第九話 密林地帯
「ねぇセラ、もうそろだよね?」
「ええ、予定通り昼までには着きそうね」
一夜明けて、二人は目的の大洞窟のある密林地帯を目指して進んでいた……
「ねぇセラ、密林地帯ってどんな魔物が出たりするの?あたし……この辺り、というかこの地方のことについてぜんぜんで……」
イルマはここ、アルゼス地方とはまた別の地方出身なのでこの地方のことについて疎いのだ。
「そうねぇ〜……入ってすぐの森林が浅い場所なら、ゴブリンや小型の魔獣……あと石型のゴーレムなんかもたまに出るらしいわね」
「へぇ〜ゴブリンかぁ〜……あたし、ゴブリン見たことないんだよねぇ〜。ねぇセラ、ゴブリンってどんなやつ?」
「臭いわ」
「え……臭いの?」
「ええ、とても酷い悪臭を身に纏ってて、そうねぇー例えるなら掃除を長期間してない公衆トイレ、とでも思ってくれたらいいわね」
「ん〜それは遭遇したくないね……」
イルマは少々顔を歪めながら、嫌そうな表情をしている。
「だからね、直接剣で切ったりしない方がいいわよ。あなたは斬撃が飛ばせるんだし、ゴブリンが近づいてくる前に斬撃を飛ばして倒せばいいのよ」
「だね、直接切って臭いが染み付いたりなんかしたら、そんなのあたし……絶対やだよっ!」
「そうよねぇ、やっぱり……」
「セラっ!」
セラが何か言おうとしたその時!イルマがセラの名を呼びながら、前方の進行方向を指差した。
そこには、地平線の彼方まで広がっていると思わせるほどの広大な森林があって……いよいよ二人は目的の密林地帯に到着しようとしていた。
……………
………
「ここが密林地帯かぁ〜こんな広い範囲に大量の木々が密集している場所があるだなんて、なんだか……上手く言葉にできないけど……凄いな、ほんとに」
密林地帯……暖かい気候と多量の雨により植物がとても育ちやすく、尚且つ魔物が過ごしやすい環境となっている。イルマは訪れたこの場所で、これから体験するであろう出来事を想像しながら胸を躍らせているが、内心不安も感じていた。
「私も実際に来たのは初めて、神秘的でいい場所ね。でも……夜はちょっと……」
セラもイルマと同様にワクワクしていたが、やはり夜の森……というのは、誰しも怖いものらしく……夜までには目的の大洞窟を見つけたいと考えていた。
こうして二人は、広大な森林のどこかにあるであろう大洞窟を目指して、密林地帯にいよいよ足を踏み入れるのだった。
……………
………
数体のゴブリンが奇声を上げながらイルマとセラの二人目掛けて走ってきた!
「てりァッ!」
すかさずイルマが横薙ぎの斬撃を放って、ゴブリン達が近づく前にその体を真っ二つにした。
「「……………ッ!?」」
ゴブリン達は最後の断末魔を発することもできず、切断面から血を吹き出しながらその場に倒れた。
「まだ来るッ!」
イルマがそう口にすると、目先の木々の間からまたも数体のゴブリン達がこちら目掛けて突っ込んできた。
イルマがもう一度斬撃を放とうとする……だが、それよりも速くセラが魔法を放った……使用したのは風の魔法で、ゴブリン達目掛けて数十の風の刃が飛んでいき……あっという間に全てのゴブリン達をバラバラにした。手足や頭、体のあらゆる切断された部位が血を吹き出しながら宙を舞って後方へと吹き飛んでいった。
「これで一旦落ち着いたかしら」
「そうみたい……近場に魔物の気配はもうなさそうだし」
二人は目的の大洞窟を目指して密林内を進んでいた……
「ねぇセラ、大洞窟ってどこにあるんだろ……」
「……そうね、とりあえず……奥へ奥へと進んで行ったらいいんじゃないかしら、依頼文には密林内の奥深く……としか書かれてなかったけど……多分大丈夫よ、大丈夫!」
セラはなるようになるだろうと自身に言い聞かせて、イルマもセラを信じて共に進む……
「そういえばさぁ……あたしの聞いてた話だとメルトアってすっごい大都市で街はいつも賑わってて、すご〜いって言われてたけど、東地区みたいな場所もあるんだね……あたし驚いたよ……あんな……」
イルマは東地区のことについて少し顔を赤らめながらセラに尋ねる……
「東地区?……あー、私達が初めて会った場所ね。あそこはね……」
セラが東地区の歴史について話はじめた……
「東地区はね、もともとは他の地区と同様に発展していたんだけど、今の前……先代の代表になってからあれこれと色々政策を変えちゃってね、そのせいもあって他の地区と度々揉めたりして隔たりができちゃってね……まあ、簡単に言うと無能がトップになって全てをぶち壊したのよ」
「そ、そうなんだ……」
「そんで今の代表はその無能の息子……最悪よ、今じゃ活気に溢れていた昔の面影なんて微塵もない、街は売春婦で溢れ男達は女を買うためにただでさえ少ない金をつぎ込んで、トラブルなんて日常茶飯事」
「売春婦……」
イルマは東地区での出来事を思い返しながら、なんとも複雑な表情をしている。
「麻薬や違法な武器の取引……要人の誘拐や暗殺まで、もうなんでもあり……これはほんとかわからないけど、人身売買なんかも行われてるって話」
「人身売買?」
「ええ、人身売買は世界的に禁止されている……もしそんなことが本当に行われていたら、いくら東地区が手の付けようがなくても、上は動かざる負えない状況になるでしょうね」
「人を売るだなんて、そんなこと……」
イルマはさすがにそんなことはないだろうと思いながらも、あの地区でならもしや……と、内心思ってしまっていた……
「まぁ、そんな感じね」
「そんな歴史があったんだね……話してくれてありがと、セラ」
二人は進む……
「そういえばイルマ、メルトアの飲食店ってもう行った?」
セラはイルマが先の話を聞いてから、少し暗い顔をしているので明るい話をしようとする……
「え、いやまだ行ってないよ」
「そうなんだぁ〜……じゃっ!今度一緒に行こうよ!いいとこ知ってるからさ」
「うん、ありがと」
セラが微笑みながらそう言うと、イルマは少し笑みを浮かべて返事をした。
「よし!そうと決まればこんな依頼さっさと終わらせよ、イルマ」
イルマが頷き、二人が歩く速度を早めようとした次の瞬間!
