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伯爵様のお覚悟

 翌日の朝食後、伯爵様は私に奥様の部屋の掃除を命じられた。


 彼の奥様は半年前に彼の部下と駆け落ちして、このイスラヤ城からそれほど離れていない場所でリトープス軍に見つかり惨殺されたそうである。そんな奥様の部屋は、主がいないことなど無いかのように埃一つなく、いいえ、今も誰かがそこで生活していたかのような様子であった。


 脱いだばかりのローブが椅子やベッドにかけてあり、化粧台に並ぶガラス瓶はついさっき使われたばかりのように蓋が開いたままで放置されている。

 まるでまだ奥様がこの部屋を使っているような。


「お部屋には埃一つないですよ」


「これから埃塗れになる。状態保存の魔法は消去した」


「え?」


 私は恐る恐ると自分に掃除を命じた主人を見返した。

 伯爵は自分の顔を見られるのが嫌と言う風に、私がしっかり振り返る前に私の背中を強く押した。

 おとと、と、私は前のめりとなり、結果として奥様の部屋に踏み込んでいた。


「伯爵様!」


「クラバータ。室内のものは全部いらないゴミだ。ルピの好きに片付けろ。」


 昨夜自分を名前で呼べと言った伯爵は、自分こそ私を愛称にして気軽に呼ぶようになった。そして私は奴隷奉公ゴーレムでしかないので主人の好きにさせているが、私を愛称で呼んでくれているのが嬉しいと感じているが本心だ。


 だって、なんだか人扱いされている気がするんだもの。

 今の私は単なる土人形でしか無いのに。


 本当に伯爵様はなんてお優しい人なんだろうと、私は薄情な奥様を罵りたい気持ちで部屋を見回した。って、ええ?戸口からじゃ見えなかったけれど、ベッドの上に宝石らしきものがありますよ!


「は、伯爵様!全部いらないゴミって。ドレスも高価な小物も、それに、宝石だってあるではないですか!」


「欲しいならルピのものにすればいい。それから何度も言うが、クラバータだ」


 私は伯爵様、ええと、クラバータの言葉に唖然とするしかない。そこで、戸口に立ったままで室内に入って来ないクラバータに振り返った。

 彼に向けた顔は私が生きていたらきっと物凄く間抜けな顔を作っていただろう。

 そう思うぐらいに私は伯爵の命令に驚き唖然としていた。

 でも今はゴーレムでしかないので、私が彼に向けた顔は残念ながらいつもの素焼き人形の顔でしか無いだろう。目と口の三つの穴が空いているだけの。


「ぷぷ。その顔。驚き過ぎだよ」


「まあ!私が唖然としているのがわかるのですか?目と口の真ん丸な穴が開いているだけの、表情も作れない素焼き人形でしかありませんのよ」


「その穴がとっても大きくなってるよ。口なんか三角だ」


「うそ!」


 目や口の穴を確かめなきゃと私が自分の顔に両手を当てると、クラバータが本格的に笑い出すではないか。

 揶揄われた?

 私は自分の頬が膨らませられなくなったことを残念に思いながら、少しだけでも目が三角になっていると良いなと思いながらクラバータを睨んだ。


 彼は簡単に笑いを収めると、軽くウィンクをして見せた?


 私は顔に当てていたはずの手を、自分の胸に当て直していた。

 だって、あるはずのない心臓が動いた気がしたもの。

 あら?クラバータこそ赤くなった?


 彼は右手で自分の顔を撫で、次にその右手が顔から下ろされた時には、最初に出会った時のようなむっつり顔に戻っていた。


「伯爵様?」


「クラバータ」


「クラバータ様、あの」


「いいから。貰えと言われた時は黙って受け取れ」


「簡単に貰えるようなものじゃないです」


「ここにあるかぎりガラクタだ。有効活用した方がいいだろう。話はこれで終わりだ。私を主人とするなら私に従え」


 クラバータはぶっきらぼうに言うと、そのまま戸口から身を翻した。そしてすたすたと歩き去って行くではないか。

 私は急いで彼を追いかけた。

 しかし、すでに廊下にはクラバータの姿形は無い。


「なんて足が速い人」


 そして、なんて情け深い人。

 彼は奥様の持ち物を私に与え、私の借金の返済の足しにしろと言っているのだ。

 それでもって私がそれを喜ばないのは、彼がこんなに気前がいい理由が受け入れられないからだろう。

 きっと彼は自分の人生を終わらせる覚悟を決めているに違いないのだ。


 私は奥様の部屋をぐるっと見回して、そして今すぐ片付けようと思った。

 状態保存の魔法までかけて奥様の死を偲んでいらっしゃったのだ。

 彼は奥様を本気で愛していて、奥様の裏切りにかなり傷ついている。


 だから、奥様がまだ生きているようなこの部屋は、今すぐ片付ける。

 もちろん、彼が私に命令した様に、奥様の持ち物を自分の物にしたりはしない。

 普通に衣装箱に片づけて、彼が落ち着いた時にそれを返し、その時に本当に不要ならば彼こそが処分すればいいのよ。

 彼がその時も処分したいと思っているならば。


 どおおおん。


 荒野のどこかで雷が落ちただろう音と振動が城内に響いた。

 その音は故郷のソラリスの町で兵士達が演習する時に鳴らす太鼓の音を私に思い出させ、そこで私は大事なことを思い出したのである。

 一週間後にリトープス軍がこの城に襲い掛かってくる、という伯爵の言葉。


「て、今がその時で彼は本気で処分を今考えているってことよね。そうよ、この城ごと壊すって昨日言ってた。あああ、じゃあ、片付けてたら一緒に燃えちゃう。それこそ思い出が無くなっちゃうってことかしら?」


 私は一瞬だけ迷い、でも、すぐに動いた。


「クラバータの言う通りに奥様のものを私が全部貰おう。で、クラバータに私が返す。よし、そう決めた!」


 私は借金を返し終わるまでゴーレムとして働き続けなきゃいけない。

 そんな人生ならば、自分が仕えたい人に仕えたい。

 私は右手に拳を握っていた。


「あんないい人を死なせるものか!」


 急いで部屋を片付けて、敵への罠を仕掛けているクラバータを手伝うのだ。

 そうすれば、クラバータがどこで死のうとしているのかきっと分かるはず。

 私は宝探しゲームが得意だったはずじゃない。



お読みいただきありがとうございます。

youtubeはいろんな音楽に出会えて最高ですが、もとのCDなどの音源を探すのが一苦労です。

この物語は民族音楽風曲集を聞きながら書いています。

南米風世界ですので、アンデスとスペイン編ですね。

でもってスペイン編で質問です!

 ttps://www.youtube.com/watch?v=ob8rMzwcRl0

詳しい方、一曲目の曲が入っているCDをご存じでしたら教えて下さい。

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[良い点] 最初がちょっと怖かったので、私に読めるか不安でした(笑 更新楽しみにしています(^_^)
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