弟の七音
「ただいまー」
俺はカフェから帰ってきて玄関のドアを開ける。
「あ、おかえりー兄貴」
一瞬ドキッとした。俺は弟の、つまり七音の友達と付き合っている。
ただでさえ男同士の恋愛は周りに言いづらいのに、それが自分の友達と兄だとしたらどうしたらいいのだろうか。そんなことを考えてしまって俺は勝手に気まずくなってしまう。
「…き、兄貴!」
「え、何⁉」
しまった。大げさに反応してしまった。別に落ち着いていれば良いものの、どうして俺はこうもすぐにテンパってしまうのだろう。けれど幸い七音は詳しく追及することもなく話を続けてくれる。
「部屋、入んないの?」
そう言われて自分がやっと玄関に突っ立っていたことに気づく。
とりあえず自分の部屋までは冷静でいよう。部屋に入ってしまえばこっちのもんだ。
そう思って玄関から廊下に足を踏み入れると
「ちょ、まっ、兄貴!!」
急に七音が大きな声を出す。やけに騒がしいなと思っていると、自分が前に踏み出せないことに気づく。
俺は七音に両腕をつかまれていたのだ。
かと思うと、七音は急に顔を近づけてきて、俺の頬に手を当ててくる。
いやいや、流石に兄弟ではちょっとさ…
それに俺には葵珀君が…
そう思っていると七音が口を開く。
「兄貴、熱でもあんの?」
は?それはこっちのセリフだろ。今日の七音なんか変だぞ。
そう言おうとすると七音が再び話し出す。
「靴」
「え?」
「だーかーら!」
七音がこんなにも大きな声を出すとは。
「靴も脱がずに部屋上がろうとするとか、兄貴どうしちゃったわけ?」
そこまでいわれて再び気づく。
何が兄弟同士だ。バカバカしい。
俺の頭はついにおかしくなってしまったのか。
そんな呆れと同時に、一瞬で顔が赤くなって体中の体温が上がっていったのが分かる。
「な、何でもないから!」
もう恥ずかしすぎて俺はそれだけ言い捨てて今度こそ靴を脱いで部屋に駆け上がる。
「変な兄貴」
テンパりつつも、七音がそうつぶやいたのだけははっきりと聞こえた。
「マジで、これバレるの時間の問題じゃん」
それこそ、俺と葵珀君が出会ったのはこの家で、七音が葵珀君を家に連れてきたからだ。
これからだって葵珀君を家に連れてくることがあるだろう。
もし万が一、鉢合わせてしまったら?
今回のように赤面してテンパりまくていようものなら、すぐに七音なら気づくだろう。
「気を付けないと…」
そう言い残して、俺はベッドに飛び込んで、赤くなった顔を治すことだけに集中した。