学園祭編 その1 Yes科学!No怪談!!
一応、うちの大学にも「学園祭」というものはある。
──もっとも、ゼミの出し物が模擬店や出張占いになることはまずない。そういうのは手の空いてる人が部活単位でやっている。
ではゼミ単位で何もやらないかといえばそんなことはない。ネジが数本外れてる工学畑な学生たちが全力で張り切ると、どうしても「レーザー加工実演の名を借りた特殊鋼材貫通RTA」だの「新型対人センサ展示名義の地雷原突破アトラクション」だの、「出店」ではなく「展示」に全振りされる。
もはやそれが伝統と化して、毎年、技術展示を目玉に据えた『テックフェア部門』というカテゴリが学内で設けられていた。
もちろん、技術展示とはいえ、発表や接客の裏側には運営というお仕事がある。
予算調整、展示枠の配分、安全対策、広報物の制作、一般の来場者対応。
そして何より張り切りすぎた展示行動の対応と後始末。
昨年まではほかの大学と同じように自治会中心でやってたんだけど……
「──学祭には参加予定と聞いているがそれでいいかな? 結構。では準備委員の決定を行う。」
教授の宣言に、ゼミ室が静かにざわついた。
「今年もか。」
「去年では許されなかったか。」
「いや、去年まともに終わったから上が味を占めたんじゃね?」
「くそう。無駄だと思い知らせてやれば…!」
「学際自体がなくなっただろうな。」
何やら先輩たちから不穏なコメントが聞こえてくる。
「はいはい静かに。決め方だが、公平を期して──」
教授はそう言って、後ろから箱を取り出した。
「くじ引きとしよう。あ、橘君はまだ正規じゃないから今回は対象外で。」
あ、いいんだ?
「まあそうだよな。」
「こなっちゃんにはまだ責任取らせちゃダメだよな。」
「「「私たちが許さないからね?」」」
女子陣の目がマジだった。 いったい何があったの?
「では、橘くん。くじを入れるのを手伝ってくれたまえ。」
「あ、はい。」
教授から渡されたくじを、先輩の人数ぶんより1枚少なく数えて、ひとつひとつ確認しながら箱に入れていく。最後に教授があたりくじを入れて完成。
先輩たちは順に箱を回し、中へ手を伸ばしていく。
外れを引くたびに心底安堵した様子で次の人へ。
何やら雰囲気が異様。皆から全力で拒否するってオーラが見える。
あ、当たりを引いた先輩が、ふら……とよろめいて、そのまま机にもたれるように崩れ落ちた。人ってほんとに、文字通り崩れ落ちるんだ……。
そんなに嫌なの?
「先輩、前は違ったんですか?」
「ああ、こなっちゃんは去年入学だもんね。前は知らないかー。」
遠い目をした先輩が教えてくれた。
どうやら以前は学部から何人~の割当制だったらしい。でも、それだと制御しきれなかったみたい。
それでも被害は学内で済んでたんだけど、一昨年ついにやらかした。
「広報ゼミがね……学祭向けに汎用ナビゲーションAIを作ったのよ。『ミナセちゃん』って名前だった」
「名前は可愛いですね。汎用ナビってことは、イベントの案内用ですか?」
「──だったはずなんだけどね。グラフィックにも気合い入れて、学内Wi-Fiと展示の位置情報を連携させて、自動でナビゲートする予定だったの。なのに、なぜか怪談データが紛れ込んでてさ」
「なんでそんなデータが紛れ込むんですか!?」
「環境的に入り込む余地はなかったんだけどね。とにかく、学祭当日に起動したら、学内の受信エリアにある端末にナビアプリが勝手にインストールされて──しかも、バックグラウンドで自動起動してたのよ」
「うえぇ……」
「しかも迷子案内機能が変にバグってて。誰もいない場所に行くと、その人の端末が勝手にしゃべり出すすのよ。」
先輩は声をひそめて、手元の端末を見下ろすような仕草をした。
「『わ、たし、ミナセ……ちゃん。今、購……買にいるの』
『いま、寮......の部、屋に......いる......の』──みたいに」
「まってください怪談そのものじゃないですか!!」
