問題ないんじゃないかな?


「きれいなコードになってると思いますけど、何が問題なんです?」


「学習させてテロリストっぽい行動パターンはできたんだけど、コード通りにドローンが動かないんだよ。さっき見てもらった肘関節もその影響。」


そこに星野さんも加わる。


「強度は問題ないはずなんだけど、途中で処理が引っかかったのか階段を踏み外して肘から落ちちゃったのよ。」


なるほど――。


「お二人は今何かしてることあるなら進めてください。ログから何が起きたのか追ってみます。」


 「おお、話が早い!」


 「何も言わなくてもそこにたどり着いてくれるの、ほんと助かる……」


 作業に入れば、余計なことは考えずに済む。

 スーツのことも、展示のことも、ぜんぶ一旦、棚上げ。


 ……よし、今はドローンに集中。




 ログ確認と動作パターンの修正を始めて、しばらく。


「あれ、星野さん、これって……」


「どうしたの?えーと……橘さん」


 「こなつでいいですよ。これ、落下が原因じゃなくて──停止した弾みで落ちた結果、壊れたって感じじゃないですか?」


「え、マジで?」


 星野さんが身を乗り出す。


「ログ、ここ。ピーク負荷に達した瞬間、動作制御がシャットオフになってる。セーフティの停止信号です。物理的破損じゃない」


「あ、ほんとだ……小宮ぁ! これ、エラーじゃないの!?」

 

小宮さんが飛んでくる。ひったくるようにログをチェックした。


「……マジかよ、エラーじゃない。どこからも信号出てない。……これ、出力上限超えで止まってる……!」


「そんな馬鹿な。最大トルクの三割上までは余裕見てるって聞いてたんだけど、それでピークがここっておかしくない?」


 私はログをスクロールしながら、静かに頷いた。


「──止まった原因、たぶんソフト側のリミッターですね。

 安全装置で、しきい値がハードの設計トルクよりずっと低く設定されてて……あ、やっぱり。

 新しい設定が反映された後で、旧設定に上書きするルーチンが生きてます」


「うわぁ……再設定ルーチンとか、そんなの気づけるわけねーって……」


 頭を抱える小宮さん

 あんなにきれいに書いてあるコードを、まさか内部ルーチンが勝手に旧設定に戻してたなんて。

 気持ちは、よくわかる。


 でも、今のこれはあくまで一つの要因。

 同じことを繰り返さないためには、動かす場所、動かし方もちゃんと把握しておきたい。


「現地、見せてもらってもいいですか?」


「現地? なんで?」


星野さんが首をかしげる。


「どう動かしたいのか、現場を見ないとコードが組みにくくて。」


「そりゃそうか。星野、いける? 俺はこのく〇れリミッター外すから」


「任された。じゃ、こなつちゃん、行こっか」


 星野さんは立ち上がると廊下へ出て、通路の奥へと私を案内する。関係者以外立ち入り禁止と貼られた防火ドアを開けると、やや古びた建物の渡り廊下が続いていた。


「へえ……ここ、けっこう年季入ってますね」


「でしょ? このあたり、ぜーんぶ旧棟。もう建て替え予定だったんだけどさ、解体するなら維持管理やるから使わせてって自治会が交渉して──今はこうやってイベントや実験とかで使ってるの」


