アブラハムの子供たち ~ガザ地区紛争についての一考察~
あなたは手遊び歌『アブラハムの子』をご存じですか。
アメリカの動揺『Father Abraham』が原曲とされているもので、宗教的なお話が元になっています。
当エッセイは武 頼庵(藤谷 K介)様の『24夏のエッセイ祭り企画』にも参加しています。
戦争や紛争は、宗教的な問題が一因になることもあります。
ロシアがウクライナに侵攻していますが、この原因の一つも宗教問題とされています。
ウクライナは元々ソビエト連邦に属し、国教はキリスト教に属する『ロシア正教』でした。
そして首都キーウはロシア正教にとっても聖地です。
ウクライナがソビエト連邦から独立した後、宗教的にも『ロシア正教』から独立し、『ウクライナ正教』となったのです。
もし、ウクライナがNATOやEUに加盟すると、『ロシア正教』にとっても面白くないことになります。
今回のウクライナ侵攻でのロシアの要求の一つは、ウクライナがスイスのような中立国になることです。
実現すれば、聖地キーウが西側のものにはならないです。
さらに、NATOとロシアが戦争になった場合、ウクライナが緩衝地帯になります。
さて、私は2023年11月に『オタク視点でのガザ地区紛争』というエッセイを投稿しました。
今回はそこでは触れていなかった宗教的な対立について書きます。
あなたはユダヤ教とキリスト教とイスラム教が、元々同じ神様を崇めていたことをご存じでしょうか。
紀元前二千年ごろ、アブラハムは今のサウジアラビアの東側、チグリス・ユーフラテス川の河口付近に住んでいました。
アブラハムは『カナンの地を与える』という神の声を聞き、西方に旅をしてカナン(パレスチナ)にたどり着きました。
それが今のイスラエルがある土地です。
(今回のエッセイでは『パレスチナの地』と表現しています)
アブラハムには最初の妻の子のイサクができて、だいぶ遅れて後妻との間に複数の子を設けました。
手遊び歌『アブラハムの子』では、子供のうち一人だけ背が高いことが歌われています。
この歌の原詩は、世界中の人間がアブラハムの子孫であることを示唆しています。
そしてアブラハムの子孫を名乗る人たちが、パレスチナの地で『ユダヤ教』を作りました。
西暦0年に、ユダヤ教の両親のもとでイエスが生まれました。
(実際に生まれたのは西暦0年ではない説もあります)
成人したイエスは従来のユダヤ教を否定する活動を行い、処刑されます。
イスラエルを去った弟子達はローマ帝国でキリスト教を立ち上げます。
キリスト教の聖書は、ユダヤ教の聖書にイエスの教えを盛り込んでアレンジしたものです。
やがて周辺国を支配しているローマ帝国ではキリスト教が国教となり、それまでのユダヤ教はキリスト教に改宗させられました。
改宗に応じなかった人は処刑や国外追放となりました。
そして、7世紀にアブラハムの子孫を称するムハンマドが神の声を聞き、イスラム教を起こしました。
イスラム教では『イエスは数ある預言者の一人にすぎず、最後の預言者であるムハンマドの言葉が正しい』となっています。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は、すべてアブラハムの子供たちです。
この三つはどれも多神教ではなく、一神教です。しかし三つはどれも自分たちの信仰する『神』が唯一のもので、他の二つが進行する『神』とは別と考えているようです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係をまとめます。
いずれも「アブラハムの宗教」として知られる一神教であり、共通の祖先と教義を持っています。
それぞれの宗教は独自の信仰体系を持ちつつ、歴史的にも神学的にも深い関係があります。
■共通の祖先:アブラハム
アブラハムは、これら三宗教の共通の祖であり、彼を通じて神との特別な契約が結ばれたとされています。
