はじめまして、ゴーレムな召使いです
私が生まれ育った国アウラータは、三百年前はサイテス大陸の覇者であった。
過去形なのは、今や新興国で軍事国家であるリトープス国こそが大陸の覇者となったからだ。ではアウラータはといえば、リトープスに次々と領地を侵略され、常にリトープスの動向に脅える弱小国と成り下がっている。
この現状は、歴史的に見ればアウラータ国の自業自得だ。
国を建国したばかりのリトープス国が最初から敵意をアウラータに向けていたわけでは無くて、リトープスはアウラータと仲良くしようとしてたのである。
それを台無しにしたのはアウラータなのだ。
リトープスからの和平の使者を殺してしまったのである。
ただし、当時のアウラータ人を責める事も出来ないだろう。
その頃は人類がようやく魔族を人間の生活圏から遠ざける事に成功したばかりの頃であり、リトープス人が人類が戦い退けてきた魔族と人間の混血種という、亜人であったのだから。
「でも、今の私こそリトープス人よりも魔族系そのものよね。」
私は自分の爪先まで見下ろしてから、今の自分の姿を思い出していた。
今の私は誰がどう見ても、茶色い素焼きの人型陶器でしかないのだ。
どうして動くのか不思議なほどに単純な造形。
顔なんか、鼻だってない。
表情だって作れない、目と口の穴が開いているだけ。
私は自分の姿を思い出した事で、改めて自分の身の上を思い知った。以前と同じなのは身長だけだ。今の姿から誰もこれが私だとわからないであろう。
私はゴーレムになったのだ。
それはどうしてか。
長く続く戦争で人口が減ったという事は、労働者を失ったということだ。
そこで苦肉の策というか苦労をしたくないお偉いさん達が考えだして編み出された方法が、死んだ人の魂を素焼きの土人形に入れてゴーレム化させる、というものである。
死んだ後に天国どころか永遠の奴隷になる?
どんな最下層民だってお断りだが、お偉いさんは本当にあくどい。
魂を差し出せば家族の借金が帳消しになる、そんな法律を作っちゃった。
ゴーレム人間がこれから死なない体で永遠に返済を続けるからいいよって、憐憫の情どころか血も涙もない悪法だ。
私は大きく溜息を吐いた。
「家族のためにゴーレム化を選ぶ人間は忠誠心があるから最高の召使になる?家族を人質にされたら従うしか無いってだけじゃない。」
もう一度大きく溜息を吐いた。
自分を落ち着かせるための深呼吸かもしれない。
だって初派遣先の初お目見え、じゃない?
ゴーレム召使いとなった私が購入されて派遣されたのは、辺境で砦を守っている偏狭で有名な伯爵様、クラバータ・エリオシケ、辺境の守護神あるいは暗黒王と呼ばれているお方である。
物凄い魔法力とその偏屈さで人を遠ざけ、今やたった一人で巨大な砦を守り続けているという、伝説そのもののお人だ。
そんなお方の居城だからか、使用人の姿も見えない空っぽな場所であるのに、私が立っている使用人専用入り口でも埃一つない場所どころか豪奢であった。
「借金が無い頃の家よりも召使い用の入り口が広いなんて!」
「黙れ。鞭が欲しいか?」
私は自分をここに連れてきた人物がいた事を思い出していた。
そう、私は一人でここに来ていない。
ゴーレム召使い化されたあとには奴隷市場に並べられ、そこで競りにあって伯爵家に買われてしまったのだ。それからこの横の男!市場の職員らしき男に罪人護送車のような馬車に乗せられて、こうしてここに連れてこられたのよ。
実は私はこの男が凄く嫌いだ。
それは自分が死にかけた時の事を思い出してしまうからだろう。
だからこそか、私は自分の恐怖心を打ち払う気持ちで、嫌いで仕方がない男に言い返してしまっていた。
「ざ、残念ね。私は痛みも感じない土人形よ。鞭をふるったあなたの方が疲れるだけの無駄働きじゃないの」
男は嫌らしくヒヒっと笑うと、私に見えるようにして鞭を懐から引き出した。
鞭の持ち手に金色の古代文字が浮き上がり、その文字を見たそれだけで私の体がびくっと震えた。
「コイツで叩かれたゴーレムは、どいつも良い声で泣いたなあ。」
「うぐ。」
私は脅え、男は満足そうに嫌らしい笑みを顔じゅうに浮かべた。
私は男の視線から逃げるようにして顔を伏せ、膝がガクガク震えている事に気が付いた。なんてこと、自分の体なのに感覚が分からないなんて。
「落ち着くのよ、ルピコラ。大丈夫。今の状況を幸運だって思うの。伯爵様は凄い魔法使いよ。ご褒美に私をゴーレムから解放してくれるかもしれないのよ」
そう。
召使いゴーレムが職務に励むのは、主人となった人に褒賞として魂の解放をしてもらえる可能性があるからだ。
まだ解放された人がいるって聞いた事が無いけれども。
私は右手に拳を握った。
「私が一番目になってやる」
「一番目に鞭で壊されるゴーレムか――」
「良い心がけだ。では、さっそく解放してやろうか?」
鞭男の声に別の声が重なった。
私はその声の方へ振り返り、大きく息を吐いていた。
溜息じゃなくて、感嘆ってやつ。
「あんこくおう、だわ」
伯爵様は誰もが息を飲んでしまう外見のお人だった。
浅黒いが整い過ぎているその顔貌をさらに際立たせるように煌く両目はブルーグレイで、形の良い鼻梁や鼻筋を見せつけるように後ろに流された灰色の短髪は銀色に輝く。
でも、容貌にうっとりするどころか、私も私を脅していた男も脅えていた。
だって、真っ黒なローブ姿の伯爵様から私達を粉々にしてしまいそうな威圧感が噴き出していて、世に伝え聞く魔王様にしか見えなかったのだもの。
お読みいただきありがとうございます。
クラバータは出しておかねば、です。
サボテンが欲しいと検索すると、今はリトープスが人気らしいと知り、サボテン王国を脅かす敵国の名前をリトープスにしました。アウラータはエリオシケ属の元祖らしいサボテンです。国名は最初金鯱にしようと思いましたが、アウラータの王様を金鯱などのエキノカクタスで固めようと思っているので国名はこの通りです。
そう、登場人物は全員、まんまサボテンの学名なのです。
サボテンのエリオシケ・クラバータは、緑色の丸サボテンですが、暗黒王の名前が相応しい真っ黒の湾曲した強そうなトゲという、とっても格好良い姿をしています。また、ネオチレニア・ルピコラは紫色の肌にチョコレート色のトゲが生えているという、ミステリアスな姿です。
写真でしか彼らのお姿は拝見しておりませんが、今のところ、欲しくて堪らないサボテンの方々です。
2/11と2/12は朝と夜の二回更新、それ以後は一日一回の投稿をしていきます。
気に入って頂けましたら幸いでございます。