私が気が付いていなければいけなかったこと
奴隷市場で私を選んだ女性の伴侶らしき男性を、私がデレデレと評すると、クラバータは物凄く気に入ったようにして笑い出した。そして、白薔薇に感謝、なんて事を口にしたのだ。
クラバータの親友って、自分の奥さんにデレデレだった金髪男じゃなくて、あの白い髪をしたほんわか美女の方だった?
あれ、どうして胸が急に重く冷たく感じるのかしら?
「ルピ?」
「ええと、白薔薇って、私を選んだあの方ですか?彼女はあなたの事を心配なさっていらっしゃいました」
「そこで私の注文を無視して君を送り込んだか。全くアルビーめ。あの雷帝が太平丸なんて呼び名になるぐらいに骨抜きにされた訳がわかった気がするよ。」
「はっ!た、太平丸?太平王子でしたか!あのにやけ男は!」
あの奴隷市場にて、二コリーと妻に呼ばれていた男は、始終自分の妻にデレデレして妻に纏わりついていただけだった。だから単なる貴族様だと私は思っていたけれど、そうよ、名前が二コリーじゃないの。国中で尊敬されて怖れられていた雷帝で、この国の王弟の息子という、ギリギリな王子称号を持っておられる二コリー=ホリゾンタロニウス・エキノ様だと考えもしなかったなんて!
「にやけって、酷いな。親友の私でさえそんな風にあいつを罵れないよ。王子様って奴を敬う事もしたくもないけどね」
クラバータは、毒舌だと私を笑ったが、私は笑えなかった。
だって、元雷帝のお妃さまって言えば、だもの。
「では、では、あのほわほわな雰囲気で美しい方は、……ああ!白き魔女って、敵兵を華々しく氷の像にしてしまうと噂のあの凄い魔女でしたか!」
「そう。アルビーもとい、アルビフロリス・バルデジアヌス・ツルビニカルプス嬢だ。元ね。今は太平丸の妻となった単なる白花の薔薇の君だ」
「あの、ちなみに、あなたは暗黒王様でしたわよね」
「奴らの影で真っ黒だっただけの暗黒王かもな」
私は笑っちゃいけないだろうに、ぶふっと吹き出していた。
でも、それで良かったみたい。
クラバータは嬉しそうな笑顔になっていたのだ。
私に心臓が戻って来た気にさせる、そんな素晴らし過ぎる笑顔だ。
つまり、心臓が飛び出しそうにどきっとしたってこと。
「ぐふ。」
「君は本当に私を過大評価しすぎるな。私は君を解放してあげる事さえも出来やしないのに。それでもって私にできるのは、君を星の下に連れ出すことだ」
クラバータが私に向けた表情は、とってもやるせない、そんな顔だった。
私は自分のせいで彼にそんな顔をさせる事が辛かった。
私は彼に笑って欲しいのに、彼を落ち込ませるだけみたいで。
彼が私を解放できないと謝るしかない理由。
ゴーレムを解放するという事は、解放者がゴーレムの借金を背負うということでもあるのだ。
だから、そんなことはいいのよ。
私達姉弟が背負った借金は町一個分。それをクラバータに背負わすことなど絶対にできないもの。
昨日は解放される第一号のゴーレムになろう、そんな風に思ってもいたのにね。
私は落ち込んでいるようなクラバータに何かを答えようと顔を上げ、そこで私達が丁度中庭に出ていた事に気がついた。
私は空を見上げた。
まだ夕焼けの明かりが残っている明るい空だが、天辺の紺色の部分では星がキラキラと煌いている。
「あなたは今私が見上げている夜空みたいです。太陽がまだ落ち切っていない世界です。星なんか見えないと思ってた空に輝く星ですわ」
クラバータは彼の腕に絡めた私の手の甲を感謝するという風にトントンと叩き、でも彼を見返した私にはとてもすまなそうな表情を見せるばかりだった。
「クラバータ様」
「君を天国に渡したくない。君を解放できない私を許してくれ」
私は息を飲んでいた。
彼が私を解放できないと謝る理由は、私の借金を背負えないというお金の問題じゃなくて、私を彼が手放したくなくなったから?
血なんか流れていないのに、私の中に温かな水流が起きた気がした。
カラカラだった心も体も癒されていくような、そんな温かな水を感じた。
「そ、そんなこと、それはいいんです。私の願いは長い奴隷生活ならば、ほんのひと時だけでも優しくて尊敬できる人に主人になって欲しい。それだけです」
「尊敬か。尊敬されるどころか、君は私を見下げ果てるだろう。私が妻とこの城の本来の住人達にした事を知れば」
「あの」
クラバータは、すまない、と私に言った。
それから彼は気さくそうでも軽薄そうな笑顔を作った。
「明日、足りないものを町に買い出しに行ってくれないか?」
「いやです」
「いいや。君は行かねばならない。君がゴーレムになったのならば,君の弟は借金の債務から解放されていてしかるべきだ。だが、彼は無一文だ。急いで保護してやらねばならないだろう」
私はまた弟の事を忘れていた。
考えねばならない、今の弟の身の上のことを軽視していた。
借金を背負っているならば、借金の返済のために保護される部分もある。
でも、でも、その保護が消えてしまったら?
「ああ、いやだ。ナピナがもっと傷つけられる可能性もあるのね!」
「だから君は明日町に行くんだ。私の書状を持ってだ。」
「書状?」
「私が彼の保護者になるという内容の書状だ。それを町の役人に手渡して彼の保護を国に願い出るんだ」
私はクラバータの言う通りにしなければいけない。
クラバータを守りたいのと同じぐらいに、母が命と引き換えにこの世に生み出した大事な弟だって守りたいのだもの。
それに、彼が弟の保護者になるって決めたのならば、彼は絶対に死にはしない。
死ぬことを止めたという事なのだ。
お読みいただきありがとうございます。
登場人物サボテンからでして、王子様二コリーはギムノカクタスの太平丸と言う園芸種です。
学名は、エキノカクタス ホリゾンタロニウス
園芸種だけあって色々な外見がありまして、それぞれに名前が付いております。
太平丸、雷帝、花王丸などなど。
太平丸はトゲが金色で肌がきれいな緑、雷帝はくすんだ肌色に灰色のような色合いのトゲ、という写真では感じでしたので、二コリーは気さくな王子だけど怖い面もある、と言う風にしました。
黒っぽいトゲ、と言う事で、雷帝の時の二コリーはクラバータが錬成した黒い剣を持って戦う、と言う設定も作ってありましたが、安心してください、ラストまで二コリーさん剣で戦いませんから無駄設定です。
さて、彼の奥さんである、アルビフロリスは、小さなサボテンです。
学名はツルビニカルプス バルデジアヌス(変種アルビフロルス)
バルデジアヌスは体よりも大きな花を咲かす小型サボテンだから、バラ丸という和名が付いているのでしょうか?アルビフロリスは本来のピンクではなく、白い花を咲かせるので、白バラ丸さんとなります。
サボテン、調べれば調べる程、面白い植物です。
設定考えるのが好きな私には、いいネタ宝庫です。