ユダヤ教では、アブラハムはユダヤ民族の祖先であり、神との契約を通じて選ばれた民としての使命を担っています。
キリスト教では、アブラハムは信仰の父として尊重されており、彼の子孫からイエス・キリストが生まれることが重要視されます。
イスラム教では、アブラハム(アラビア語では「イブラヒム」)は預言者の一人とされ、彼の息子イシュマエルがアラブ民族の祖先とされています。
■聖典
ユダヤ教の聖典は「タナフ」(ヘブライ聖書)であり、これはキリスト教の「旧約聖書」に相当します。
キリスト教の聖典は「聖書」で、旧約聖書に加えて「新約聖書」が含まれています。
新約聖書ではイエス・キリストの生涯と教えが中心となります。
イスラム教の聖典は「コーラン」で、これはアッラーという神からムハンマドに啓示されたとされる書物です。
■神の概念と救い
ユダヤ教では、唯一神ヤハウェが世界を創造し、選ばれた民としてのイスラエル民族に律法を与えました。
救いは律法の遵守を通じて得られるとされます。
キリスト教では、イエス・キリストが神の子として信じられ、彼の死と復活が人類の罪の贖いとして重要視されます。
救いはイエスへの信仰を通じて与えられるとされます。
イスラム教では、アッラーが唯一神であり、ムハンマドは最後の預言者です。
救いはアッラーへの服従とクルアーンの教えに従うことで得られるとされます。
■宗教的発展と相関関係
ユダヤ教は最も古い宗教であり、紀元前二千年年頃に始まったとされます。
キリスト教は、一世紀にイエス・キリストの教えに基づいて発展しました。
世紀……西暦はキリストの誕生した年が起点となっています。
ユダヤ教から派生した宗教であり、初期の信者は主にユダヤ人でしたが、後に異邦人にも広がりました。
イスラム教は、七世紀にアラビア半島でムハンマドによって創始されました。
ユダヤ教とキリスト教の伝統を継承しつつ、新しい啓示をもたらしたとされています。
これら三つの宗教は互いに影響を与え合いながら発展し、特に中東地域では歴史的に密接に関わり合ってきました。
また、神や聖典に対する理解の違いから、時には対立も生じましたが、同時に共通の価値観や思想を共有していることも事実です。
■それぞれの宗教の広がり
キリスト教は西洋で広まり、大航海時代に世界中に信者を広げました。
イスラム教は地中海周辺で広まり、一時期はポルトガルやスペインなど地中海の西端まで影響範囲を広げました。
その後は地中海の大部分はキリスト教の勢いにおされ、イスラム教は地中海より東部のアラブ諸国で中心的な宗教となりました。
ユダヤ教はどうでしょうか。
キリスト教の勢力の強いところでは、迫害されることあります。
なにしろ『イエス様を殺した人達』と同一視されることもありますので。
ちなみにユダヤ教を信仰する人たちは、人種に限らずに『ユダヤ人』となります。
国によっては、通常の職業には就かせない、苗字を禁止するなど、国策としてユダヤ人を差別するところもありました。
ユダヤ人は自分たちの生活を守るため、法律や経済を学びました。
『金貸し』や金融業などにも力を入れ、経済的な有力者も増えました。
アメリカやG7主要国で政治に携わる人は、ユダヤ人からの資金援助を受ける人もいます。
というか、ユダヤ人の援助がないと『選挙に勝てない』という人もいるようです。
ユダヤ教はパレスチナの地で発祥しました。
が、イスラム教ができるとアラブ人がその地を治めるようになりました。
オスマントルコ支配下にあった時期を含めると、パレスチナの地は千年以上アラブ人の土地だったのです。
■ユダヤ人の国・イスラエルの建国
第一次世界大戦のころ、パレスチナの地はオスマントルコに支配されていました。
オスマントルコと敵対するイギリスは、イスラム教のアラブ人に協力を要請し、戦争に勝てばパレスチナの独立させると約束しました。
同時にイギリスはユダヤ人にも協力を要請し、戦争に勝てばパレスチナの地を与えると約束しました。
