今の私は力持ち、だからお手伝いさせて
奥様の部屋の荷物を馬車に片付けた私は、地下室の中でほんの少しだけ馬車を動かして遊んだ。いえいえ、遊んだ、じゃない。出来るかの検証をしたのよ。
魔法馬車の操縦が物凄く楽しかったのも物凄い事実だけど。
でもね、だからこそ私は絶対に大丈夫と確信できたのよ。
魔法力など無い私でも、自分の生命エネルギーを馬車に注入する事で、魔法使いのクラバータができるように馬車を操縦できるようなのである。
「ふふ。私ったら凄いゴーレムじゃなくて?」
自信満々となった私は、クラバータを探しにいくことにした。
追い出されるって今後はびくびくすることなく、クラバータにしっかり喰いついて、それで、沢山仕事を任せてもらえるゴーレムになるのよ。
そしたらずっと私の主人になってくれるはず。
意気揚々と私は城内を歩き回り彼を探し、クラバータは意外なところで見つかったが、ついでに私に何にも考えられない衝撃を与えてくれた。
彼はやっぱりすごい魔法使い、だわ。
礼拝堂にいた彼は罰当たりにも神様の像に対し沢山のキラキラした宝石が沢山ついた蔦を巻きつけて飾り立てていたのであるが、伯爵のローブを脱ぎ棄てており、下働きの男達のようなシャツにズボン姿だったのである。
彼の肉体はゆったりしたローブが無いために、汗で体に貼りついたシャツとズボンの布地によってむき出しとなっていた。黒い蔦は見た目よりも重いのか、それを持ち上げる度に彼のしなやかな筋肉が動く。
私は溜息を吐いてしまっていた。
だって目の前の彼は大柄で筋肉質なだけだと思っていたけれど、ソラリスのどの兵士達よりも手足が長くて綺麗な体つきをしていたのだもの。
あら、後ろ姿の彼の背中が揺れた?
「あ、寒いですか?後は私がやります!」
「ハハハ。女の子が自分に溜息を吐いてくれるってのはなかなか無いからね、そこで静かに見ていなさい」
「もう!ゴーレムな私の方が力持ちなんですよ」
「でも、これは女の子どころか新兵には触らせられないものだ。危険物なんだ」
「ただの宝石付きのガーランドに見えますよ」
「火薬入りのガーランドだ。扱いは慎重に」
「まあ!すべての財産ごと灰にしてしまう気ですか!」
私は瞬間的に火薬と爆発の連想をして、反射的にクラバータに叫んでいた。
私の中でずっと燻る自分の懸念が表に出たのだ。
あなたは敵と心中するつもりなのですかって。
けれど返って来たのは、クラバータの機嫌の良さそうな笑い声だった。
「笑い事では無いです!私は、はく、クラバータ様以外の主人はいやです」
「そうだな。私が無一文になって給与を渡せなければ、君は借金管財人である財務省の役人に強制的に連れ去られてしまうな。だが、いくばくかの金を渡せば君は次の主人が決まるまでの猶予時間だって手に入るはずじゃないか?」
「次の主人なんかいりません。私はクラバータ様が主人じゃ無いと嫌だって言っているんです!」
私はクラバータの手から火薬蔦を取り上げようと手を伸ばしたが、クラバータのせいで体がコチンと固まってしまった。
彼が停止魔法を私に使ったのではない。
魔法にかけられたように私の体が勝手に固まっただけだ。
眩しさに眉根を潜めたみたいな笑顔って、なんて切ない笑顔になるの。
どうしてそんな笑顔で私を見返しているの?
「うぐ」
私が喉を詰まらせた音を出したからか、彼は私の胸が痛くなるばかりの笑顔をすっと顔から消し去った。それから余所行きと言える支配者然とした笑みに表情を変えると、私の頭をさらっと撫でたのである。
子供にするみたいに。
「ルピ。私はすごい魔法使いなんだよ?単なるガラスが、ほら、この通りってだけだ。安心しろ。憎きリトープス軍に我が宝を与えたりなんかしないよ」
「で、では」
あなたは死なない?
私の言葉にできなかった言葉を彼は知っているはずだろう。
彼は皮肉そうに鼻を鳴らしたのだ。
「こんなにも私を求める女の子がいるとは光栄だな」
「結局子供扱いですか?」
「ルピが欲しいのは保護者じゃないかな?安心しろ。私の注文を無視して君を買った私の親友達を訪ねれば良い。彼らは君を引き取り君を大事にするだろう」
「だ、か、ら、私の主人はクラバータ様じゃ無いと嫌です!」
「おおっと。」
私が吼えるようにして言い放ったからか、伯爵はほんの少し仰け反った。
そして私はさらに吼えた。
「私はクラバータ様のお手伝いができる大人です。お手伝いをさせてください。私は牛並みに力持ちになったんですよ。何だってできます」
「ハハハ。そうだな。だが、手伝ってもらうと君の私への尊敬が減りそうだ」
「私はクラバータ様がお酒に弱くても尊敬してますよ」
「君は意外と毒舌だな」
「はい。力持ちだし気も強いです。だから手伝わせてください」
伯爵は、ハア、と溜息を吐いた後、軽く肩を竦めた。
私は伯爵のその素振りで、自分が出過ぎていたとようやく気がついた。
「申し訳ありま――」
「そもそも私は火炎魔法は得意じゃないどころか属性じゃないんだよ」
「はい?」
「私の属性は土だ。つまり、錬成が得意ってだけだ。今までの戦績も、自分で作ったこんな道具を使っての結果でしかない」
「まあ!では、あの凄い魔法馬車もクラバータ様がお作りに?」
私があの馬車を色々と動かして特性を知っただけでなく、あの馬車を物凄く気に入っていることにクラバータは気が付いたのか、物凄く嬉しそうに笑った。
「君は宝石よりも車だったのか」
「宝石よりも凄いものですもの、あれは!」
「ハハハ。すまない。私は君を見誤っていたようだよ。君は女の子じゃ無かった」
「ええ、大人です」
「小さな男の子だな」
「もう!」
「ハハハ、冗談だ。私の良き助手になりそうなルピ。では君に私の作戦を教える事にしよう」
私は、やった、と思いながらクラバータを見つめた。
そしてクラバータこそ、あんなに内緒っぽくしていたのに、教えるのが誇らしいという風に偉そうに顎を上げた。
さあ、何を教えてくれるの?
どきどき、よ!
お読みいただきありがとうございます。
伯爵とゴーレム、エンディング迄書ききれました。
ので、もしかして一日二回更新してしまうかもしれません。
更新が煩かったら申し訳ございません。