銀幕の中へ
以前、脚本として投稿した「少女たち」を、小説にした作品です。
と、突然、頭の先から足の先まで、身体中が痺れて、ふわっと浮き上がる様な感覚を覚えました。そして、時間にして、2、3分ほどでしょうか、暗い闇の中を、ふあふあと浮遊したかと思うと、ストンと柔らかい椅子の上に落ちました。顔を上げると、そこには、映画館にある様な銀幕が下がっていました。そして、それから、まるで、映画を見ているかの様に、その銀幕に、激動の昭和の時代を生きた少女たちの物語が映し出されのでした。
場面は、さっき見た町屋が並んだ先斗町から始まりました。
と、また、彼女の歌声が聞こえてきました。
「俺が 死んだら三途の川で鬼を集めてね 相撲をとるダンチョネ・・・」
切れ長で一重の黒い瞳。丸く小さな鼻。その小鼻と目尻を結ぶ細い眉。口角がキュッと上がった薄い唇。それは、まるで、浮世絵で描かれているような日本的な美人の顔立ちでした。
彼女は、その小さな口から白い息が吐きながら、数羽の雀に、小鉢に入ったおからをやっていました。そして、裾からタバコの箱を取り出し、そこからタバコを一本出して、口に咥えてマッチを擦擦り、タバコに火をつけて溜息を付くかの様に、白い煙を吐いて激しく咳をしました。
と、通りの奥から、これも日本髪を結った若い女性が彼女に向かって大きな声で叫びました。
「小鶴はーん! お母さん、呼んだはるえー」
「もぉー 今 火ーつけたとこやし・・・」
彼女は、ため息をつくかの様に、こう独り言を言って、おからをついばんでいる雀達を見つめていました。
「今度は、何しはったん? また喧嘩どっかー?」
「いややわぁー そんな大きい声で言わんでも・・・」
と、また、こう独り言を言って、通りの奥の女性に向かって「今 すぐ行きますぅー」と言って、手に持っていたタバコを地面で揉み消しました。
「あー もったいなぁー」
そして、彼女が、吸殻を袖に入れて立ち上がると雀が一斉に飛び立ちました。
と、場面は、日本家屋の薄暗い廊下へと変わりました。
白い襖の奥から女性の大きな声がしました。
「いやや! 絶対に いやです!」
また、直ぐに、場面が、六畳ぐらいの和室に変わりまいた。
部屋の真ん中に置かれた火鉢を挟んで、彼女と白髪交じりの年配の女性が座っていました。
「そないゆても、あんた、これからどないするつもろやの? このまま、ここにいるんやったら その方がええと思うんや。先方さんは、何処の何方かは、あんたには、ゆえへんけど、手びろーお商売やったはるようやし、ポンチャンの幸せ思うんやったらその方がええんとちゃいます
か?」
「う うち どんな事をしても あの子を 一人で育てます!」
彼女はその言葉に反論す彼るかの様に、強い口調でこう言いました。
「それは、あんたの気持ちは、よーわかるけど、このご時世、芸妓しながら子供、育えられると思てんるんか? 先方さんも子供が出来ひんし困ったるんや。 おなごでもええって、ゆうてくれたはるんやから、こんな、ええお話ないやないか? ポンチャンも、もう一つや、物心つかんうちにした方がええんとちゃいまっか!」
彼女は、思い詰めた表情をして、立って、激しく咳をしながら、襖を開けようとしました。
「大丈夫か? あんた、一回、お医者さんに見てもろたら、どないえ?」
その言葉を振り切る様に、彼女は、襖を開けて出て行きました。
「これ! 小鶴!」
場面は、変わって、この家の前。
ガラガラと黒い引き戸が開くと、彼女が勢い良く飛び出して来て、細い路地を駆けて行きました。
そして、町屋の黒塀に貼ってある紙にはこう書かれいました。
「ダンス芸妓募集、経験不問、素人可、十五歳以上 面接会場 キャバレー鴨川 面接日時 昭和二十一年十二月十八日午後一時」
つづく