そして、イギリスはアラブ人とユダヤ人の協力で戦争に勝ちました。
第一次世界大戦の終了後、パレスチナの地はイギリスが実効支配することになりました。
イギリスはユダヤ人とアラブ人の住む場所を分けて、統治しました。
ユダヤ人にとって、長年の夢だった『自分たちの国』ができ、世界中のユダヤ人がパレスチナの地に入りました。
半面、アラブ人にとっては住む場所を取られた人もでてきます。
当初はユダヤ人の領域はパレスチナの北部のごく一部でしたが、世界中にいたユダヤ人が集まったことで人口が増加し、ユダヤ人の領域が広がりました。
ユダヤ人とアラブ人の対立が激しくなり、イギリスは統治しきれなくなりました。
イギリスはパレスチナの統治を国連にゆだね、その後に、ユダヤ人によるイスラエルが建国しました。
過半数の土地がユダヤ人の領域となり、アラブ人は二つの自治領にいます。
ヨルダン川西岸地区はユダヤ人との融和策をとっています。
ガザ地区は過激派のハマスが支配しており、長年イスラエルと紛争をおこしていました。
ハマスはガザ地区からミサイル攻撃をする他、志願兵に爆弾を持たせる『自爆テロ』も繰り返しました。
■ガザ地区紛争
2023年10月にガザ地区のハマスはイスラエル領内にロケット弾を何千発も撃ち込み、イスラエル人の死者は千人を超えたそうです。
さらにハマスの軍がイスラエル領に攻め込み、多くのイスラエル人を殺害するとともに二百人以上の住民を拉致しました。
多くの日本人は、現在の紛争はその時のハマスによる大規模攻撃が起点になっていると思っているかもしれません。
が、ハマスとイスラエルの紛争は、第一次大戦後……イスラエル建国前からずっと前から繰り返されてて、今回が特に大規模だったということです。
イスラエル軍は今回の紛争ではハマスを全滅させることを目指しており、多くの民間人も巻き添えになっています。
■停戦に向けて
日本を含む他の国々では『戦争反対』という意見も多いかと思います。
では、どのような条件で戦争を止めればいいでしょうか。
単に人質解放を条件にイスラエル軍に戦闘をやめさせる……というのはイスラエルは納得しづらいでしょう。
それだと過去のように、ハマスによるイスラエルへの攻撃がこれからも続くことが予想されます。
では、ガザ地区を完全にイスラエルのものにする、というのはどうでしょう。
そこのアラブ人には出て行ってもらい、ヨルダン川西岸地区や周辺国で受け入れてもらうとか。
これも難しいですね。ヨルダン川西岸地区も手一杯ですし、周辺の国もすでにパレスチナ難民を可能な限り受け入れているのです。
日本で難民を受け入れるのも厳しそうです。
また、現在はイスラエルに反発する人がガザ地区に集中することで、ヨルダン川西岸地区は融和策がとれているとも言えます。
もしヨルダン川西岸地区にハマスのような過激派が入れば、今よりもっと大変なことになりそう。
逆にユダヤ人にパレスチナから出てもらって、その土地をアラブ人に渡す……というのは無理ですね。
宗教的にも歴史的にも対立する二つの民族が同じ土地に住んでいるのが紛争の主な要因ですが、結局は現在のようにユダヤ人とアラブ人の住む領域を分けるのが一番マシなやりかただと思います。
同じアブラハムの子供たちが、互いに憎みあって争っています。
昨年からのガザ地区での紛争が始まった後、イスラエルとパレスチナは周辺国の仲裁で停戦協議を何度か行いましたが、紛争の終結には至っていません。
8月16日にも、カタールの首都ドーハにてエジプト・アメリカも参加する停戦協議が行われました。
ここでは合意にた至らず、来週エジプトで再協議が行われるようです。
その協議で停戦にむけて動いてほしいと願っています。
他の方の「24夏のエッセイ祭り」参加作品は、この下の方でリンクしています。
また今回と関連するお話『オタク視点でのガザ地区紛争』も、この下の方でリンクしています。