第三十一話 滅び神の信奉者
「そろそろ出口が見えてきそうね」
「うん……そうだね」
現在、イルマとセラの二人は採掘場内の出口近くを歩いていた。
「…………あぁー、ん〜……どうしたものか……」
「セラ……?」
セラが何やら難しい顔をして悩んでいる。
「……いやぁー、ねぇ……なんていうか…………私達、あの村に戻らなきゃだめ……かな?」
「…………」
「だって、攫われた子供達も助けられなかったし……一人も……」
「…………」
「さすがの私もちょっと……行きづらいー、なんて……」
「…………」
「……ん?どうしたの、イルマ?」
イルマが急に歩くのをやめ、立ち止まった。
「…………戻りたく、ない……あたし、あの村に戻りたくない……」
「…………」
「ニマちゃんと、約束したのに…………あたし、あたしこのまま村に戻らずに……メルトアに帰りたい……ニマちゃんのお姉ちゃんも、村の他の子供達も…………あたし、これからあの村に行く勇気がないよ……セラ」
「イルマ……」
イルマは下を向いて力無く喋り続ける……
「……ははは、あたしにできることなんて無かったんだ……初めっから……(必ず助け出すとか言っておきながら……ははは、ダメダメだなあたし……昔っから、本当に……)」
イルマは完全に気力を無くし、滅入っていた。
「……なら、帰りましょう。メルトアに」
「……セラ?」
「村への報告は……ギルドに任せましょう。……よしっ!そうと決まれば、イルマっ!速く帰りましょう、メルトアに!」
「で、でも……」
「いいのよ、私達が直接行って報告なんてしなくたって……こんな状況になってしまった時こそギルドの出番よっ!後のことは全部任せましょう。それがいいわ、いや……それしかないわ!」
セラは自信に満ちた表情でそう言った。
「いいの……かな、約束……したのに」
「…………」
しかし、そんなセラの言葉を聞いてもイルマはまだ……
「はぁー、しょうがない」
そんなイルマを見かねてセラは……
チュッ!
「えっ!?」
イルマに近づいて頬に口付けをした。
「きゅ、急にどうしたの!?」
イルマは突然のセラの行動に顔を赤らめ、慌てふためいている。
「何ぃ?まだ足りない?」
そう言うとセラはイルマに抱きつき、再び頬に口付けをした。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「ん?何ぃ、嫌なの?」
「嫌……じゃないけど……」
「ならいいじゃない!」
「いや、でも……こんな場所で……」
「場所……?ふふ、誰も見てなんかないわよ!」
「いや、そういうことじゃなくて……なんで、こんなこと?」
「昔、本で読んだことがあるわ。人が落ち込んでいる時……そんな時の一番の薬は人肌の温もりだって……だからよ」
「セラ……」
「何か嫌な事や苦しい事があったって……こうやって抱き合ってお互いの温もりを感じてたら……大丈夫、全部大丈夫になるわ」
「…………」
二人は優しく抱き合っている……二人以外には誰もいない静かな採掘場内で……
「(温い……)」
イルマはセラの体温を感じている……服越しでもその温もりは十分に伝わってきて……
「(良い匂い……)」
セラからはほのかにシャンプーの匂いや、香水だろうか?イルマにはよく分からないが……とにかく良い匂いがして……
「あったかい……」
「私も……」
イルマはとても穏やかな表情をしている。先程まであった不安はもうなく、今はただ……セラの温もりだけを感じていて……
「……セラ、もう大丈夫だよ……あたし」
「そう……」
イルマがそう口にするとセラは抱擁をやめて……
「ありがとう、セラ……」
「ふふふ、礼なんていらないわよ(……もう少し、もう少しだけ抱き合っていたかったなぁ〜)」
セラはどこか名残惜しそうにしている。
「……よしっ!そうとなれば、帰ろっか?メルトアへ!」
「うん。帰ろう……」
こうして二人はまた歩き出す……
……………
………
「そういえば、変よね?」
「ん?」
少しして二人は採掘場から出て、メルトアへ帰るためにまた歩きはじめようとしていた。
「帰り道、コボルド達に会わなかった……」
「確か……魔法で通路を塞いでたんだっけ?」
「ええ」
セラは後ろを振り返り、採掘場の出入り口を見ている……
「魔法を解除して氷の壁を消した時、そこには何もいなかった……この採掘場から出るまでずっと……(通路を塞いだ時、まだかなりのコボルド達がいたはず……あいつら、どこへ行ったの?)」
「セラ?」
「やっぱりおかしいわ。あのコボルドたちが私たち(獲物)を見逃したりするかしら?」
「……通れなかったから、諦めたとかじゃ……?」
「いや、それはないと思う。あいつらにそんな知性はないもの」
「うーん……どこ行ったんだろ?」
「分からないわ」
セラは思案にふけている……残りのコボルド達の行方が気になるようだ。
「…………あっ!?もしかして、また村を襲ってるんじゃ!?」
「確かに。その可能性もあるわね」
「セラッ!」
「ええ、もう一度あの村に行ったほうがよさそうね」
「行こう(……もう行きたくない、あの村に……でもっ!今は……)」
二人は最悪の可能性を感じ、もう一度ヨナの村へと行こうとした……が、その時ッ!
