表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

6. 初めての街

 フロン村を出て数日、俺とリリアは獣道をひたすら進んでいた。森を抜けると、道はなだらかな丘陵地帯へと変わり、遠くにいくつもの煙が立ち上るのが見えた。


「あれが、セントラルですね。母から話には聞いていましたが、こんなに大きな街だとは…」


 リリアが感嘆したように俺の顔を見上げる。彼女の故郷であるフロン村とは比べ物にならない規模の街に、戸惑いと好奇心が入り混じったような表情をしていた。


「エルディア大陸の中央に位置する、商業と冒険の拠点だと聞いています。」


 エルディア大陸とは、今俺たちがいる大陸のことだ。この世界にはいくつかの大陸があるらしい。

 街の入り口には、高く頑丈な城壁がそびえ立ち、その手前には多くの人々が行き交っているのが見える。行商人らしき馬車や、冒険者と思しき武装した集団もちらほらと見受けられた。

 街に近づくにつれ、人々のざわめきや、荷馬車の車輪が軋む音、そして何かの金属が打ち合うような音が聞こえてくる。フロン村の静寂とはまったく異なる、活気と喧騒に満ちた世界だった。


 門をくぐると、石畳の道がどこまでも続き、両側には木造や石造りの建物がひしめき合っていた。街中を歩く人々は、フロン村の住民とは異なり、色とりどりの服を身につけ、活気に満ちている。道行く人々の間を縫うように、俺とリリアは歩みを進めた。リリアは物珍しそうに周囲を見回し、その瞳はきらきらと輝いていた。


「すごい…本当に絵本で見た通りの街並みです。こんなに人がいるなんて…」


 彼女の声は、感動に震えているようだった。店先には、見たこともない果物や、きらびやかな装飾品が並び、香辛料の混じった異国の匂いが鼻をくすぐる。

 まずは宿を探し、それから情報収集だ。俺はリリアの手を引いて、人通りの多い通りを進んだ。


 やがて、通り沿いに木製の看板を掲げた宿屋を見つけた。看板には、剣と盾が描かれており、冒険者たちがよく利用する場所のようだった。


 中に入ると、木のカウンターの向こうで、恰幅の良い宿の主人が髭を撫でながら座っていた。奥のテーブルでは、数人の男たちが酒を飲みながら談笑している。彼らの腰には剣や短剣がぶら下がっており、見るからに冒険者といった風体だった。


「すまない、部屋は空いているか?」

 俺が声をかけると、宿の主人はこちらを一瞥し、眉をひそめる。


「あんたたち、見ねえ顔だな。旅の者か?」


「ああ、そうだ。遠い国から来た」

 俺がそう答えると、主人は腕を組み、不審そうな目で俺とリリアを交互に見た。リリアは俺の後ろに隠れるようにして、顔を伏せている。

「フン、遠い国ねぇ…見たこともねえ格好しやがって。だが、まあいい。一部屋なら空いてるぜ。金は前払いだ」


 主人はぶっきらぼうにそう言い放った。その態度には、あからさまな不信感と、わずかな侮蔑の色が混じっている。俺の黒い道着と、腰の無銘が、彼らから見れば異質な存在なのだろう。フロン村の村人たちとは異なる、街特有の冷たい視線を感じた。

(ふむ。一部屋では俺とリリアのどちらかが寝泊まりできなくなってしまう)


「一部屋ではどうにもならないな。宿を変えよう」

 そういうとリリアは少し考えるそぶりを見せ、こう言った。

「私は大丈夫ですよ、同じ部屋でも…」

「だが…」

「ヤマトさんのことは信頼しています。それに今からほかの宿を探すのも大変でしょう。」


(リリアがそういうなら…)

 俺はハルじいからもらった金貨を渡し、部屋の鍵を受け取った。通された部屋は簡素だったが、清潔で、フロン村の納屋に比べればずっと快適だった。

 荷物を置くと、リリアが心配そうに俺に尋ねた。


「ヤマトさん…、あの宿の人、私たちを警戒していた気がします」

「気にするな。珍しいものには、警戒心がつきものだ。それに、この街では、俺たちはただの旅人だ。下手に力を誇示すれば、厄介なことになる」

 俺はそう言って、リリアの頭を軽く撫でた。リリアは不安げな表情のままだったが、俺の言葉に少しだけ安心したようだった。


 昼食を済ませた後、俺は街の情報を集めるため、リリアを部屋に残して宿を出た。向かったのは、ハルじいが言っていた冒険者ギルドだ。リリアはギルドがどういう場所かは知っているはずだが、危険そうなので一応おいてきた。


 ギルドは、宿屋からそう遠くない場所に位置していた。重厚な木の扉を開けると、中からは酒の匂いと、男たちの怒鳴り声、そして喧騒が響いてきた。


 ギルド内は、酒場と受付が一体になったような広い空間だった。壁には「ゴブリン討伐」「薬草採取」といった依頼が張り出されており、多くの冒険者たちがそれらを物色している。受付には、疲れた顔のギルド職員が座っていた。

