ようやくの相棒、だけど
昼食の後は、クラバータは約束通りに私を一緒に働かせてくれた。
もとい。
クラバータが担ごうとした荷物を私が先に奪ったのだ。それらは宝石もついていない黒い紐状態で、穴の開いた丸太みたいに束ねてあったから担ぎやすかった。そして私が軽々とそれらを担いで見せたから、彼は私を使わざる得なくなった、かもしれない。
けれども、火薬入りの蔦、導線と言うらしいのだけど、それがかなり重かったのも事実だ。出来る男である彼は、結局、実利を取ったのだろう。
幾重にも巻いた導線を両腕に軽々抱えて見せた私に、クラバータは鼻を鳴らすや自分についてくるように言ったのである。
ようやく、共同作業の相棒にしてもらえた。
この時、私は右手に拳を握った、と思い出す。
全く、そんなに喜ぶ事でも無かったわ。
「そこは弛みを作るな。」
「はひい!」
「そっちはちゃんと壁にしっかりと這わせろ!」
「はいい!」
私達が必死にしているこれらの作業は、まるで蜘蛛が巣を張るように城中に導線を仕掛ける工作だ。だから、せっかくの罠が発動する前に解除されたら大ごとなわけだし、慎重に慎重を期すって大事な事だと思う。うん、クラバータが鬼にしか見えないぐらいに煩く指示して来るのも仕方がない。
「ルピ!ぼっとしない」
「はい!」
だけど、クラバータと一緒に働いた事で、私がクラバータの一面を知ったのも事実だ。彼は仕事中の時は人でなしになるみたい。だって、私は彼の部下が彼から逃げた気持ちが少しだけわかったもの。本人には言えないが。
「後片付けをしたら夕飯にしよう。外で星を見ながらっていうのはどうだい?」
前言撤回。
最高の上司ですわ。
「素敵です。あとは明日ですね」
「終わったよ」
「え?」
「君が手伝ってくれたからかな。三日はかかると思った仕事が今日中に終わってしまった。ありがとう」
「い、いいえ。」
太陽が沈む前に全部終わってた?私のお陰で?
私は自分が役に立っていると思うと誇らしく、自然と胸を張っていた。
でも、あら?なぜかクラバータは沈んだ表情となっているのである。
晴れがましい気持ちだった私は一気に恐慌に陥り、びくびくしながら彼に彼が不穏そうになった理由を尋ねていた。
「私の作業した所が気に入らないのですか?」
「その反対だ。君は私が抱えてきたどの兵士よりも丁寧で指示通りの完璧な作業をしてくれた。最高の工作兵だよ」
「では、どうして暗い顔をなさっているのですか?」
「それは、自分が浅はかだったからだろうな」
これは!
クラバータがリトープス軍と心中する気持ちを思い直した、きっとそうに違いないわ。私は右手に拳を握っていた。やった、と言う気持ちだもの。
「さあ、移動しようか?毛布を持ってね。」
「毛布ですか?」
「ああ。中庭に転がって星を見るってどうかな。エンパナーダを夜に食べるって考えた時にね、私は幼い頃を思い出したんだ。飯抜きにされた私は屋根に転がって、星を眺めて自分のひもじさを忘れようとしたんだ。明日にはきっとエンパナーダを食べられるって自分に言い聞かせてね」
「伯爵さまでもそんな罰を」
クラバータは、悪たれだったからかな、と笑った。その笑顔は過去を懐かしむようなものどころか、なんだか悲しそうなものだった。私は慰めたいと反射的に思い、いいえ、勝手に右手を彼に伸ばしていたわ。そして彼は私の出過ぎた行為を咎めるどころか、私の右手の為に彼の左腕を差し出してきたのだ。
それは貴族の男性がお姫様みたいな貴族の女性にするような、あの奴隷市場であの金髪の男性が自分の妻にしていたような、なんだか素敵な素振りだった。
自分が不格好な素焼き人形でしかないのが、とっても悲しくなるくらい。
「ルピ、私の腕にそっと君の腕をかけるだけでいいんだよ。思いっ切り掴まなければ、私の腕が肩から外れるなんてことは無い」
「クラバータ様ったら」
私は笑いながら彼の腕に自分の腕を絡めた。
男の人の腕に自分の腕を絡める親密な行為、これは生前だって私はした事など無い行為だわ。私は心臓が無いのにドキドキしていた。十六歳になった私は、今度の夏祭りで男性とのダンスに参加できるはずだった。でも、それに参加できない身の上を残念に思うよりも、今の自分がこんな姿でクラバータの隣に立つしかないことの方が悲しかった。
「君は私を買いかぶり過ぎなんだよ。私の親友は私が初めて会う人間に必ず言うんだ。こいつはちやほやしちゃいけないってね。そんな器なんか無い男だよって」
「まあ!酷いことを言う人ですね。もしかして、奴隷市場で奥さんにデレデレしていた金髪の男の人ですか?」
「でれでれ」
クラバータはぶふっと吹き出すや、彼にしてははすっぱな笑い声をあげた。
それから、白薔薇に感謝だな、と呟いた。
すると、ほわっとした女性の声を私は思い出した。
「彼をお願いね」
彼女の声を思い出せば、私を自分の親友のようにして話しかけた、白い髪の雪の女神のような美女の姿だって瞼に浮かんだ。
あの日には抱かなかった彼女への物凄い感謝の気持ち、と一緒に。
今の私には瞼なんかないけれど。