第1話 追放された悪役令嬢(ヴィラネス)
新作です。
元悪役令嬢と呼ばれる女性視点の作品です。
ミランダ国の辺境の地であるガニメデに春が訪れようとしていた。
ガニメデは隣国のカルタゴ国の国境側の人口が1000人ほどの小さな村だ。
私はこの地の小さな修道院の修道女として暮らしていた。
ガニメデから少し外れたところには鉄の森と呼ばれる樹海があった。
そこは昔から魔獣たちが生きており命の危険に晒されるため町の人々が踏み込むことはない。
この鉄の森には魔獣たちの主がいた。
氷狼だ。
私はその姿を遠目からしか見たことはなかったが、それでもその姿は普通の狼よりも数倍も大きかった。
氷狼は親子連れだった。
子供たちは親元の後ろ姿を追いながら、やがて森の奥に姿を消すと遠吠えが響き渡った。
氷狼は冬の間、北颪と共に獲物を求めて鉄の森を彷徨う。
私はその遠吠えを聞くたびに、自分が犯した罪を思い出していた。
「遠吠えが減ってきましたね」
私の側にいる村人が地平線に流れる鉄の森を見つめながら呟いた。
村人の言うように毎日のように聞こええてい氷狼の遠吠えの回数は減った。
「そろそろ春が訪れますね」
私が応えると村人も頷いた。
私は鉄の森を見つめながら思いにふける。
もうすぐ、私がこのガニメデへ来てから20年目を迎える。
その間、私はただ贖罪のために人々に奉仕を続けた。
どんなに町の人々に感謝されようと私の贖罪の日々は続く。
私が死ぬまで永遠に。
◇
私の過去を話そう。
私は王都の人々から悪役令嬢と呼ばれる罪人だった。
何故、私がそのような名で呼ばれたのか・・・。
それは私が18の頃から話さなければならない。
当時の私は名門伯爵家ダンマルタンの唯一の娘だった。
そして、ミランダ国の皇太子であるユステリア・オブ・ランカスター王子の婚約者だった。
私がユステリア様と婚約したのは、私が七歳、ユステリア様が九歳の時だった。
この婚姻は王家とダンマルタン家との政略結婚であり、唯一の後継者であるユステリア様の後ろ盾として名門伯爵家である私たち一族が選ばれた経緯があった。
私は王妃教育を受けながら貴族学校に通う中、ユステリア様との関係も良好でこのまま何事もなく婚姻の運びになるはずだった。
だが、私は罪を犯してしまう。
私たちが婚姻を控えた1年前、ミランダ国に聖女が現れたのだ。
聖女の名前はレティオール嬢。
教会の神託により選ばれた彼女は男爵家出身で貴族学校では目立つ存在ではなかった。
どこにでもいる令嬢であり、私と関わることのない人だった。
そんな彼女が突然、治癒の力に目覚め私たちの前に現れた。
王家はすぐにレティオール嬢をユステリア様の側室に迎えると発表した。
この国にとって聖女の存在は崇め奉るものであり、王家としてはレティオール嬢を保護しなければならなかった。
我がダンマルタン家も聖女の存在を認めるしかなかった。
聖女はこの国にとって人々を助ける存在。
それに我がダンマルタン家としても傍観の立場を取りながら、私とユステリア様が何事もなく婚姻をすれば問題がないと考えていたからだ。
だが、私は自分の立場が危うくなったのではと考え始めてしまった。
学院に通うたびに私に危機感を煽る令嬢たち。
彼女たちが私とユステリア様との婚姻に嫉妬していたと知るまで、私は彼女たちの噂や嘘の話に惑わされてしまった。
ユステリア様は「聖女を側室にしても、正室は君に変わりはないので心配しなくて良い」と私を何度も諭してくれた。
私が不安に駆られるのは当然だとユステリア様は心配してくれたのに・・・。
私の不安は嫉妬へと変貌を遂げた。
私はユステリア様の見えない場所で家の地位が低い令嬢たちを脅して聖女に嫌がらせを始めてしまった。
教室で聖女の持つ教材を壊したり、学校中に悪い噂を流したりした。
その結果、聖女は体調を崩し学院を休み出した時、私は満足した。
彼女が傷つき始めたのだと。
でも、私の不安は解消されなかった。
聖女であるレティオール嬢にユステリア様の愛情が行くのを恐れていたからだ。
私は次なる手を考え始めていた。
これがもっとも愚かな行為だった。
私は聖女を追放しようとしたのだ。
しかし、私の愚かな行為はすでに王家の影を経てユステリア様の父君に伝えられていた。
私は王城の謁見の間に呼び出された。
そこで私は聖女を害したとして断罪を受けることになった。
私は王より突き付けられた証拠を前に何も言うことができなかった。
私は想い人に懇願しようとした。
でも、それが無駄であるとすぐに知った。
私の視線に気付いたユステリア様はレティオール嬢を庇うように私の前に出たのだ。
きっと、ユステリア様は私がレティオール嬢を睨み付けたのだと思ったのだろう。
その時の私はレティオール嬢に対して無意識のまま嫉妬に囚われていたのかもしれない。
私はユステリア様が救ってくれると信じていた。
だが、ユステリア様は私を軽蔑の眼差しで見つめるのみだった。
私はその時になってようやく自分が犯した罪を知った。
私はなんと愚かなことをしたのか。
私は・・・嫉妬のあまり家族を巻き込んでしまったと後悔した。
もう遅いと言うのに。
「罪を償いなさい」
王は私に優しく告げた。
王から怒りを感じられなかった。
会うたびに私のことを娘の如く慈しんでくれる優しい王であった。
私は王の優しさも無下にしたのだと知った時、涙を流しながら罪の深さを知った。
私が断罪された後。私の一族は崩壊した。