「酷いことするなぁー、君たち」
「「!?」」
突然、二人の後方……採掘場の方から声が聞こえた。イルマとセラの二人は反射的に後ろを振り返る――すると、そこには。
「なんて残虐な人たちなんだ……子供だけじゃなく赤子まで殺すなんて……一体、どんな教育受けてるの?君たち」
採掘場の出入り口近くに、それはいた。
「誰よ……あいつ」
「人……?」
「君たちでしょ?ここを荒らしたの?」
そう喋るのは一人の男だ。黒を基調とした格好をしていて黒いフードを目被りしているせいかその表情は伺えない。
「あんた、誰よ?」
セラが男に問う。
「んん?僕かい……僕はね――」
男はフードに手をかけ、深ぶりしていたそれを脱ぐ。
「アルダーク……偉大なる滅び神様にこの身全てを捧げた滅び神の祝会!十三祝者が一人、信仰のアルダークッ!」
「えっ!?」
「滅び神の、祝会……ですってッ!?」
そう名乗るのは黒い髪を後ろで束ねた黒い瞳の青年だ。目は暗く澱んでおり目の下にはひどいクマができていて、顔全体の血色がとても悪そうだ。
イルマとセラは思いもよらない人物の登場に驚愕の表情を浮かべている。
「……僕は名乗ったよ。じゃあ、次は君たちの名前を教えてくれるかい?」
アルダークと名乗るその人物はイルマとセラに質問する。
「……あっ!?え、えと……あたし、は……んむッ!?」
イルマが自分の名を言おうとし、それをセラが手でイルマの口を咄嗟に抑えて止めた。
「ちょっとっ!どう考えても言っちゃダメでしょ!」
「んむむ……」
セラがイルマに耳打ちしている。
「……ん?どうしたの?名前……速く教えてよ?」
「ま、まずい……」
アルダークが二人をじっと見ている。
「セ、セラ……」
「くっ……(仕方ないッ!)」
セラはイルマに耳打ちで何かを伝えた。
「え?」
「合わせてっ!」
「う、うん!」
セラは軽く深呼吸をすると……
「私はサラ!サラ・エレスよッ!」
セラがそう名乗ると次にイルマが……
「あ、ああ、あたしは……ア、アルマっ!アルマ・チャアァーッ!!」
「ちょっ!?イル……」
「はぁ?……チャアー?」
イルマはあたふたしながらそう言った。
「チャアー、なんて聞いたことないな……君、どこか辺境の生まれかい?」
「そ、そうです!」
「ふーん」
アルダークに二人を疑うような素振りは特にはない。
「で、だけど……コボルド達を殺したのは君たちだね?」
「あ、あた……」
「私たちじゃないわっ!」
セラがキッパリとそう言った。
「…………」
それを聞いてアルダークは目を細めて……
「君たちでしょ、嘘はよくないなぁ―」
「本当に私たちじゃないんだけどっ!」
「はぁー、もういいよ」
アルダークはため息混じりに告げる。
「ちッ!」
セラが不機嫌そうに舌打ちをした。そして……
「なんであのゴミッ!!どもの死がアンタに関係あんの!?こっちがちょっと下にでてやったら調子乗りやがって、死ねよッ!!!」
アルダークを睨みつけ、イライラしながら言い放つ。
「君、どうしたの急に?大声なんか出しちゃって……くくく、まあいいや……コボルド達、あれは僕の可愛いペット達さ!ペット……愛玩動物たちが無意味に殺されたりなんてしたら怒るのは当たり前でしょ?そんなことされて怒らない飼い主なんていないと思うんだけど?」
「へぇー、じゃあアンタがコボルド達を使って村を襲わせたんだぁ?」
セラがそう言うとアルダークは……
「襲わせたぁ?くくく、そんな僕がまるで悪人であるかのような言い方しないでよ」
「はぁー?あんた、何言ってんの?」
「君たちには理解できないことさ。だって……僕は選ばれたけど、君たちは選ばれてないんだから」
「選ばれた……?あんた何言って……」
「一つ教えてあげるよ。滅び神の祝会、それは偉大なる神……滅び神様に選ばれた者だけが入ることを許される特別な組織なのさ!」
アルダークはとても誇らしそうにしている。
「面白いこと言うわね!滅び神様に選ばれたですってぇ?ふふふ、滅び神は千年以上前に滅んだじゃないっ!!もういないのに……何が選ばれた、よッ!」
