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召使いの私と暗黒伯爵様

 伯爵は城ごと壊して敵を殲滅するおつもりらしい。


「城内に全部を引き込み、我が魔法で燃やし尽す」


「それで召使いや部下達全員を城から追い出していたのですか?え、だとすると奥様も?それじゃあ、奥様に逃げられたのではないのですね?」


 伯爵は大きく咳払いをした。

 それから物々しいというか偉そうな雰囲気で、彼の目の前のカップを持ち上げて中のものを飲み干すや私にカップを傾けた。

 召使は黙って主人の話を聞いて、黙って給仕をしろと言う事ね。


 でも、カップの中のものを飲んだことで少々咽ているので、それ程彼からは威圧的な何かを感じなかった。でも私は召使いだ。私は黙って自分が持っている瓶の中身を伯爵のカップに注ぎ、伯爵は液体で並々になったカップに忌々しそうな目を向けた後、それを再び、今度はさらに思いっきり飲みほした。


 また彼は咽たが、これは私には想定内の出来事でしかない。

 彼はアルコールで咽ているだけなんだ、と気が付いていたから。

 父はお酒に強い事が自慢で、自分の部下がお酒に弱いと知るやわざと飲ませて咽させて楽しんでいたもの。だからお酒に咽る男の人がいるのは知っている。そして、お酒に弱い事を恥だと思って無理をして飲んで、それで死んでしまう人がいる事も。


 伯爵は再びカップを持ち上げたが、今度の私は酒を注がずに伯爵が持つカップこそを彼から取り上げた。


「どうして注がない?」


「伯爵様はお酒が弱いのではないのですか?酔われたら体がお辛いですよ」


「――大人は酔いたいからお酒を飲むものなんだよ?」


「お酒は人を飲み込む大毒です」


「その毒に飲まれたい、それが大人だ」


 伯爵は私に手を伸ばし、私は瓶とカップを両手に抱えて一歩下がった。


「ルピコラ?」


「子供ですから大人の事情はわかりません。それに、一週間後にリトープスが攻めてくるのでしょう?飲んだくれていたそのせいで、せっかくの計画が駄目になってしまわれたらどうするのですか?」


 伯爵は私に伸ばした手を下ろし、それから大きな溜息を吐くとスプーンを取り上げ、それでお酒の効力を少しは遠ざけるものを口に運んだ。

 私は別の不安がそこで芽生えた。


 今の彼は夕食中であり、私が作ったカスエラ(野菜と肉を鍋で煮たもの)とパンだけという晩餐とは言えない料理が彼の前に並んでいるのだ。

 食べる必要が無くなった私では味が分からない。

 生きている時に家族に作っていたカスエラだけどどうかしら?

 私が必死に見つめていると、伯爵が口元に左手を当てた。


「ま、不味かったですか?」


「はは。おいしいよ。君の必死さがおかしかっただけだ」


「すいません」


「いや、いいよ。どんなに威厳を保とうと頑張ったところで、私が妻に逃げられた事は無かったことにならない」


「奥様はここが寂しい所で嫌だったのかもしれませんね。私は奴隷市場に並べられるためでしたけど首都に行けました。それでびっくりしました。ソラリスとは全く違って華やかで人がいっぱいで」


「ハハハ。妻が私を嫌って逃げたと言わないとは。やはり必死だな」


「伯爵様はお優しいです。姿形も素晴らしいです。そんな男の人を嫌だと思う方などいないでしょう?」


 伯爵は大きく咽た。

 今度のは普通に食べ物で咽ただけで、彼は喉につかえたものを流すために私へと手を伸ばした。

 私は仕方がないと思いながら、彼から奪ったカップにお酒を注いだ。それから彼に渡したのだが、左手でカップを受け取った彼は、右手でカップの縁をなぞるというおまじないのような素振りをしたのである。


 するとすぐに、ほわっとカップから湯気が立った。

 何が起きたのかと見守る私の目の前で、伯爵はカップのお酒を一気に飲み干したのだが、今度の彼は全く咽せはしなかった。


「凄いでしょう?見せかけだけの暗黒王、クラバータ・エリオシケ様のこれが真実だ。底なしに酒が強い?アルコールを抜いて下戸を隠していただけだ」


「私はお酒が強い人は嫌いです。父みたいに人の気持がわからない人が多いです」


「――君の親父さんは酒を飲んで殴る男だったか?」


「いいえ。酔っぱらって城門の鍵をかけ忘れた愚か者です。その上、処刑される前に一人で逃げて行ってしまいました。だから、十歳の弟もいるから、だから、私は頑張って働いて、でも死んじゃったから」


「ゴーレムの法を受け入れた、か。」


 私は頷いた。

 伯爵は給仕をしている私を見返しもしなかったが、彼の大きな背中が大きな溜息を吐いて揺れたので、私の為に感情を動かしてくれているのだと感じた。

 なんて優しい主人だろう。


「泣くんじゃないよ。君が崩れてしまう。君は弟が成人する姿を見たいだろう?」


「そうですね。でも、こんな姿の私を見せられません」


「そうだな。こんな姿ではな。カスエラをお代わりしてくれないか?」


「え、あ、はい」


 私は伯爵から皿を受け取るために一歩踏み出し、そこでまだ皿にカスエラが一口分だけ残ってることに気が付いた。

 不味かったからそれを教えようと?

 私は皿に手を伸ばし、しかしその手は伯爵の左手によって掴まれた。


「私は物凄い魔法使いなんだよ?」


 彼は右手に持ったスプーンでその一口分を掬い、自分の口に運んだ。

 彼がそれを噛みしめた途端に、私の口中に私が作ったカスエラの味が広がった。


「美味しいだろ?」


「美味しいです」


「弟の為に作った味と変わっているかな?」


「同じです」


「じゃあ、これを食べたら君の弟は君を知るだろう。ほら泣くな。心をしっかり保たねば崩れてしまうんだよ。崩れた土塊で永遠を生きるのは辛いだろう?」


「それは、ええ、そうですね。でも泣くなって言われても、それは無理難題ですわ。だって伯爵様が泣かすのですもの」


「いいな、女泣かせという称号は」


「あら、子供から女に昇格ですか?」


「いっぱしの男でもできないことを君は弟の為にしているからね。そんな子を成人と認めなくてどうする?」


「ありがとうございます。そう言っていただけるなんて、また涙が出ます。本当に女泣かせです。伯爵様は」


「では、これからは私を伯爵ではなく、クラバータと呼んでもらおうか」


「お、恐れ多いです」


「この先、私の名を呼ぶ女性はいないだろうからね、いいんだよ」


 私は涙が引っ込んでいた。

 だって、伯爵様は未来が無いみたいな事を言うのだもの。

 いいえ。

 未来を消そうとしていらっしゃる?

 城ごと壊すって、ああ、まさかご自分ごとってこと?



お読みいただきありがとうございます。

エリオシケ属のサボテンは南米出身となりますので、ルピコラが作る料理は南米料理にしてみました。カスエラはクミンとオレガノなどのハーブで味付けた肉と野菜の具沢山スープです。あちらでは家々で味が違う、日本の味噌汁みたいなものだそうです。

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[良い点] 伯爵、意外に良い人? 最初は少し暗い作品かなと思いましたが、 良い感じにライトな乗りになってきて、 読んでいて楽しいです。
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