奇声と共に二人の近くの茂みから二匹のゴブリンが飛び出してきた……
「「!?」」
イルマは即座に剣でゴブリンを真っ二つに叩き割り、セラは風の魔法でゴブリンを原型もわからぬほどバラバラにして吹き飛ばした。
「ビックリしたぁ……セラ、大丈夫?」
「ええ、なんとかね……あんな臭いのに触れたら、もうお嫁に行けないわ。まあ、行くつもりわないんだけどね」
「また今みたいに、急に飛び出してくるかもだから十分に警戒して進もう」
二人は進む……
……………
………
「ちょっと遅くなっちゃったけどそろそろ昼食にしましょう」
「もうお腹ぺこぺこだよぉー」
時刻は夕刻の始まり頃、二人は少し遅めの昼食をするためにセラが特殊な道具で魔法の家を出現させていた。
「外で食べると魔物や魔獣に邪魔されかねないから、魔法の家の中で食べましょう。安全だし、落ち着いて食べれるわ!」
「うん!早く食べよっ!」
セラが道具で辺りに結界を張り、二人は魔法の家の中へと入っていく。
「簡単なものしかないけど……」
セラは魔法の家内に備蓄してある食料や飲料を取り出して、テーブルの上に並べていく。
「それじゃあ、いただきましょうっ!」
「いっただっきまーすっ!」
二人は軽く手を合わせて食事を始める……今回のメニューは、ハムとチーズとレタスと卵を贅沢にパンで挟んだサンドイッチなるものだ。
「美味しいっ!これって、セラが作ったの?」
「屋敷の料理長よ、料理なんて私……出来ないわ。そもそもしたことなんてないし」
「へぇ〜そうなんだぁ〜、料理長さん腕がいいねっ!すっごく美味しいよ!」
「そうっ?いっつも食べてるから私にはよく分からないわ。別に普通じゃない?」
「比べちゃ悪いけど、今止まってる宿屋さんのとこで食べれる料理より美味しいよ!」
そう言いながらイルマは、サンドイッチをメルトアで有名な特産品として知られる特製オレンジジュースで流し込む。
「さっぱりしてて美味しいっ!何にでも合うね、これ!」
「そうね、私も毎日飲んでるわ」
セラもサンドイッチを食しながらオレンジジュースを飲み下ろす。
「そういえばさぁ、さっき話してる時に聞こうと思ってたんだけど、セラってなんで東地区にいたの?あたしと初めて会った時」
イルマは徐に気になっていた事を聞いてみる。
「あーそういえば、まだ言ってなかったわね」
セラは自身が東地区にいた理由を話し始めた。
「実はね、今の東地区のお偉いさん方と前に話した私や、私の祖国アルセデスに属する者と敵対関係にある、滅び神の祝会っていう組織が裏で繋がっているって情報があってね。だから色々調べてたってわけ」
「そ、そうだったんだ……」
「まあ、その情報自体もあんまり信憑性が無かったんだけど、一応気になったから調べてみたってだけ……結局分からず仕舞いに終わったんだけどね」
「あれっ?でも、あの時セラを襲った連中は?」
「あー、あれは滅び神の祝会の一員じゃ無かったわ。ただのレベルの低い雇われ業者ね」
「え、そうなの?」
「ええ、滅び神の祝会の一員はあんな雑魚どもじゃないわ、アイツらとは比べ物にならないくらい強くて危険な奴等よ。奴等は少数で数こそ少ないけど、その一人一人が一騎当千の実力者……奴等と戦闘になれば流石の私も危ないかもしれないわね」
「そんなに強いんだ」
「ええ、だからあの時一人で行動するのは、少々迂闊だったかもね」
「(セラを守るってセラのお父さんと約束した……いずれあたしも戦う事になると思う。気を引き締めていかなきゃ)」
イルマは今一度、セラを守る事を再確認し……二人は食事を済ませて探索を再開するのであった。