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第一印象や外見で人は語れない

 下々の人間である鞭男と私の目の前に姿を見せたお人、クラバータ・エリオシケ伯爵は、物凄く偉そうな手つきで右手を軽く振った。

 偉い人が下々の人間にしてみせる、失せろ、という傲慢な手振りである。


 鞭男、今まで散々私を脅えさせてきた男は、うひゃあ、と弱々しい声を上げるや握っていた鞭を落し、そしてそのまま戸口から逃げて行った。

 私を残して。


「お前は何故出ていかん?」


 私は伯爵を見返した。

 見返すんじゃなかった。


 アイスグレイ?

 ブルーグレイ?

 彼の灰色がかった青い瞳は、深海から何かがやって来そうなほどに恐ろしい輝きを見せており、私は自分が生理的現象を起こさない泥人形で良かったと初めて思ったくらいだ。


 つまり、おしっこを漏らしそうなほどに怖い、ということだ。

 怖いって震えた途端に、伯爵は私が脅えるその両目を細めた。

 が、それは私が脅えるからその青い目を隠したわけではなく、私を推しはかろうとしているだけの眼つきに見えた。


「精神被ばく魔法に耐えるとは、胆力はあるのか?」


 怖すぎてがくがくして動けなかっただけです。

 でも、せっかく勘違いしてくれているのならば!


「しゃ、借金のためには私が働かなきゃいけないの!弟はまだ借金を一人で背負うには小さすぎるわ!」


「弟?小さい?確かにゴーレムにしては小柄だが、君こそいくつだ?」


「ルピコラ・ネオチレニア。十六歳です!」


「じゅうろく?ああ、全く。二コリーめ!いや、奴の愛妻のアルビフロリスの仕業に違いない。あの小さき白き魔女め」


 伯爵は罵り声を上げると、あ、ぎゅうううと両目を瞑った。

 それから頭痛がするかのようにして右手を額に当てた。

 あら、すっと恐怖心が消えた?


「あ、大丈夫ですか?頭が痛いのならば湿布を作りましょうか?」


「ちがう。」


「あ、では、眩暈ですか?貧血かも。お食事はいつなさったのですか?」


「ちがう。」


「ええと、では、もしかして流感にかかられてしまった、とか?」


 そこで伯爵様は大きく溜息を吐いた。

 どうしようか、なんて今呟かれた?


「あの、ここで働かせていただかないと、返品されてしまうんです。でもって、返品された時に私の購入代金をお返しするでしょう?すると、もともとの購入金額とその金額の半分を足された金額が借金に加算されてしまうんです」


「知っている。百日以内に主人が決まらねば前線で塹壕掘りをする事になるのも知っている。そこで次々に壊されて借金を返すどころじゃ無くなることもな」


「ええ!私って壊れるんですか!」


 伯爵はポカンとした顔をして見せて、それから、知らなかったのか、と割合と気安い言い方で聞き返して来た。


「魔法コーティングがされている砲弾を受ければ粉々だ」


「そ、そしたら、その人たちは魂の解放ですか?」


「粉々のまま、魂を剥がされるその日まで痛みに苦しむことになる」


「いやだああ!そんなとこに行きたくない!お願い!このまま雇って下さい!」


 私はいつの間にか伯爵のローブを両手で掴んで引っ張っており、伯爵はそんな私を振り払うどころか再び自分の額に右手をやっただけだった。


 この人、優しいひと?


 私は最後の頼みの綱のように彼を見つめていると、彼はぽつっと呟いた。


「哀れな。何も知らない子供までこんな目に遭わすとは」


「で、でも、借金があるし」


「子供は守られるべきだろう?」


 うわ!伯爵って本気でいい人!


「こら!」


 うわ!急に怒鳴った。

 でも、あれ?伯爵が自分のローブの端を持って、ええと、私の目元で何かごそごそしてきた?


「素焼きと言っても日干し程度の土塊つちくれだ。水で簡単に崩れてしまう。いいか、泣くんじゃないぞ。心が死ねばその土塊も壊れるんだ」


「はい。ええと」


 伯爵はすでに後ろ姿となっていた。

 雇うも何も言ってくれないが、私を追い出すこともしない。ならばと、私は慌てるようにして伯爵の後ろを追いかけた。


 伯爵は大柄だからか一歩一歩が大きい。

 でも私は動き辛い土塊のはずが、彼の後ろをちゃんとついていけている。

 伯爵様は私に歩幅を合わせてくれているのかしら?

 なんてお優しい。


 そう感じた途端に、私が買われた時に盗み聞いたお話を思い出した。なんと、伯爵夫人は半年前に部下の人と駆け落ちしてしまったというのだ。

 それで誰も信じられなくなったのか、伯爵はその後、残った部下も召使い達も城から追い払ってしまった、というのである。

 思い出して改めて私が考えた事は、伯爵の奥さんってどうしようもない人なんだな、だ。


 私が勝手に伯爵を裏切った人達に怒りを抱いたところで、伯爵が目の前の頑丈そうな扉を開いた。びゅうと冷たい風が私の体に降り注いだ。


 冷たい?


 私の体が温度を感じたのは死んでから初めてかもしれない。

 一体何が起きたのかと伯爵に尋ねようと見返せば、伯爵はすでにのこぎり型 狭間のある回廊へと出ていた。私は急いで追いかけて、私が彼のすぐわきに立つや伯爵は見ろと言う風に城壁の向こうを右手で指し示した。


 乾いた赤い土が舞う荒野でしかないが、その荒野にも緑色をした植物の群生地がところどころで広がっているのが見えた。


「赤に緑と色とりどりで、綺麗な世界ですね」


 ハハハっと笑い声が上がった。

 伯爵は微笑んだ顔を私に向けており、その笑顔は素晴らしい事この上なく、土塊人形で心臓が無いはずの私の胸に鼓動を打たせた。


「感じやすい君がさらにがっかりしないように、この寂しい絶望世界を最初に知らせようと思ったが、そうか、君には綺麗な世界に見えるのか」


「だって、沢山の植物もあるし、ほら、鳥だって何羽も飛んでます。それに、あそこ、真っ黒なアリンコみたいなものがぞろぞろ動いている」


「アリンコか。確かにここからではその程度にしか見えないな」


「本当はどんな生き物なんですか?」


「あれは野牛だよ。毛むくじゃらの大きくなる牛だ。牛に会いたくなってもルピコラは絶対に一人で外に出るな。砲弾の餌食となる。ここだって前線基地だという事を忘れるな」


「わかりました」


 私は胸を押さえていた。

 泣き出しそうだったから。

 この人は私がさらに傷ついてしまわないようにと、この城から見えるこの世界を見せて教えてくれたのだ。

 誰もが荒野で寂しい世界だと絶望してしまうから、慰めてあげられる自分がいる時にと私に披露してくれたのね。


「一週間後には此処一帯は私の炎で燃え盛るだろう。ちゃんと覚えておくんだよ」


「はい?」


 伯爵は顔を歪めた。

 悪魔のような笑い顔をして見せた、と言うべきか。


「一週間後、リトープスの軍勢がこの城を取り囲む。私はこの城ごと奴らを殲滅してやるつもりだ。巻き込まれるなよ?」


 この人、いいひと、だった、わよね?



お読みいただきありがとうございます。

クラバータさんはラテン語でこん棒。

ルピコラは、岩や壁に貼り付いて生きる、だそうです。

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