第三十七話 鮮血の少女 その2
「……撤退――いや、それはダメだ……それだけはダメだ、絶対にッ――っも、もし……そんなことをしてしまったら、それではまるで……」
アルダークは切断された右腕を押さえながら、森林の方へと歩いていた……
「…………く、くくくっ!くくくくく!……ぼ、僕はっ!僕は選ばれた特別な存在だッ!!だ、だから……だから大丈夫だ!大丈夫なんだ……何とか、なる――と、とにかくっ!今は速く――」
「――お前、何一人でぼそぼそ喋ってんだっ?」
「――んっ!?」
アルダークが歩く速度を速めようとした――だが、その時ッ!背後から何者かに声をかけられて――
「……き、君っ――君はまた、どこからッ!?」
「……ん?ずっといたけどっ?」
イルマだ。剣を手に持ち、軽い姿勢でそこに立っていた……
「くくぅ……」
「はははっ!そんな緊張すんなやっ?だって……"すぐ終わるんだからさ"」
突如ッ!イルマから強烈な殺気が放たれるッ――
「…………く、くく!くくく、くくくっ――や、やはり……やはりかッ――君もまた、僕と同じっ――だ、だが……僕はっ――僕はまだ、ここでは終われない……だからッ――」
アルダークが何やら急に笑みを浮かべて笑い、懐から何かを取り出した――そして!
「――くくくくく、今日って日は本当にっ――全く…………"認めるよ"。認めざる負えない、君たちも……君たちも、"僕と同じだったんだね"!」
「……ん?何だ、あの石――」
「――さぁっ!来るんだッ――最後の役目だ!!ここは任せたッ――」
アルダークは手に持っていた石のような何かを地面に放り投げ――そのまま、森林の方へと走っていくッ――
「バカが、逃すわけねぇだろ――」
イルマがアルダークを追おうとする――だが、次の瞬間ッ!!アルダークの投げた石が急激に光出し――辺り一体を激しく照らす――
「眩し……」
イルマが手で目を覆う――その光は、その場一体を急速に飲み込んでいった――そして……
「………………はぁー、あたし……もうっ――"お前には興味ないよ"」
巨大な、何かが……イルマの目の前に現れる――
「……よし――」
イルマは軽く剣を構えてその何かを流し見る――手足を一本ずつ失っており、地面に膝をついているその何かは……こちらを凝視している――そう、黒き災害だ……。
「――ガアアアァァァァァァァァァァァァーッ!!!!!!」
直後ッ!!黒き災害が激しい咆哮とともに手に持つ巨大な剣を振り上げたッ――だが、それと同時に――
「――殺るかッ!!」
イルマの姿が消えた――そしてッ!!
ビシィィッ!!!バキィッ!!ズガガガッ!!!!
突如ッ!!その場にッ――鋭い重量音が響き渡る――
ドシュシュシュシュッ!!!ザリザリザリザリッ!!!!ズバシャァァッ!!!!!
――イルマだッ!!黒き災害の全身を縦横無尽に切り刻みッ――削り取りッ――その巨大な分厚い肉を連続で断ち続けるッ――
ズバババッ!!!ドシュッ!!ギュオォォォォッ!!!!!
イルマは黒き災害の全身をとてつもない速度で駆け回り――強力な剣撃を全方位から無数に浴びせ続けるッ――そして……
「――よっと!」
イルマが地面に着地した――その数瞬後……
……ッ、ドボォォォォッ!!!!
一瞬の静寂の後、黒き災害の……夥しいほどに切られ続けたその体中の切り口から、一斉に大量の血が吹き出した――
メキ、メキメキッ……ドゥグシャアアッ!!!!!