「……そうだね」
セラが挑発するように言うが、アルダークは表情一つ変えていない。
「…………一つ、聞いていいかしら?」
「なんだい?」
セラは歯噛みし、気持ちを抑えながらとある質問をする。
「さっき……あんたが言ってた、十三祝者って何?」
「……くくく、いいこと聞いてくるね」
アルダークは少し笑みを浮かべながらセラを見て……
「十三祝者……それはッ!選ばれた者達の中から、さらにッ!選ばれた、本当にッ!特別なッ!!存在なのさッ!!!」
アルダークは満面の笑みを浮かべて誇らしげに言い放った。
「へー(なるほど、いわゆる幹部ね)」
「僕たち十三祝者は偉大なる神の代行者である最高指導者様の次にッ!この世界で特別な存在なのさッ!!選ばれているんだよ、僕は!!」
「そうかそうか、特別なのね」
「そうさ、特別なんだ!僕はね……くくく、世界的法則に守られているのさッ!だから、何をしても上手くいく、何をしても満たされる、何をしても許されるのさッ!!」
「…………(こいつ……)」
「僕たちは何をしてもいい存在。僕たちがすることなすこと全てが正しいことになるという法則がこの世界には存在しているッ!」
「…………」
「くくく、これの意味が君には理解できるかい?……まあ、いま理解する必要はないよっ!だって、すぐにでもこの世界の法則が君に僕の偉大さを理解させるよ、強制的にね!」
「…………(コイツ、ヤバいやつだわ。十三祝者とやらについて聞いてみたら、急に……)」
セラは心底ドン引きしていた。
「はぁー、あんたが特別なのはよぉーく分かったわ」
「くく、それでいんだよ。思ったより速く法則が働いてるみたいだね!よかったよッ!!」
アルダークは顔を歪ませて嬉しそうに笑っている。そんな時……
「……なんで、なんで村を襲わせたりなんてしたの?」
今まで黙っていたイルマが口を開く。
「はぁー……あのさぁ、さっきも言ったけど……なんで、襲わせたーなんて言い方するのさ?君、そんなに僕を悪者にしたいわけ!?」
「何で?」
イルマは再度アルダークに問う、その顔は真剣だった。
「ん……?君、さっきと態度が違うんじゃない?はぁー、疲れる……何で分からないかなー、さっきから言ってるでしょぉッ?僕は、特別なんだ。僕がやること成すこと全てが正しくなる。そういう法則がさ……あるんだよ、この世界には!!」
「…………」
「村を襲わせただってぇ?ははは、それがどうしたッ!!この世界の法則がそうさせるよう僕を促した、つまりッ!それはいいことだ、僕は正しいことをしたんだ……いいかげん理解できたかな?」
「…………」
「そう、正しんだ……僕は正しいんだ……僕は正しいことをしたんだ……」
アルダークは自分に言い聞かせるようにボソボソと喋っている。
「(もういい……)」
イルマが剣の鞘に手を触れ、歩き出そうとした……その時ッ!セラが……
「待ってっ!」
イルマの手を掴んだ。
「止めないでよ――」
「私に任せてッ!」
「え!?」
イルマは反射的にセラの方を見る――
「ここは私に任せてッ!完璧な作戦がある!」
「完璧な、作戦……?」
「ええ、そうよ!」
セラは自身に満ち溢れた顔でそう言い、ゆっくりとアルダークの方に歩き出した。
「アルダーク、さん……でしたっけ?」
「ん?……なんだい?」
セラはアルダークの目前、数メートル程まで近づくと歩を止める……そして。
「私、勘違いしてたわ。先ほど貴方が言っていたことに心を打たれた……なんて素晴らしいことなんだろうって……」
「セラッ!?」
イルマはセラの予想だにしなかった言葉に驚き、目を見開いている。
「貴方は偉大な神様に選ばれたとってもすごい人、私……そんな偉大な貴方の兵たるコボルド達になんて酷いことを……」
セラは悔恨の表情を浮かべ話続ける……
「謝って許されることじゃないのはよくわかってる……だけど、私は間違いを犯した……だからっ!ここに謝罪するわ。私が間違っていた……貴方の大事なコボルド達を殺してしまって本当に申し訳ない!!ごめんなさい、神の使者様!」