「まあ、あくまで一例ね。わざとなのかエラーなのか、音声も割れて途切れ途切れで、でもちゃんと聞き取れて......ほんとに怖かったわ。で、問題がね、元々がナビソフトだって言ったでしょ?その場所が聞いてる本人の現在地と微妙にずれてたからもう怪談そのもの。」
「何をどう学習したらそんな方向に進化するんですかっ!?!?」
「研究してみたいよね。で、あちこちで悲鳴は上がるわ階段踏み外したりと実害がね。……うちの中だけで済んでればまだましだったんだけどね。」
「え、まさか?」
「うん。視察に来てたお偉いさんの私用端末にも……ね? で、展示物を見てある程度分かる人だったから、あちこちじっくり見て回って.....」
「あ、嫌な予感しかしない」
「うん。トイレに行ったときに『わた......し、ミナ......セちゃ、ん。今本、棟3……階トイレ前......にい、るの』って」
「......私なら泣き叫びます。」
「もうそりゃ大騒ぎよ。怪談関係なくても勝手にインストールされたこと自体が大問題だし。ってことで去年からこうなったの。」
大学側からお達しが出たらしい。
「技術の暴走を防げ」「自治会だけに任せるのは不可」「責任は参加者全員で持て」──つまり、どこかのゼミがやらかしたら、参加ゼミ全体で連帯責任を負うということ。
「お互い監視し合って、暴走を止めてくれ」って話だ。
その結果として、大学側は『各ゼミから最低一人ずつ代表を出し、互いに監視し合え』という方針を決定したらしい。
「で、そのミナセちゃんってどうなったんですか?アンインストールも結構大変だったんじゃ?」
「プロテクトとかはかかってなかったから普通にアンインストールできたんで端末はそれで終了。こっちで費用もってウイルススキャンもしたけど問題なし。本体は今は完全にシャットダウンされて、広報ゼミの保管室の奥、鉛ケースの中に入ってるわ。外部とは物理的に遮断済み。」
「扱いがもはや放射性廃棄物じゃないですか……! 」
そして、先輩は少し声を落として、言いにくそうに続けた。
「でもね……たまに、スパムっぽい通知が届くの。
『わたし、ミナセちゃん。もうすぐ、あえるね』──とか。
最後に来たの、2週間前だったかな」
「ひいぃぃぃぃぃっ!? やだやだやだやだやだやだむりむりむりむりむりぃぃぃ!!!」
私は椅子を蹴って立ち上がり、端末を両手で胸に抱きかかえながら、壁にぴったり張りついた。肩をすぼめ、膝を抱えるようにして、じわじわと床にしゃがみ込む。無敵の護符でもあるように端末で頭を隠す。
「オカルトだけはダメなんですっ!! まじで無理!! 怪談とか心霊とか都市伝説とか、そういうのほんと無理!! この世は科学でできてるって信じて生きてきたのにぃぃぃ!!」
目が泳ぎ、喉がからからに乾いていく。思考が暴走して、口が勝手に叫び出す。
「のーおかると!! Yes科学!! 科学ばんざいィィ!! 信じてたのにいいぃ科学ぅぅううう!!」
「木村―、こなっちゃんに変なこと吹き込むなよ。」
「そうそう、かわいそうに……」
そんな中、柔らかい声がして顔を上げると、女性の先輩がこちらに向かって両腕を広げていた。優しい笑顔で。
「おいでー。大丈夫だからね、もう怖くないよー」
まるで保育園の先生みたいな優しさに、私はびくびくと足を動かし、四つん這いのままにじり寄った。
「せんぱいぃぃぃぃぃ! 大丈夫ですよね?! 本当に大丈夫ですよね!? ねえ、だいじょうぶだって言って!!」
先輩にしがみついて涙目で見上げる。お願いだから、この世はまだ科学でできてるって、誰か証明して……!
「よしよし、落ち着いて。もうネットワークから完全に遮断されてるし、ケースには広報の人たちがあちこちの有名神社でもらってきたお札がどっさり貼られてるから大丈夫だよー、怖くないよー。」
「うちの大学、科学の最先端ですよねぇ!?!?
なんで最後の封印手段が『お札』なんですかあああああああ!!」
なんで!?なんでこうなるの!?
この世は科学でできてるって信じてたのにぃぃぃ!!
なのに……裏切ったなああぁぁあッ科学ぅぅぅ!!!