黒き災害の巨大な肉体は……バラバラになり崩落していく――
ザザァァァァァァァーッ……。
切り刻まれ削ぎ落とされた膨大な数の肉片が、地面を埋め尽くす――
「気持ちかったぁぁ……」
イルマは満面の笑みを浮かべ、剣を一振り――その手に持っている剣の切っ先から滴る鮮血を地面に叩きつけた。
「……ふふふふふ、いい景色だなぁっ!」
イルマの目前には……膨大なる赤が広がっている……大量の血が地面に広がっていき――大地を赤く、赤く染めていく……
コボルドの古代種……漆黒の巨躯を持ったその魔物、黒き災害は……絶命した。
「…………さて、行くか――」
「――イルマっ!」
イルマが逃げ去ったアルダークを追おうとしたその時、セラが身に纏う風とともに近くに降り立って合流した。
「セラか」
「……イルマ、これは――」
セラは自身の目の前に広がっている大量の血と肉片の数々を流し見ている……
「……ああ、これか――はははっ!弱いくせに無駄にデカくて目障りだったんで、バラバラにしてやったぜっ!!」
「……そ、そう……これが、あの魔物……凄いわね……本当に……(あなたが……この光景を作り上げたっていうの……?たった一人で……。イルマ……一体、今……あなたの身に何が起こってるの?……私、なんだか……心配……だわ)」
セラは不安な表情を浮かべてイルマを見ている……
「……よしっ――じゃあ、行こうぜっ?速く、アイツをぶっ殺しにッ――」
「……え、ええ!そうね……」
そして、イルマとセラはアルダークを追って森林の方へと歩いていく……
……………
………
「…………くっくくく、くくくくく!やられたッ――!?僕の黒き災害がッ――」
アルダークはよろけながらも森林内を走って移動している……
「――やはりッ!やはりそうだッ!!今、完全に確信したっ――あの二人は選べているッ!選ばれていたんだッ!!僕は、僕はなんて愚かな事をッ――あの娘達はそこらの有象無象のゴミ共とは違うッ!僕と同じ――偉大なる運命に選ばれし者、そうっ――特別な存在だったんだっ!!」
アルダークは遠目の魔術を使い、後方を流し見ている……そこには、体をバラバラにされて見るも無惨な姿になった黒き災害の亡骸があって……
「……さて、もう……これ以上戦闘は不要になった……あの二人は僕と同じ選ばれし者、そして……僕も同じく運命に選ばれた特別な存在……ならっ――撤退だ、今すぐに撤退だね――」
アルダークは左手に複数付けている指輪の一つに魔力を込め始めた――しかしっ!次の瞬間ッ――
「――何っ!?」
突如っ!アルダークが地を蹴って上へ跳んだ――そして、その直後ッ!!
ズババババッ!!!!!
巨大な斬撃が辺り一体――大量に生えている木々を一瞬にして切断していき――なぎ倒していくッ――
「――これはっ!?」
アルダークは着地と同時に後方――斬撃が飛んできた方を見る――すると、そこにはッ――
「みぃーーっけッ!」
「ふふふふふ、形勢逆転ねっ!!」
「……追いつかれたか――」
イルマとセラだッ!
「……さて、どうしてやろうかッ?真っ二つか、輪切か……いやっ――千切り、微塵切りかなっ!」
「……私、今……物凄くイライラしてるの……だから、すぐには逝かないでよねっ?これ……"命令だから"!」
イルマは剣を軽く構えて無邪気に笑い……セラは両手をポケットに入れて邪悪な笑みを浮かべている。
「…………く、くく……くくくくっ!……ああぁ……君、達はっ――本、当にッ――」
アルダークが無造作に左手をイルマとセラの二人へ向ける――
「――ダーク・ドラ――」
アルダークの懐にある魔術詠唱を省略する事のできる特殊な魔石が砕け――今、アルダークが魔術を二人へ向けて放とうとするッ――だがッ!!
「――そらッ!」
「あぐぅッ――」
突如ッ!アルダークが後方へと物凄い速度で吹き飛んでいったッ――
「――イルマっ!」
「ははは、大丈夫っ大丈夫!加減はしたからさっ!」
イルマだ。アルダークが魔術を放つよりも速く、イルマが一瞬にして距離をつめて、強力な蹴りをアルダークの腹部に叩き込んだのだッ!
「…………うぅ、ぐぅ……がはっ――」
アルダークは立ちあがろうとする――だが、口から大量の血を吐いて地面に膝をついた……
「……うぐぅ(内臓をやられたか……ま、まずいな……)」
「――痛そうだなぁ……ふふふ!」
セラがアルダークの数メートル前方にいる――
「……ぼ、僕は――ぁッ!?」
轟音ッ!!セラがアルダークの目前の地面に火球を放ったッ!アルダークは凄まじい衝撃によって、さらに後方――数十メートル程を激しく転がりなら吹き飛ばされるッ――
「…………く、くぅ――」
「ははははははっ!私としたことが……的を外しちゃったわっ!」
セラは楽しそうに笑っている……
「……い、いますぐ……この場、から……」
アルダークはうつ伏せで地面に横たわりながら、自身の左手にはめられている指輪の一つに魔力を込めている……
「は、速くっ――ぼ、僕はまだ――死ねな――」
「――足からいくかッ!」
次の瞬間ッ!強い衝撃とともにアルダークが宙に舞い上がり――受け身を取れず、地面に叩きつけられた。
「――あ、ああァァァァァァァァァァァァーッ!!!!」
アルダークが苦痛に喘ぐ表情を浮かべて悲鳴をあげている――
「はっはっは、痛そうだなぁ……」
イルマが高木の上からアルダークを見下ろしている――左足が欠損しており、血が大量に流れている……イルマが斬撃を放ち、アルダークの足を一本切り飛ばしたのだ。
「セラには悪りぃけど……"次で終わりだ"!」
イルマは地に横たわって苦痛に喘ぐアルダークを見据え――剣を構える……
「……ま、間に合え――」
アルダークは激しい痛みと焦りで大量の冷や汗をかいている……だが、その瞳には絶望は一切なく――そしてッ!!
