1-④
――そして、今に至るわけで。
この場所も、本当は教えたくなかった。
公園の遊歩道を少し外れ、奥に入ったそんな場所に、木漏れ日の中、隠れたようにベンチが一脚ある。ここも僕のお気に入り。
ごくまれに、図書館で顔見知りを見かけたときは、息を殺し、脱兎のごとく僕はこの場所へと避難するのだ。
室内ほど快適ではないけれど、今のような時期は最高の隠れ家のひとつ。
どうやら彼女もお気に召してくれたようで、「素敵……」なんて、目を輝かせてくれている。
僕は、古ぼけたベンチの上、念のためにとハンカチを敷き、ボロですけれどよかったらと彼女を促した。
自分一人なら息を数回吹きかけてどっかりと尻を下ろすのだけど、万が一にも彼女のお召し物が汚れたとあっては、一大事。
僕の雀の涙ほどの小遣いでは弁償など何年かかるかわからない。それに、それこそよくある主人公シナリオではないか。
お尻の汚れたヒロインと、どうしたものかと右往左往する主人公。そこからラッキースケベに発展する様式美は、それこそ親の顔より見た。
そうなれば、僕はもう限界だ。もうこれ以上のイベントは、モブである僕の思想を崩壊させかねない。
彼女は、またもや何かを言いたげに、瞳をきらめかせながら僕の目を見つめてきたけれど、同時に、その顔を真っ赤に染めるもんだからたまらない。
静々と、ベンチに腰掛ける彼女を見ないように僕も腰を下ろし、またもや自分に言い聞かせるよりほかはない。
いいか、僕はモブだ。そのへんに蠢く有象無象だ。忘れるな、いいか。決してそこを忘れるなよ。勘違いして傷つくのは自分なのだか――
「――どうぞ」
……お口に合うといいのですが。
柔らかな彼女の声と共に、隣から差し出されたのはとても旨そうなサンドイッチだった。
大方の予想通り、例のリュックからは、サンドイッチや果物といった各種お弁当箱に、紅茶の入った可愛らしい水筒など、さらにはお手拭きからなにからと、次から次に、まぁ出るわ出るわ。
そりゃ、大きめのリュックが必要でしょうね。あの細い肩にはさぞかし重くて辛かっただろうに。
「苦手なものは、おっしゃってくださいね」
彼女は手作りだと言っていたが、お店で売っているかのような見事なできばえに、身体は正直なもので、腹が鳴った。
その音に、少女が嬉しそうに笑う。
「た~っくさんありますので」
彼女から受け取ったサンドイッチは、僕に合わせてだろうか。女子には少し大ぶりで、だけど、これぐらいが食べ盛りにはありがたくて。
そして、予想を裏切ることなく、ただただ旨かった。
きっと食材やらなんやらが、あれやこれやでなんかこうスゴいのだろう。
この程度の食レポしか出来ないのだ、主役の皆々様からは、失笑をいただきそうだが、主人公のキャラ設定でもあるまいし、料理が得意な男子なんてそうそういてたまるもんか。
まぁそこも僕がモブたる証拠というか、貧乏舌の僕では、旨いものは無条件に旨いのだ。なにがどう美味しいのかなんて到底説明できっこない。
もちろん彼女の技術力のたまものでもあるのだろうけど、同時に僕は危ぶんだ。なんせ、こんなもの食べさせられた日には、――次回から困ったことになるぞ。
今までサンドイッチだと信じて疑わなかった母の作るアレは、次からなんと呼ぶべきだろう。それこそ、マズイなんてストレートに言った日には、それこそ母の右ストレートが飛んで来かねないのだから。
……公園の片隅で、優しい風に吹かれ木漏れ日が揺れる。聞こえてくるのは小鳥のさえずりだけ。
そんな皆から忘れられたベンチに、僕と少女のふたり。
彼女は、色違いのコップに紅茶を注ぐと、「……よかった」旨い旨いとがっつく僕に安堵の笑みをみせてくる。
その光景に、僕はまたもやばつが悪くなってしまう。
なんせこんなの、文字通り僕の柄ではない。
満足そうに、その小さな口でサンドイッチに噛みついた彼女を、僕は盗み見て、こっそりと溜息をこぼした。
まるで、僕が主人公みたいじゃないかと。そんなわけないだろうにさ。
『物語には、美しいふたりが欠かせない』
彼女の気まぐれに翻弄されまいと、もう一度、僕は自分の持論を心の中で復唱した。
「どれがお好きですか? 」
「……タマゴ、かな」
外ごはん効果というものに、「やった」
タマゴは自信作なんです。なんて、隣の美人が照れたように可愛く笑うから。
あっという間に三つ目に到達したサンドイッチは、やはりやたらと旨かった。