4. 岩砕の一閃
翌朝、夜明け前に俺は納屋を出た。
身につけた道着は夜露に濡れてわずかに湿っていたが、体は引き締まった心地よさで満たされている。腰には愛刀「無銘」。柄を握り、軽く振るう。
「ふむ、これなら問題ないか」
村の入り口には、すでにハルじいと数人の村の若者たちが集まっていた。彼らの顔には不安の色が濃く、それぞれが農具や粗末な槍を手にしている。昨晩、ハルじいが「村の若い衆が森に入って偵察をしてきた」と言っていたのは彼らのことだろう。彼らもまた、この村を守るために命を賭ける覚悟を決めているのだ。
「ヤマト殿、本当に一人で行くのか?」
ハルじいが心配そうに俺を見上げた。
「ああ。大人数で行けば、かえって魔物を刺激するだけだろう。それに、俺の剣があれば、十分だ」
俺は彼らを安心させるように言い、森の奥へと足を踏み入れた。朝霧が立ち込め、木々の間を縫うように進む。数歩進むごとに、森の空気が重く、湿気を帯びていくのを感じた。そして、微かに地を這うような唸り声が聞こえてくる。
昨日リリアが言っていた「不気味な音」とはこれだろう。
森の奥深くに進むにつれて、唸り声は次第に大きくなり、地面が微かに振動するようになった。木々の不自然な折れ方や、岩肌に残る巨大な爪痕から、相当な巨体の魔物だと瞬時に理解した。
やがて、視界が開けた先に、それはいた。
巨大な岩の塊が、不気味な唸り声を上げている。その体躯は村の家屋よりもはるかに大きく、全身がごつごつとした岩石で形成されていた。両腕は特に発達しており、その拳は巨大な槌のようだ。目は深紅の光を放ち、周囲の植物は枯れ、土はひび割れていた。
「あれが、岩の魔物か…」
純粋な物理の塊。そして、ハルじいの話では魔法にも耐性があるという。まともにぶつかれば、無事では済まないだろう。しかし、俺の口角は自然と吊り上がっていた。この強敵を相手に、俺の剣がどこまで通用するのか、試してみたかった。
俺は無銘を構え、魔物へと踏み込んだ。魔物は、俺の接近に気づくと、咆哮を上げながら巨大な腕を振り下ろしてきた。風を切り裂く轟音が耳をつんざく。
――一ノ太刀、旋風
俺は高速で体を回転させ、無銘を横薙ぎに振るう。刃が魔物の腕に触れた瞬間、激しい火花が散り、鋼が砕けるような音が響いた。
…斬れない。岩の表皮は予想以上に硬い。だが、完全に受け止めたわけでもない。
俺の剣に乗せた「気」が、風の渦を生み出し、魔物の腕をわずかに逸らした。その隙に、俺は魔物の懐に潜り込む。
(やはり、並の斬撃では通じない。だが、気ならば…)
魔物は再び腕を振り下ろす。その動きは単調だが、一撃一撃がもらえば致命的な威力だ。俺は紙一重でそれをかわし続け、魔物の全身を観察する。硬い岩の体の中で、わずかに輝く箇所があった。心臓、あるいは核だろうか。そこが弱点だ。
「見つけたぞ、弱点」
俺は魔物の攻撃を避けながら、狙いを定める。体の中心、わずかに輝く一点。そこへ、全身の力を、そして気を集中させた。
――四ノ太刀、岩砕
無銘が、まるで生き物のように輝きを放った。その輝きは、刀身から溢れ出し、白いオーラのように俺の体を包み込む。
一気に間合いを詰め、魔物の核へと刀を突き立てる。
「おおおおおっ!」
轟音と共に、無銘は岩の魔物の体を貫いた。ゴツゴツとした岩肌がひび割れ、深紅の光が噴き出す。魔物は苦悶の咆哮を上げ、その巨体を大きく震わせた。そして、まるで脆い砂の城が崩れるように、岩の塊は音を立てて砕け散った。
後には、魔物がいた場所に、岩の破片と、微かに残る異質な気配だけが残された。
静寂が戻った森の中で、俺はゆっくりと刀を鞘に収めた。全身の気が枯渇し、わずかな疲労感に襲われたが、それ以上に、新たな剣技が生まれたことへの興奮が勝る。
「これが、この世界の魔物との戦いか…」
俺の剣は、この世界でさらなる進化を遂げた。
(この世界で、俺はもっと強くなれる!!)
「ヤマト殿!」
森の入り口から、ハルじいたちが駆け寄ってくるのが見えた。彼らの顔には、驚きと、そして安堵の表情が浮かんでいる。
「終わったのか…?」
ハルじいの問いに、俺は静かに頷いた。
「ああ、もう大丈夫だ」
俺の言葉に、村人たちは歓声を上げ、安堵の表情で互いの顔を見合わせた。リリアもその中にいて、俺に駆け寄ろうとするが、すぐに立ち止まった。その碧い瞳には、驚きと、かすかな畏怖の色が浮かんでいるように見えた。
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