【第一話 前編】生き残りの女子高生
時は2025年。
場所はデートスポットとしても有名な日本の観光名所である横浜の港町。
煌びやかに光る観覧車やビルの夜景を背に、男女はお互いを見つめ合っている。
黒いコートを着た男は静かに呟く。
「俺のために死んでくれ。」
男は右手に持っていた銃の銃口を青髪の女の額に突き付ける。
そして辺りに銃声が響き、鮮血が闇夜に舞った。
しかし、その鮮血は彼女のものではなく、コートの男のものだった。
男の首から上は消えており、代わりに血の噴水が首から湧き出ている。
その仕業は青髪の女だった。
彼女はさっきまでは手に持っていなかった細い剣の血をハンカチで拭っている。
「ふふふ、これでお掃除完了ですわ。」
彼女は辺りに散らばっている機械の残骸や人の死体をかき分け、街に消えていく。
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ー物語の始まりはここから半日遡る。
とある少女は高校の廊下を歩いていた。
彼女の名前は成瀬 綴、紅葉が丘高校の二年生だ。
どうやら彼女は学校の食堂に向かっているらしい。
「げっ、食堂めっちゃ混んでるじゃん。なんで?」
綴は辺りを見回すと掲示板にでかでかとポップが貼ってあるのを見つけた。
”タイ料理、パッタイ(タイ風焼きそば)がスペシャルメニューで登場!!”
「あちゃー、今日スペシャルメニューがある日か。
ってかパッタイって何よ。・・・へえ、焼きそばなんだ。気になるな。」
綴は聞いたこともない料理に期待しながら彼女は食券自販機の行列に並ぶ。
今日は一人で居る綴だが、いつもは親友と一緒にご飯を食べている。
今朝、綴のスマホに”ちょっと急用が出来たから学校休む”とその子から連絡が来ていたのだ。
彼女は行列を待っている間にその親友にスマホでメッセージを送った。
"なあ、パッタイって知ってるか?後で写真送るわ。"
綴はそのままスマホをいじっていたが、その子からの返信はない。
(既読もつかないの珍しいな、体調不良ではないっぽいけど大丈夫なのか?)
そう思ったところで、長い行列が終わり、食券自販機の前にたどり着いた。
手に持っていたスマホをかざして"スペシャル"と書かれたボタンを押す。
ー瞬間、食堂に轟音が鳴り響いた。
皆は大きな地震かと思い咄嗟に身を屈め、机の近くにいた生徒たちは机の下に隠れる。
綴はバランスを崩し、自販機にもたれかかれながら必死に目を開ける。
綴は自分の目を疑った。
なんと食堂の天井に穴が開いていたのだ。
丸く、大きな穴が。
そしてドローンの様に飛ぶロボットが天井から食堂に侵入してくる様子を綴は見逃さなかった。
SNSやニュースでも見たことない異質な見た目をしている。
「逃げろ!」
彼女は思わず叫んだ。
しかし、彼女の叫びは虚しく、
ロボット達の体からは銃が飛び出し、それを生徒たちに向かって打ち始めた。
生徒たちの悲鳴が食堂内に響き渡る。
綴は目の前で起こっていることが信じられず、その場に立ち尽くす。
何が起こっているのか理解できない。
皆が悲鳴を上げ、銃に撃たれ、次々と倒れていく。
そして遂にロボットのうちの一機が彼女の方向を見据えた。
次は私の番だ。
そう覚悟し、彼女は目を瞑る。
機関銃が放たれた音が聞こえる。
死を覚悟した瞬間は時が止まったように音が止んだ。
さっきまで生徒たちの悲鳴や逃げ惑う音、そして銃撃の音が鳴り響いていた。
しかし、それは嘘だったかのように今の食堂は静寂に包まれていた。
彼女は思った。自分は機関銃に撃たれて死んだのだと。
だから音が聞こえなくなったのだと。
しかし、肌の感触はまだある。
目もどうやら開きそうだ。
彼女は怯えながら目をそっと開ける。
目の前には地獄の様な光景が広まっていた。
さっきまであんなに楽しそうにご飯を食べていた生徒達は床に倒れ、
もはやどれが誰の死体かもわからない状態で血の海に沈んでいた。
彼女は咄嗟にえずいた。
目の前の光景が信じられず、受け入れられず、その場で血がへばりついた地面に向かって吐いた。
そうしている内にいつの間にか食堂に居た複数体のドローンロボットは食堂から姿を消していた。
(私は助かったのか・・?あの、ドローンみたいなのは何なんだ・・!?)
