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すべてはエリオシケの名のもとに

 男の人とする深いキスは体験したことなんかなかった。

 それなのに、私は自分が見る夢の中で、とっても濃厚で私が知り得なかったはずの具体的なキスを経験していたのである。

 私の頭が作り出したはずのクラバータと。


 私の脳みそって凄い。

 いえ、人は死ぬ時に頭の中で麻薬が出るって言うから、それ?


 私は夢の中でクラバータからのキスの刺激によって、爪先が丸まるを体感し、まさかの、キスによって意識を失うまでも体験してしまっていた。

 そう、意識を失ったのだ。

 キスをしているうちに、体がとろけるみたいになって、そのまま。



 真っ暗闇から意識が戻った今、誰かが私の髪の毛を優しく撫でている?

 夢の続きでクラバータが撫でてくれているのかと一瞬思ったが、その柔らかい手は女性のものとしか思えず、私にキスをしていたクラバータは消えていなくなったのだと知った。


 そうね、ここは天国だから。


 私はクラバータと離れ離れになってしまった事を悲しく思いながらも、私を撫でてくれる優しい手の人に向けてゆっくりと瞼を開けた。

 瞼を開けてしまったら、自分が死んで天国にいる事を認めなければいけないけれど、でも、たぶんどころか、その人は死んでしまった母だと思ったから。

 愛している人と別れる気持、お母さんだったらわかってくれるわよね?


「!!」


 私を見返す大きな瞳は、湖に花が散っているみたいなピンクと水色が混ざり合った色合いで、真っ白なまつ毛に縁どられているとっても神秘的なものだ。柔らかく微笑む彼女の髪は真っ白だが、雪と言うよりも空に浮かぶ白い雲みたいで温かみばかりを感じる。


 ただし、そんなフワフワ美女な彼女が身にまとうのは、高級将校の軍服であるようでも、白地にグリーンのパイピングがあるというものだった。


「白バラ丸様!」


 私は大きく目を開けていた。

 私の驚いた顔がおかしかったのか、白薔薇の君は、あはっと気さくそうな笑い声を立てた。すると、彼女の笑い声に呼応して、彼女の横から見慣れた丸い顔がぴょこッと飛び出してきたではないか。


「ナピナ!」


 弟はくしゃっと顔を歪めると、私に向かってぴょんと飛び上った。

 私は急いで身を起こして弟を抱き留めて、小さな体を抱きしめて、自分がゴーレムの姿をしていないどころか、信じられない格好をしていた事に気が付いた。


 私が今着ている服は、私が欲しがったクラバータが奥様に贈ったドレスと同じようで違うもの、だったのである。あのドレスよりも鮮やかに白く、青と緑だけの刺繍がクラバータの目の色というアイスブルーも加えられ、さらに私の瞳色の小さな花までも追加されていた。


「なぜ。」


 頭を揺らしたその時、耳元でカチャリと音がした。

 恐る恐る耳元に手をやれば、私の耳に大きなイヤリングが揺れていた。

 触っただけで見なくともわかった。

 あのイヤリングだ。


「ベッドの中で舞踏会にも行けそうなドレス姿、なんて。これこそ私がまだ夢の中にいる出来事って証拠ね」


「夢でお終い。それでいいと思うわ。だってクラバータと結婚しちゃったら、あなた、召使いもいない広い広いお家で、家事なんかして過ごさなきゃなのよ?」


「平気だよ!俺もいるし!俺はクラバータ義兄さんのお屋敷は好きだよ」


 アルビフロリス様は悪戯そうに結婚と言って私に微笑み、私の腕の中の弟は既にクラバータを義兄さんなんて呼んでいる。

 やっぱり、これこそ死んだ私が見ている夢だ。


「あははは。呆然としちゃった。現実見ちゃったな。そうだよなあ、あんな偏屈でつまんない男と、その男が死ぬまで一緒はうんざりだよなあ」


「つまんなくないわ!」


 二コリーに言い返しながらそちらを見れば、彼は私が寝かされていた部屋の戸口に立っていた。

 彼も彼の妻と同じ軍服姿であったが、彼はドウーラの役場の時とは違う軍服だった。コバルトブルーを基調として、赤味がかった金色の紐飾りが付いているという、誰もが見る夢の王子様にしか見えない軍服姿だったのである。


 夢だから?

 でも、私の夢だったらクラバータこそを着飾らせるわよね?


