第004話 おっさん、大黒柱になる
クレセリア川で一夜を過ごした翌日。
おっさん達三人は結論として元居た街に戻ることにした。
幸いなことに川辺で拾ったミリアがこの辺の土地勘があった。
オーガが住む山の迂回路を提案してくれ、四駆の電気自動車で帰還した。
「ただいまー、今日からここが私の家になるんだね」
街の西通りから中央広場へ向かい、そこにあった白壁の一軒家にミリアは目をらんらんと輝かせて玄関を通る。この一軒家は日本家屋をベースにしてあるので、おっさんから彼女に一つ注意。
「玄関で靴を脱いでくれな」
「あ、はーい」
「それと脱いだ靴は綺麗にそろえること」
子供にありがちの無作法、まぁいいんですけどね。
しかし、今回の遠征で目的だった『命の湧き水』以外にも新しいクラフトができるようになれた。
おっさんは井戸の底に潜り、命の湧き水をセット。
すると井戸は透明度の高い水で充満し、枯れかけていた井戸が復活した。
「やったね」
するすると猿のように井戸底から脱出すると、シーラがタオル片手に待っていた。
「お疲れ様、徐々に暮らしの基盤が出来ていってますね」
「そうだな、と言っても、謎の声が言っていた世界の再生には程遠いけど」
「世界の再生? ですか……」
シーラが来る前は、おっさんをこの世界に導いた謎の声は口をすっぱくして言っていた。
おっさんにスキルを与えたのは滅びたこの世界を再生して欲しいからだと。
「……そんなこと不可能だって?」
「え? いえ私は別に」
「シーラは読心術でおっさんの心を読めるらしいけど、おっさんは君の心を表情で読めるよ。シーラは顔に出やすいもんなー」
よくよく彼女の顔を窺えば、ビスクドールのように綺麗だ。
透き通った象牙色の肌、白金色に輝く毛髪、端正のある顔の輪郭に、麗しい唇。額には毛髪と同じ白金の柳眉が吊り上がり気味に伸びて、堀の深い目鼻立ちに、翡翠色の瞳。エルフ耳にはおっさんがプレゼントしたシルバーイヤリングがなされていた。
シーラの外見は完璧を通り越して幻想的だ。
不意にシーラに手が伸びる。
改めて彼女の美しさに見惚れていれば。
家の二階の窓からミリアが覗いているのが見えた。
シーラに伸ばしていた手を上に持っていき、ミリアに向かって振った。
「おおーい、おっさんはここだぞー」
ふぅ、危ない危ない。
例え世界が滅びて、生存している人類がこの三人だけだったとしても。
おっさんは状況を逆手に取るような真似はしない。
と言うのは、おっさんだけのポリシーだったようで。
隣にいたシーラは何を思ったのかおっさんに寄り添う。
「この世界には、私と貴方と、あの子だけしかいません」
「う、うん、そうみたいだな」
「……世界の再生、でしたね。私も協力させてもらいますよ」
「それは助かる」
「そのためならば、私は」
――貴方との子を身ごもることも視野に入れています。
おっさん、シーラの思いがけぬ言葉に鼻から流血っ!!
『避妊具のレシピを獲得しました』
うるせーよ。
まぁとりあえず、これで水源も確保したことだし。
今日から思いっきりこの家を改造しちゃうんだぞ。
それからおっさんと、エルフの美女と、ゴスロリ服の美少女の三人の生活が始まった。
一応世界の再生を目指している手前、誰もいなくなった街の整備は足掛かりとして必要で。
『油圧ショベルのレシピを獲得しました』
『ホイールローダーのレシピを獲得しました』
『ダンプカーのレシピを獲得しました』
などという空想をもたげるのだが、ミリアはクラフトされた重機を見て言うんだ。
「美しくない」
「えぇ? 重機はある種のロマンなんだぞ?」
「要は、この街の廃屋を片付ければいいんでしょ?」
「そうだけど、そのための重機だしな」
それを美しくないとの個人的な美学で真っ向から否定するのはどうなの?