「――死ねッ!!」
直後ッ!!イルマが高木を蹴り、アルダーク目掛けて一直線に突っ込んでいき――その肉体を串刺しにせんと神速の突きを放つッ!!
そして――その数瞬後ッ!!辺り一体を激しい衝撃が襲い、大量の土埃が舞い上がった――
「……終わった、わね――」
セラはそんな光景を気分良さげに見ていて……
「………………選ばれている、か……」
土埃がだんだんと晴れていく――セラはイルマの元へと歩いていき……そして――
「……なっ!?こ、これはッ――」
セラは驚いて目を見開いている――なぜなら……
「悪りぃーなセラ、逃げられちまったわ……」
「……これって……転移の、魔法陣……」
セラは地面を見ている……そこには、半径数メートル程の大きさの魔法陣が展開されていた。
「……アイツ、こんな奥の手を……」
セラは何かを考え込むように難しい顔をして魔法陣を眺めている……だが、そんな時ッ――
「――えっ!?ちょっ――イ、イルマっ!?」
突如ッ!イルマが地に倒れた――
「イルマッ!?しっかりして、どうしたのっ?大丈夫!?」
セラはイルマに駆け寄って介抱している……
「ねぇっ!?イルマ、急にどうしちゃったの!?ど、どこか……大きな怪我を――」
「……な、なんか……よく、分かんないん、だけど……体が、動かないの……それに、痛い……痛いよ……体中が……」
「……イルマ」
イルマはぐったりとして地面に横たわっている……その体は震えており、危険な状態にあった……
「と、とにかくっ――ポーション、回復ポーションよねっ!?」
セラはマジックバックから回復のポーションを数本取り出してイルマにゆっくりと飲ませていく……
「だ、大丈夫っ!大丈夫だからねっ!わ、私がいるから――」
「う、うん……あり、がとう……セラ――」
……………
………
少しして、イルマとセラの二人は近くにあった大きな木の根元で休んでいた……
「イルマ、体の調子はどうっ?」
「うん……セラがくれたポーションのおかげで、もう……痛いとかはないよ」
「そ、そっかー……よかった……」
セラは木にもたれかかっており、イルマはセラの太ももに頭を置いて膝枕をしてもらっていた。
「セラ……セラは、怪我……大丈夫?」
「……ん?……ええ、大丈夫よ。私もさっきポーションを飲んだから……」
「よかった……」
「ふふふ、イルマに比べたら私なんて軽傷よっ!」
セラはニコッとイルマに笑みを向けた。
「…………ね、ねぇ……セラ……」
「ん?どうしたの?」
「えと……」
「……ん?」
イルマが何やらモジモジとしていて、不安そうな顔でセラを見上げている。
「どうしたの?」
「い、いや……あ、あたし……セラを、突き飛ばしちゃった、から……」
イルマはセラを庇って黒き災害と呼ばれていた魔物の攻撃を受けた事を思い出している……
「……突き飛ばした……?あ、ああっ!そ、そうね!……イルマ、あの時は助けてくれてありがとうね!私、死んじゃうかと思ったわ……あの時」
「う、うん……」
「……ん?じゃあ、何で……そんなに……」
イルマは泣きそうな顔でセラを見ていた……
「だって……あたし、結構強くセラを突き飛ばしちゃった……絶対、痛かったよね……」
「…………ああ、そうゆうことね……ふふふ、ぜんっぜん大丈夫っ!大丈夫だから、私……気にすることなんて、何もないわ」
「……うん、そう……だね……ありがとう!」
イルマは微笑みながらセラを見ている。
「……ねぇ、イルマ……私達、勝ったのよ……」
「そう、だね……」
「何だか……すごく、疲れたわ……私……」
「ふふ。あたしも、だよ……」
「なーんか、すっごく長い時間……戦ってた気がするわ」
「あたしも、おんなじこと思ってたよ」
二人は強敵との激闘でかなり疲れている……
「あぁー、メルトアに帰ったら……酒をいっぱい飲みたいわぁ……」
「あたしも、美味しいものをいっぱい食べたい……」
「もう少し休んだら、メルトアに帰りましょう……」
「うん……でも、あたし……すっごく眠たいよ……」
「ふふふ、なら……寝ちゃいなさい。イルマが起きたら、帰りましょうっ!」
「う、ん……あり、がとう……セ、ラ…………」
イルマはセラの太ももの上で深い眠りについた……よほどセラの膝枕が心地よいのだろう……イルマは安心した様子で眠っている……
「……これは、すぐには起きそうにないわね……」
セラはイルマの頭を手で優しく撫でている……
「……あぁー、私……生きてて、よかった……あなたと、会えて……よかった――」
……………
………
これにて、第一章が完結となります。不定期の更新でしたが、読んでいただきありがとうございました。
次回から、第二章に入ります。