 おかしいと私は初めて違和感を感じた。そこで私がいるところを確認するようにして、私は部屋の中を見回したのである。

 この部屋は私が片付けた奥様の部屋の半分ぐらいだが、それでも私が借金を背負う前の自分の部屋よりも確実に大きい。


 何よりも、どこもかしこもお金持ちそう!

 天井近くに貝殻や小鳥さんの装飾なんて必要なの?お掃除が大変そうよ?

 ここは二コリーとアルビフロリスの家なのかしら?

 だとしても、だからこそ、私の夢に出てくるはずもない。

 だって私が泊まった事もない部屋だもの、私が知っているはずなんかないわ。


「ええと。一体、何が何だか。これは夢で私は天国にいるのよね?」


「夢にしたいのならばそれでいい」


 怒った声が戸口から聞こえた。

 私はよく知っているその声へと、反射的に顔を向けていた。

 二コリーしかいなかった。


「王子!そこにクラバータがいるんでしょう?彼を部屋に入れて!これは死んだ私が見ている夢でしょう?夢だったらクラバータこそ私にちょうだいよ!」


 私には恥も外聞も消えていた。

 死んだ私の見る夢だもの、私が我儘してもいいでしょう。

 アルビフロリスと二コリーは大きな目が点になったような顔付になって私を見返し、けれど、先程に怒った声を出した男性は笑い声を上げながら二コリーを押しのけて一歩前に出てきたのである。


 クラバータ。


 彼はいつもの黒づくめじゃ無かった。

 白い布地に派手な刺繍があるという、花婿風のチュニック姿だった。

 ドレス姿の私と腕を組み合うにはお似合いになりそうな。


「君が了承してくれたら今すぐ結婚したい。せっかちですまない」


「いつだって結婚します!」


 私は歓声を上げて両手を広げていた。

 私の腕の支えを失った弟が私の膝の上に転がったが、私はクラバータを今すぐ抱き締めないと何とかなりそうだから仕方がない。


 そして、私の夢の中のクラバータこそそうだったようだ。

 飛ぶように部屋を突っ切って私の前に来て、私を抱き締めた。


「ありがとう。だが、いいのかな。君はエリオシケになってしまうぞ」


「願ったりよ。でも、あら?」


「どうした?」


「私はしっかりあなたを抱き締めているのにあなたはしっかり私を抱きしめない。これは私の夢だから?私の見る幻影だから?」


「ばかだな。ルピを壊したくないんだ。君は出来たばかりだ。私の馬鹿力で君を粉々にしちゃあ大変だ。ようやく君を作り上げられたんだ」


 私はクラバータの言葉の意味が解らなかった。

 でも、クラバータが私に頬をくっつけた時、私の頬がクラバータの髭を感じてちくっとしたのはわかった。


 夢の中で痛い?


「これは夢じゃないのね?私、元の姿に戻っているのね?」


「ああ。君をどうしても天国に渡したくなかったろくでなしの所業だ。ははは、夢だと思っていたなら仕切り直しか。もう一度言うよ。お願いだ。私の伴侶となって、私の生が終わるその時まで生きていてくれないか?」


 私は、もちろんよ、と叫んで彼にさらにしがみ付いた。

 クラバータは笑いながら私をようやく抱きしめ、私の耳に囁いた。


「まだまだ未完成な君を完璧に作り上げたい。私に君の事をたくさんたくさん教えて欲しい」


「あなたの事こそ、も。私もあなたをたくさんたくさん知りたいわ」


 クラバータは顔を傾げ、彼の唇は私の唇へと降りて行った。

 私は夢ではない夢のような現実を受けいれようと、彼がキスしやすいように自分の顔も傾げた。

 私達の唇は重なり合った。

 邪魔な観衆が多すぎるので一瞬だったけれど、この先永遠に私達は好きな時にキスが出来るのだ。


「愛しているわ」

「愛している」


「はい、結婚式終わり。二コリー=ホリゾンタロニウス・エキノ様が立ち会い、クラバータ・エリオシケとルピコラ・ネオチレニア両名の結婚を認めました。で、ルピコラちゃん、本当にいいの?こいつは小さい奴だよ」


 私とクラバータは牛みたいな唸り声をあげ、戸口に立つ邪魔者を睨んだ。



お読みいただきありがとうございます。

これでエンディングとなり、明日エピローグ二話投稿して完結です!


エキノカクタス属は大型サボテン

エリオシケ属は小型から中型サボテン

よって二コリーはクラバータを、小さいとか器が小さい、とか、つまんない、と言って揶揄うのです。で、とっても小型なツルビニカルプス属のアルビーにあとで叱られ虐められる、が流れという、三人はとっても仲が良い友人同士であります。


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