ミリアは中央広場の一角にあった廃屋に向かい。
「おい、あまり近づくな、危ないぞ」
彼女はぴたっと立ち止まると、右手から魔法陣らしきものを発生させる。
魔法陣から赤い稲妻が走ると、ピカ! と周囲を煌々と瞬かせた。
まぶしさから一瞬目を瞑り、開くと、ミリアの前にあった廃屋が消失している。
「これ、ミリアがやったのか?」
「この世界で生き残るにはそれなりの理由がある、そうは思わない?」
「つまり、ミリアは破壊神だったのか!」
「は、破壊神? なんでもいいけど、街の整備はこれでいきましょう」
おっさんは想像していなかったミリアの力を目の当たりにし、驚くしかなかった。
と言うことで、ミリアに街の廃屋を吹き飛ばしてもらい。
おっさんはクラフトした重機を操って細々と残された瓦礫を片付けた。
そんなある日、街の整備をしつつ中央広場一帯が更地にできた夜。
おっさんはミリア、シーラの後に続いてお風呂につかっていた。
お風呂に必要な湯沸かし器や、水道も試行錯誤しつつなんとか形にしていた。
「シャバダバダー……バッバドゥビドゥワ」
いい湯加減に、鼻歌をハーモニーさせていると。
浴場の扉からシーラの声がした。
「才蔵殿、少しよろしいですか」
「ワォ! え? な、なに?」
まさか、シーラが普段の仕事を労うお風呂イベント来ちゃった?
『謎の光のレシピを獲得しました』
なんだよ謎の光って。
「才蔵殿と出会ってから、一か月は経ちました」
「あ、ああ、もうそんな経ったんだ」
異世界ニールデウスに来てから早一か月、つまり。
おっさんが地球からいなくなって一か月。
もう会社に席はないだろうし、日本に戻っても地獄だな。
「魔王と英雄の死闘から数えれば、十年目になる頃合いです。十年前、私や私の部族は英雄を支持し、私も凄惨な戦場に駆り出されて……――酷い屈辱を味わいました。英雄が魔王を討ち取ったとはいえ、軍勢は敗走し、私もまたここへ逃げ延びた」
思えば、シーラやミリアの過去をおっさんは聞いた試しがない。
シーラはいつも気丈にふるまっていたし、ミリアも表向きは元気だ。
けど、味わった辛苦は、依然として彼女たちの心に根付いていたようだ。
「散り散りになって精一杯逃げて、それでもいつも死ぬのを覚悟していた」
過去を語るシーラは扉越しに泣いているみたいだ。
「ですが、私は貴方と出会えた。貴方の間の抜けた寝顔を見て、久々に生きた心地に帰れました」
「一言余計なんじゃないか?」
と言うと、シーラは失笑する。
「ごめんなさい、こんなこと言いたかったんじゃなくて、要は貴方にまだお礼を言ってなかったなって。ありがとう、才蔵殿」
「こちらこそ、どうもありがとう」
おっさんも二人に出会えて感謝感激。
シーラはそのことを伝えると、脱衣所から離れた。
おっさんも湯舟から上がり、二階のリビングに向かう。
そこにはクラフトされた漫画を読んでいるミリアと、コーヒーを飲んでいるシーラがいる。二人はリビングの侘しい明かりを頼りに思い思いに過ごしているようだった。
先ほどはどうもと言った感じでシーラが微笑む。
「ミリア、それから才蔵殿、この場を借りて是非聞いて欲しいのだけど」
「「何?」」
ミリアと声をかぶせて聞く。
「私たち、家族になりませんか?」
ほう、家族とな?
シーラとおっさんが夫婦仲の関係で、さしずめミリアが愛娘と言ったところか。
ミリアは漫画に目をやりつつ「別にいいんじゃない」と投げやりの様子だ。
シーラはミリアの承諾を得ると、おっさんを見た。
「才蔵殿はどう思われますか?」
「おっさんもいいと思うよ」
その返答に、シーラはほっと胸をなでおろしたようだ。
しかし、家族になるとは、どういった内容なんだろうか?
もしかしたらこの世界の家族は日本とは違うのかもしれない。
「いえ、特に違いはないと思いますよ」
シーラは持ち前の読心術でおっさんの疑問を解消してくれた。
まぁそんなこんなで、滅びた世界に転移したおっさんは。
一家の大黒柱になったのだ。