セラはそう言って深々と頭を下げ、アルダークに謝罪した。すると……
「お、おお!おおお!!な、なんとッ!なんと素晴らしいッ!!己が過ちを認め謝罪の言葉を述べるとはッ!!」
アルダークは感極まった表情でセラを見ている。
「先ほどまで愚かにも私に愚言を呈していたあなたが自身の間違いを認め、さらに!私の偉大さをその身で感じて理解し、こうして深謝するとは……ははははははは!素晴らしい、なんて素晴らしいんだッ!!感動的、実に感動的だッ!!あああ……満たされる、満たされている……私は……今、満たされているぅぅぅぅぅー!!!……ははははははは!!幸せだ……幸せなんだ……私は今、幸せに満ちている……」
アルダークは両手を大きく広げて気持ち悪い笑みを浮かべている……なんだかとても満足そうだ。
「あの、一つよろしいでしょうか?……神の使者様」
「んんっ?どうかしたのかな?」
セラは申し訳なさそうな顔をしてアルダークに尋ねた。
「ずっと気になっていたのですが……隣の若く美しい女性はどなたなのでしょうか?」
「ん?隣……」
アルダークはセラの質問を聞きいて首を動かし、左右を流し見る……しかし、そこには誰もおらず……
「ん〜……特に誰もいないよう――」
「スキありぃッ!!!!」
次の瞬間ッ!!突如セラがアルダークに人差し指を向け魔術を放つッ!セラが最も得意としている魔術。雷属性の中距離魔術ライトニングショットだッ!
「なッ!?」
アルダークはセラの突然の予想だにしない行動に驚愕して口をあんぐり開けている。
「バカがッ!!今すぐ死ねぇぇぇぇぇぇぇーッ!!!」
セラはニヤリと笑い勝ち誇った表情をしている。放った雷線は一直線に飛んでいきアルダークの顔、眉間を正確に穿つ……はずだった……
バチィッ!!!
「はぁッ!?」
セラは目の前のあり得ない光景に唖然とし、口をぽかんと開けている。
「えっ!?」
それはイルマもだった……セラの完璧な作戦、騙し討ちが成功したと思ったのも束の間……現実はそうはならなかった。
「はぁぁぁぁ〜、やってくれるねッ!君、まさか偉大で完璧で選ばれた僕を騙すなんてね!!」
アルダークの全身を半透明なバリアのようなものが覆っている。
「何よっ!?それ……」
「ん?見ての通りだよ、対魔術の障壁さ」
そう言うとアルダークは自身の左手をみせる……その指にはいくつかの指輪が嵌められていて、そのうちの一つが淡く光を発していた。
「魔道具……」
「当たり前でしょ?僕は偉大なる滅び神の祝会の幹部だよ!くくく、そんな小賢しい手が通用するとでも思ったのかな?」
「くぅ……」
セラは悔しそうに歯噛みしている……本来ならば目の前にいる敵の頭を吹き飛ばしていたはずの雷線は、敵の魔道具によって作り出された障壁によって虚しくも弾け飛んだ。
「ほんとくだらないことするよね、君……僕の偉大さを理解したようだから苦しみを与えずに滅ぼしてあげようと思ってたのに……はぁー、気が変わったよッ!!」
直後ッ!アルダークから恐ろしいほどの殺気が発せられる。
「くッ!?」
セラは反射的に風の魔術を唱えてイルマの元まで下がった。
「セラっ!?」
「ごめんなさい、イルマ……失敗したわ」
「う、うん……」
セラは少し気恥ずかしそうにしている。
「まさか、私のとっておきが通用しないだなんてね……(念のため、ギリギリまで近づいたってのに……クソがッ!)」
「……セラ」
「分かってるわ、やるわよッ!」
「うんッ!」
二人は真剣な表情でアルダークを見据え……イルマは剣を抜き、セラは手を構える。
「くくくくく、愚かにも僕と……いや、これは運命だろうね。ここで滅びるのが君たち二人の運命なのさ……ああ、なんて哀れな……なんて惨めな……なんて悲惨なんだ……僕と出会ってしまったばっかりに……だがッ!これも運命、君たち二人は受け入れなければならない!今日、滅びるということを……」
「セラッ!くるよ」
「ええ!返り討ちにしてやるわッ!!」
「くくく、愚かにも足掻き続けるがいい……偉大なる滅び神に祝福をッ!!」
そして――戦いが始まるのだった……