 俺は受付に近づき、声をかけた。


「すまない、少し教えてもらいたいことがあるのだが…」

 ギルド職員は顔を上げ、俺の姿を見て一瞬眉をひそめた。宿屋の主人と同じ反応だ。


「なんだ、あんた。冒険者登録に来たのか?それとも依頼か?」

「どちらでもない。この世界の主要な勢力について知りたい」


 リリアもある程度は地勢に詳しいようだが、少しあいまいなところもある。しっかりとした知識を持っておくことは大切だ。

 俺の言葉に、職員はため息をついた。


「ここは冒険者ギルドだ。そんなことは図書館か、物知りな学者にでも聞け。それとも、金を払って情報を買うか?」

 彼の言葉には、あからさまな侮蔑と、面倒くさそうな響きが混じっていた。やはり、俺の異質な服装と、見慣れない刀が、彼らの警戒心を刺激しているようだ。

 俺は黙って懐から金貨を数枚取り出し、カウンターに置いた。職員の目が、金貨に釘付けになる。


「…ほう。客か。で、何が知りたいんだ?」

 金貨の力は偉大だ。職員の態度は一変し、少しだけ丁寧になった。俺は、この世界の主要な勢力について知っている限りの情報を教えてくれと頼んだ。


 職員は、しぶしぶといった様子で、この世界の基本的な情報を語り始めた。

「このエルディア大陸は、東に魔王を崇める魔族領がある。西には聖王国エルバート、北にはドワーフの王国、南にはエルフの森と、色々な種族が暮らしてるな。あとは、各地に点在する人間の『王国』や『公国』がある。まぁ、大半は聖王国に逆らえねえ小物だがな」

 彼は鼻で笑い、続ける。


「この街はセントラル。エルディア大陸のほぼ中央に位置する、商業と冒険の拠点だ。聖王国の影響力が強く、治安はいい方だぜ。だが、一歩街を出れば、魔物や盗賊がうじゃうじゃいる。だから冒険者がいるってわけだ」


 俺は黙って話を聞いた。魔族、聖王国、ドワーフ、エルフ…。地球では絵物語の中だけの存在だった種族が、この世界では現実に存在している。


「この世界では、剣士と魔法使いがいるが、魔法使いの方が強いのか?」

 俺が尋ねると、職員は嘲笑うように言った。

「そりゃそうだ。魔法は万能だからな。火を放ち、風を操り、癒しの奇跡も起こす。剣士なんて、身体能力が高いだけの人間だ。魔物相手には、魔法使いがいなきゃ話にならねえ」


 彼の言葉には、剣士である俺への侮蔑が込められているようだった。フロン村のハルじいも似たようなことを言っていた。この世界では、魔法が圧倒的な力を持っているようだ。


「ちなみに、あんたのような剣士は、聖王国にいる騎士団に入ろうとするのが一番手っ取り早いぜ。身分も安定するし、食いっぱぐれることもねえ。ただし、あんたみてえな得体の知れねえ奴が入れるかは知らねえがな」

 職員はそう言って、再び鼻で笑った。


(なるほど。この世界では、剣士の地位は低いらしい。だが、それも一興か)


 俺は心の中でそう呟いた。剣士が軽んじられている世界で、俺の剣がどこまで通用するか。それは、むしろ俺の血を滾らせる理由となった。


 ギルドでの情報収集を終え、宿に戻ると、リリアが不安そうな顔で俺を待っていた。

「おかえりなさい、ヤマトさん。何か分かりましたか?」

 俺はリリアに、ギルドで得た情報を簡潔に伝えた。魔族の存在、様々な種族、そして魔法の優位性。リリアは、フロン村で聞かされていた話と照らし合わせながら、一つ一つを真剣な表情で聞いていた。


「本当に、魔族領の魔王は恐ろしいと、母がよく言っていました。いつか世界を支配しようとしているとか…」

 リリアは顔を青ざめ、身を震わせる。フロン村で生きてきた彼女にとって、この世界の現実はあまりにも過酷なものだっただろう。


「心配するな。俺が守る。この世界で、俺が何を為すべきか、少し見えてきた」

 俺はリリアの肩を抱き寄せ、優しく言った。彼女の不安を少しでも和らげたかった。

 この世界には、俺の知る地球とは異なる理がある。魔法という、未だ理解しきれていない強大な力。そして、魔族という新たな脅威。


 だが、俺の剣は、この世界で進化を遂げた。フロン村での岩の魔物との戦いで、その可能性の一端を感じた。

 俺の剣の道は、この世界で、さらなる高みを目指すこと。そして、その道中で、リリアのような弱き者たちを守ること。それが、この世界に導かれた俺の使命なのかもしれない。


 その夜、セントラルの街の喧騒は、夜遅くまで続いていた。二つの月が窓から差し込む光が、部屋の中を淡く照らし出す。俺は鞘に収められた無銘を手に取り、静かに目を閉じた。


(強くなる…この剣で、全てを切り開く)


 新たな決意を胸に、俺は静かに夜の闇に溶けていった。


お読み頂き本当にありがとうございます


ぜひブックマーク・ご評価のほうをお願いします!




初心者ゆえに至らぬところも多いかと思います。


読者様のご評価、ご感想は今後、しっかりと参考にさせていただきます。




叱咤激励、御賛辞、お待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