「なるほど……だから多少無茶できるんですね」


「そーそー。壁に穴開けても怒られないし、電源も引き放題。そっち系の資格の実習にも便利に使われてるよ。」


「へえ、まるごと自由に使える環境ってすごいな……」


「でしょ? だからね、今年はこの旧棟エリアぜーんぶ使って、模擬テロ演習やる予定!」


「なるほど、だから動作も派手にしたいわけですね」

「そそ! たとえば――」


 星野さんは吹き抜けのある階段を指さした。


「下から一番上のあの手すりのとこまで、ジャンプで飛び上がるとか!」


「……あそこって4階? 物理的に無理じゃないですか?」


「大丈夫! フレーム強化したから!」


「いや、でもあの高さ……跳びあがるには脚部の出力足りませんよ」


「それがさー、今回モーター出力も底上げしたんだよ。トルク比と重量計算したら、理論値では、いける!」


「……理論値では?」


「そそ、理論値!」


「現実は?」


「せいぜい2階、かな~」


 それはそうか。でも、見てみたいな。

 私はそのまま吹き抜けの上部を見上げた。パイプと通風口まで視線を移して、思わず口を開く。


「じゃあ、あれもですか? 天井のパイプ伝って移動とか、関節外して通風口くぐるとか」


「お、いいね! そこまで制御できるならされて嫌なことは全部やりたいよ! 目指せ完封!」


「え、テロリストが勝っていいんですか!?」


「うちらそのつもりだけど? 大事なドローンちゃんたち傷物にするんだから、手加減なんてする気ないし。」


──あーもう、そこまで言われたら、こっちだって全力出すしかないじゃん……

星野さんが言ってるスペックなら介護スーツに使ったあのコード応用すればかなり飛べそう。あと可能なら懸垂、ぶら下がり。出力制御も小宮さんとすり合わせて――


......って、待って、それ全部わたしがやるの!?


「……これ、どれだけコード書けばいいんですか!?」


「全部はムリなの、わかってる。

でもさ、やれるとこまで行きたいじゃん?

小宮だけじゃ、基本のテロリストムーブまでで手一杯。だから、助っ人が必要だったの。

お願い、カップ麺はちゃんと常備するから!お菓子もつける!」


 あ、もうこれ逃げられないやつだ。でも一応、抵抗はしとこう。


「……あっ、そーだ! 用事! 明日から用事ができる予定なの思いだしました! ではこれにて失礼しま――」


……と言い切る前に、背後から気配が迫る。

振り返ろうとしたときにはもう遅かった。ふわっと浮いた身体。


「逃がさないよ~?」


「ひっ!? ちょ、待って、え、星野さん!? 今わたし完全に帰る流れでしたよね!?」


 私はバタバタと暴れながら必死に抵抗したが、あっさりと抱きかかえられてしまう。そういえばドローン整備やってたっけ、さっきも逃げられなかったし実はパワー系か!?


「こなつちゃんコンパクトだからいいよね~! 簡単にお持ち帰りできちゃう」


「はーーなーーしーーてーーー!!」


「だーめ。一緒にテスト地獄へいこうねー」


 ──旧棟の渡り廊下に、夕焼けと「カンヅメはいやああああ!!」の悲鳴が響いた。



そして三日後。講義と……お風呂だけは乙女の尊厳で死守したけど、それ以外の時間はぜーんぶコードと検証に捧げた結果──ついに完成!


「では第152テストラン準備。星野さん、フレームとサーボの補強、済んでますよね?」


「済んでる! 基準上限の1.5倍までは保証できる、と思う! 関節部にアルミ合金の補強フレーム追加したし、サーボにはオーバードライブ制限もかけたから今度はちぎれたりしないハズ!」


「おけ。では行きます、小宮先輩、エラーは?」


「出てない。出力線も予定値超えてないよな?」


「予定値内です! 星野さん、機体の損傷は?」


「大丈夫。ちゃんと動いてる!」


「あは、ははははははははは!!! おわったー!! 終わりましたよ、先輩たち!!!」


「よくやってくれた!!救世主!!!」


「こなつちゃんがいなかったら絶対間に合わなかった!!ありがとう!!」


 星野先輩が号泣しながら突進してきて、勢いそのままに抱きついてきた。

……だめだ、頭が回らない。

三日間ぶっ通しでコード書いて、テストして、直して、また走らせて――

やっと、終わったんだ。

なんかもう、達成感とかじゃなくて……ただ、眠い……

ほんとに……がんばった、よね……

後、何か忘れてること、言っとくべきこと......そうだ


「じゃあ、あとは……あと……カップ麺のおはかに……ごはんを……あげてくださ……い……」


これでOK。おやすみなさい。

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