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[BL]めぐりくる心の名において  作者: 地底乃人M


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16/31

定期試験まえ


 湯村が通う大学のテスト期間は、学部や学科、選択する科目によって概要は異なるが、前期と後期に分かれて実施される。およそ一週間から二週間の日程が組まれ、試験の結果が落第点(いわゆる赤点)であっても、追試がおこなわれるわけではない。本試験において合格点が取れなかった学生は、受験料をはらって再試験にのぞむか、個別に教授へ相談した場合、補修やレポート提出による救済処置をえられることもある。


 赤点により即座に留年が確定するわけではないが、合格点は高めにつき、授業内容の復習は必須であり、高校までの常識が通用しない論述形式での正解率を求められるため、初日から肩を落とす学生も、しばしば散見された。



 夜宮以降、水島と星野の関係は良好で、休憩時間のたび、ふたりは愉しげな表情で会話をした。湯村は、じぶんの存在がじゃまをしないように、窓ぎわで外のようすをながめたり、教室をでて、構内をふらふらすることが多くなった。


「……フルーツ牛乳が、買えない」


 昼休憩の空き時間、渡り廊下のさきにある自動販売機へ向かった湯村は、小銭いれを片手に、がっかりと肩を落とした。構内で唯一、紙パックのフルーツ牛乳をあつかっていたが、のみたいと思った日にかぎって、売り切れている。けっこうショックだった。いつもそこにいて、安心できるものが消えてしまったような、喪失感がハンパない。おおげさな心理状態かもしれないが、現在の湯村にとって、フルーツ牛乳は心の()り所でもあった。



「水島もいない、フルーツ牛乳もない……、ぼくは、孤独だ……」


「なんだよ、そのせりふ。悲劇のヒロイン気取りか」


「た、鷹尾さん!」


 

 あいかわず、突然あらわれる男である。背後でひとの動く気配はしたが、フルーツ牛乳を惜しんでうつむく湯村は、声がするまで顔をあげられなかった。驚きのあまり小銭いれを落としてしまうと、鷹尾が拾って、「ほらよ」と差しだした。


「すみません……」


「なんて顔してるんだよ。あした、世界が滅亡でもするのか」


「し、しませんよ。そんなの……」


「まあ、定期試験が近づくと、自信のないやつらは青ざめているけどな」


「……ぼくの顔、そんなに不安そうに見えましたか?」


「おれが、元気をつけてやろうか」


 鷹尾は笑みを浮かべ、湯村の首筋に指でふれた。ゾクッとした感覚が背なかを走る。鷹尾の指は、胸もとをゆっくり下降してゆく。やがて、ジーンズのまえにたどりつくと、「ここは、いつまでも窮屈そうだな」と、なにやらあやしいせりふを口にして、湯村を困惑させた。


「変なこと云わないでください」


「どこらへんが変なんだ」


「……どこって、それは」


「夏休みの予定は」


「え?」


「え、じゃない。早く教えろ。ファスナーさげるぞ」


 鷹尾は、いきなり話題を変えた(しかも脅してくる。ほんとうにジーンズのまえをひらかれて、あわてて腕をふりはらった)。気を取りなおしてから、鷹尾を見据えた。スレンダーな躰つきに、鼻梁も品よくととのっている。いわば、美形の部類だが、湯村の好みは、もう少し筋肉質な男である。


「なんだよ」


「な、なんでもありません……。夏休みの予定は、サークルの体験入部を考えています……」


「何部?」


「云いたくありません」


「なんで?」


「入部するかどうか、まだ迷っているから……」


「ふうん、優柔不断だな。迷うくらいなら、そのていどの関心ってことだろ。わざわざ体験する必要があるのか」


「あなたには、関係ないでしょう」


「関係あるとしたら、どうする?」


「や、やだ、近づかないで!」


 鷹尾が詰め寄るため、湯村は冷静さを失って狼狽した。だが、自動販売機が背なかにふれ、ひやりとした感触とともに、鷹尾の躰に逃れるチャンスを封じられて、棒立ちする。


「鷹尾さん、だめ……」


「なにがだめなんだ。誰も、おれたちのことなんか見てないさ」


「……んっ!」


 唇を指でなぞられてどぎまぎする湯村は、いっそ、キスしてほしいと思った。ところが、鷹尾はなにもせず、距離を置いた。こんどは息が詰まる。ひどいことをされたわけでもないのに、浅はかな思考におよんだじぶんを呪って泣きたくなった。


「ぼくのことは、ほうっておいてください……」


 力の抜けた声で抗議すると、鷹尾は背なかの図面ケースから葉番が表記された一枚を抜きとり、湯村へ手渡した。


「これは?」


「複数枚に分割した図面だ」


「そんなもの、ぼくに渡されても困ります」


「よく見ろよ」


 云われて、しかたなく製図用紙をながめたが、四角や長方形に斜線や直線、数字が書かれただけの平面図につき、なんの建物か読み解くことはできない。わかることは、丁寧な筆致くらいである。


「あの、これはなんの図面ですか」


 考えても時間のむだだと判断し、書いた本人へたずねた。鷹尾は渡り廊下の段差に腰をかけ、「とある設計図だ」という。遠まわしにはぐらかされた気もするが、湯村は製図用紙を丸めて差しだした。


「それは、おまえが持っていろ」


「ぼくが? どうして……」


「サインが必要なら、あとで書いてやる」


「そんなの、いりませんよ。それに、こんな大きな図面なんて、どうやって保管すればいいのか……」


「小さく折りたたんでいい。そいつ(、、、)は、授業で書いたものじゃないからな」


 製図用紙のサイズは、国際標準規格のA判である。丸めて持ち歩くには、専用の筒型ホルダーが必要だ。湯村は怪訝な顔をしたが、鷹尾は満足そうに唇の端を浮かせ、「サークルの体験入部なんかやめて、その図面の建物がなにか、夏休み中に解き明かしてみろ」という。身勝手な難題を押しつけて立ち去る鷹尾だが、考える猶予をあたえられた湯村は、定期試験のあと、少し調べてみようと思った。



✦つづく

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