父と母は爵位を返上すると残された小さな領地で平民として余生を送った。
しかし、5年後に二人は続けざまに流行り病で亡くなった。
兄は一介の兵士として国境の最前線に自ら進んで志願すると蛮族との戦いで戦死した。
私は家族をすべて失った。
これも私の罪なのだと心の中で肯定しながらも悲しみに暮れるしかなかった。
◇
私は辺境の地であるガニメデに流刑となり、この地にある修道院で修道女として神に祈りを捧げながら暮らすことになった。
ガニメデの修道院には私以外に老修道女が1人しかいなかった。
私は彼女に生きていく術を学びながら、自分の犯した罪を後悔し続けた。
最初の5年ほどは王都からの監視役となる騎士たちが交代制で私を監視していた。
私は監視者である彼らから暴言を受けながら、修道女として働き続けた。
ある日、監視役の騎士から王太子が聖女と結婚をしたと聞かされた時、私はもう涙を流さなかった。
私はただ二人の幸せを願うのみだった。
その後、時間が経つにつれて監視役の人数は減っていき10年が経つ頃には私の側には監視役はいなくなった。
すでに私は忘れられた存在になったとわかった。
私は相変わらず修道女としての務めを果たしながら、自分がこの地でできることを考え始めた。
すると老修道女が私にこんなことを教えてくれた。
「この街に隠居した医師がいるので、そこで医学を学んだらどうかしら?」
私は老修道女の話を聞くと、すぐに老医師の元で医学を学んだ。
老医師は私に医学を教えながら、同時に治癒の力を生み出す術を教えてくれた。
老医師は隣国カルタゴの出身者だった。
カルタゴと言えば医学が進んでいる国であり、私は運良くカルタゴの医学を学ぶことができた。
「治癒の力を覚えてみないか?」
ある日、老医師が私にこう話しかけてきた。
「そんなことができるんですか?」
「ああ。治癒の力は魔力を持つ者なら習得は可能だ」
私は老医師から治癒の力を学んだ。
私自身が聖女と同じ力を持つことができるとは思いもしなかったが、2年ほどで私は治癒の力を得ることができた。
老医師は亡くなる時、こう告げた。
「そろそろ自由になりなさい」
老医師は私の過去を知っていたのだ。
私は彼に何も答えることなく頷くしかできなかった。
その後、私は町の人々に医学と治癒の力で奉仕を続けた。
そんな時だ。
私の前にフェルテスさんが現れたのは。
フェルテスさんは隣国カルタゴ出身の冒険者だった。
彼は鉄の森近くで襲われていた旅人を救った後、私のいる修道院へ来て救いを求めた。
私はすぐに怪我を負った旅人を介抱した。
その時、フェルテスさんも私の治療を手伝ってくれた。
これが彼との最初の出会いとなった。
その後もフェルテスさんは冒険者の仕事が終わるたびに私の元へ通ってきた。
私も彼が同じ年齢だと知ると自然と心を許していた。
フェルテスさんは私の話を聞いてくれるし、私の体のことも心配してくれた。
いつの間にか私はフェルテスさんに想いを寄せていた。
でも、私は過去の話ができなかった。
フェルテスさんに嫌われるのではないかと。
私が過去を話すきっかけとなったのは老修道女が亡くなった時だった。
また、私は身近にいた大切な人を失ってしまった。
悲しみにくれる私を慰めてくれたのがフェルテスさんだった。
「話を聞いてくれますか?」
私はフェルテスさんに過去の話をすることを決めた。
私が犯した罪をすべて。
フェルテスさんに嫌われても良かった。
私はそこまで落ち込んでいた。
でも、彼は私を抱き締めてくれた。
「過去は忘れよう。今のままでいいからさ。二人もそれを望んでいるはずだよ」
フェルテスさんは私の頭を優しく撫でながら諭してくれた。
私は大声で泣いた。
初めて私の気持ちを理解してくれた人がいたから。
私が泣き疲れて眠った後もフェルテスさんは私を見守ってくれた。
私はフェルテスさんに救われた。
◇
そして、20年が経った現在。
私はまもなく40歳を迎えようとしていた。
私は老いた。
令嬢の頃のように汚れのしらない両手はもうそこにはない。
奉仕活動で私の手には皺が寄っていた。
私の髪には白髪が出てきており、時々疲れで目がかすむこともあった。
それでも私は幸せだった。
私にはフェルテスさん(想い人)がいる。
でも、彼と結ばれることは許されない。
私は・・・追放された悪役令嬢なのだから。
登場人物
アイリーン・ダンマルタン
・・・元貴族の令嬢。38歳の修道士。
20年前に起こした聖女への虐待事件で有罪となり辺境地であるガニメデへ流罪となる。
その後、今日まで修道士として町の人々に奉仕をして罪を償い続けている。
人々から悪役令嬢と言われていたが今は忘れられた存在になっている。
フェルテス・フォン・ロートリンゲン
・・・冒険者。アイリーンを愛しており、彼女を優しむ見守る。
ユステリア・オブ・ランカスター
・・・ミランダ国王。アイリーンの元婚約者。
聖女であったレティオールをアイリーンから救い、彼女と結婚する。
レティオール・オブ・ランカスター
・・・ミランダ国の王妃で聖女。
アイリーンから恨みを買って虐待を受けていたがユステリアに助けられた後、彼と結婚する。
老修道士
・・・ガニメデの修道院で暮らす修道士。亡くなるまでアイリーンを助けていた。
老医師
・・・隣国カルタゴ出身の医師。アイリーンに医学と治癒の力を教える。
彼も亡くなるまでアイリーンを助けていた。