綴はしばらくその場で呆然と座り込んだ後、ふらふらと歩いて食堂の外に出た。
食堂の外も同じだった。
校舎の中は全ての教室でもれなく同様の惨劇が起こった痕があり、
生徒や先生たちも全員死んでいた。
2年5組。
綴のクラスだ。
その札がついた教室の扉を彼女は開ける。
そこには彼女の予想通り、見知った友人たちの死体が転がっていた。
しかし、一つだけ予想外なものが目に飛び込んできた。
背の高い一人の男子生徒が教室の真ん中に立ち尽くしていたのだ。
しかし、彼女はその男子生徒に見覚えが無かった。
少なくともクラスメイトの男子ではない。
ただ、自分と同様に生き残った生徒がいたことに歓喜し、すぐにその男子生徒のもとに駆け付けた。
「良かった、私以外にも生き残った人がいたなんて。てっきりもう私しかいないのかなって…!」
彼女は人に会えた安心感とクラスメイトが目の前で死んでいる光景の絶望感に苛まれ、
溢れた涙が止まらなくなっていた。
男子生徒は自分が話しかけられていることにようやく気付き、驚いた表情を見せた。
「え・・・!?君は・・・?」
彼女はそう聞かれ、涙を流しながら答える。
「うぐっ・・。わ、私の名前は成瀬綴。2年5組。・・・あんたは?」
「俺の名前は新城 奏。3年10組だ。」
綴が顔を知らないわけだった。
3年生である上に10組は特待生扱いで一般性である綴とは接点がほとんどない。
「あっ!先輩か、失礼しました。」
「いや、構わないよ。成瀬さんだね。」
新城はそう言って綴にハンカチを渡す。
「すみません。」
綴はそのハンカチを受け取り、涙を拭いた。
「あの、ハンカチありがとうございます。もう平気っす。」
綴は頭を下げながら新城にハンカチを返そうとした。
「少し落ち着いた様子でよかったよ。また、必要になるかもだし持っておきな。」
「えっと、それって・・。」
「成瀬さんは外の様子を見たかい?」
「いや、まだ学校の外に出ていないので見てないっすね・・。」
綴と新城は教室の窓から外を眺める。
高校は街から少し離れているから外の様子がはっきり見えるわけではないが、
そこかしこから黒煙が上がっており、いつもの様子ではないことは明らかだった。
「外が安全じゃないなら、今はここに居た方が安全かもしれませんね。」
「ああ、そうだろうね。
目的を達成したのか学校からはロボットが居なくなっているみたいだしね。」
その時外の様子を見た綴はある人物のことを思い出した。
綴のたった一人の親友だ。
綴はハンカチをブレザーの内ポケットにしまい、急いでスマホを確認した。
しかし、スマホにはまだ親友からの返事が来ていなかった。
”無事か?私は学校に居る。すぐに返事をくれ。無事なのを祈ってる。”
綴はそれだけのメッセージを親友に送信した。
「そういえば、この状況で成瀬さんは良く生き残ったね。どこかに隠れてたとか?」
ふいに新城が綴に尋ねた。
「いや、隠れていたわけじゃないんすけど。
壁際にいたから多分運よく銃弾が当たらなかったんだと思います。」
正直、綴自身はなぜあの状況下で自分だけ生き残ったのかが分からなかった。
ただ単に私の運が良かったのだろう。
そう思うしかなかったのだ。
しかし、新城はそれを聞いて怪訝そうな顔をする。
「銃弾が当たらなかった・・?本当にそうかな。
僕も一通り校舎を見て回ったけど、皆の死体を見て気づいたんだ。
ほとんど頭を一発のワンショットで撃ち抜かれている。
それだけ高い銃撃精度を持っているあのロボット達が球を外し、
ましてや標的を見逃すなんてことがあるかな。」
「そう言われても、実際見逃されてるし・・。
ロボットも完璧じゃなかったんでしょ。」
「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。」
新城は更に綴に尋ねる。
「ロボットが成瀬さんを故意に逃がしたのかもしれないということだよ。」
「故意に・・?そんなことをする意味ありますかね。何か理由があるとでも?」
「それは俺にも分からない。心当たりはないのかい?」
「あるわけないでしょ。さっきから何が言いたいんですか!?」
「つまり・・・、」
綴は新城がこれから発する言葉に身を構え、ごくりと唾を呑んだ。
「それはつまり、ロボットが君に一目惚れをしたんだよ!恋だ!
ロボットが恋によって故意に見逃したんだよ!」
「・・・・は??」
ー教室には一瞬の沈黙が流れる。
(こ、こいつ!やべえ、妄想癖だ・・!変態だ・・!!)
綴は無意識に新城から後ずさりをする。
その時、教室にスマホの通知音が響き渡った。
綴はすぐに自分のスマホを開く。
その通知音は親友からの返信を知らせるものだった。
"すぐにいつもの場所に来て欲しい。"
それを見た綴はすぐに決心をする。
「先輩、親友が呼んでいるので失礼します。」
「待て。今外に行くのは自殺行為だ。いや、君の場合そうとも限らないか。」
「先輩がどんな妄想してるのか知らないですけど、それやめた方がいいですよ、気持ち悪いんで。
・・お互いに生き残れればいいっすね。」
そう言い残して綴は新城から半ば逃げるように教室を後にした。
教室を出た綴は廊下と階段を駆け抜け学校を出る。
綴が予想していた通り、やはり学校の外も無事では無いらしい。
遠目に例のドローンが徘徊しており、襲撃のせいかいくつかの建物が崩壊している。
綴はドローンに見つからないように人気が無さそうな裏路地に入った。
「あっ!」
そこには布を被った母親と少女の親子が身を潜めており、
綴を見つけた少女が思わず声を上げていた。
「沙奈!大きな声を出さないで!…あなたはそこの高校の学生さん?無事だったのね…!」
母親は綴に向かって静かな声で話しかける。
「はい、学校も襲われたんですけど何とか。でも外も酷いですね…、他に生き残ってる人は?」
「分からないわ、少なくとも私が見かけたのはあなたが初めてよ。」
「そうですか…ぐっ!」
綴は突然謎の頭痛に襲われる。
(…さ…きゃ。)
綴の頭に何かが響く。
(…ろさなきゃ。)
「な、何だ!?頭が…!」
綴は頭を抱え、地面に膝を着く。
親子は心配して綴に語りかける。
「大丈夫ですか!?頭が痛いの!?」
「お母さん!その人、剣持ってるよ!!」
少女は綴を指さす。
少女の言う通り、綴の手には細い剣が握られていた。
母親もそれに気づき、咄嗟に少女を庇う。
今度は綴の頭にハッキリと声が聞こえた。
(そいつらを殺さなきゃ。)
「そうだ、殺さなきゃ。」
剣を握りしめる綴の目は青く光っていた。