表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

1-④







 ――そして、今に至るわけで。


 この場所も、本当は教えたくなかった。


 公園の遊歩道を少し外れ、奥に入ったそんな場所に、木漏れ日の中、隠れたようにベンチが一脚ある。ここも僕のお気に入り。

 ごくまれに、図書館で顔見知りを見かけたときは、息を殺し、脱兎のごとく僕はこの場所へと避難するのだ。

 室内ほど快適ではないけれど、今のような時期は最高の隠れ家のひとつ。


 どうやら彼女もお気に召してくれたようで、「素敵……」なんて、目を輝かせてくれている。


 僕は、古ぼけたベンチの上、念のためにとハンカチを敷き、ボロですけれどよかったらと彼女を促した。

 自分一人なら息を数回吹きかけてどっかりと尻を下ろすのだけど、万が一にも彼女のお召し物が汚れたとあっては、一大事。

 僕の雀の涙ほどの小遣いでは弁償など何年かかるかわからない。それに、それこそよくある主人公シナリオではないか。

 お尻の汚れたヒロインと、どうしたものかと右往左往する主人公。そこからラッキースケベに発展する様式美は、それこそ親の顔より見た。


 そうなれば、僕はもう限界だ。もうこれ以上のイベントは、モブである僕の思想を崩壊させかねない。


 彼女は、またもや何かを言いたげに、瞳をきらめかせながら僕の目を見つめてきたけれど、同時に、その顔を真っ赤に染めるもんだからたまらない。

 静々と、ベンチに腰掛ける彼女を見ないように僕も腰を下ろし、またもや自分に言い聞かせるよりほかはない。


 いいか、僕はモブだ。そのへんに蠢く有象無象だ。忘れるな、いいか。決してそこを忘れるなよ。勘違いして傷つくのは自分なのだか――


 「――どうぞ」


 ……お口に合うといいのですが。


 柔らかな彼女の声と共に、隣から差し出されたのはとても旨そうなサンドイッチだった。


 大方の予想通り、例のリュックからは、サンドイッチや果物といった各種お弁当箱に、紅茶の入った可愛らしい水筒など、さらにはお手拭きからなにからと、次から次に、まぁ出るわ出るわ。


 そりゃ、大きめのリュックが必要でしょうね。あの細い肩にはさぞかし重くて辛かっただろうに。


 「苦手なものは、おっしゃってくださいね」


 彼女は手作りだと言っていたが、お店で売っているかのような見事なできばえに、身体は正直なもので、腹が鳴った。

 その音に、少女が嬉しそうに笑う。


 「た~っくさんありますので」


 彼女から受け取ったサンドイッチは、僕に合わせてだろうか。女子には少し大ぶりで、だけど、これぐらいが食べ盛りにはありがたくて。


 そして、予想を裏切ることなく、ただただ旨かった。


 きっと食材やらなんやらが、あれやこれやでなんかこうスゴいのだろう。

 この程度の食レポしか出来ないのだ、主役の皆々様からは、失笑をいただきそうだが、主人公のキャラ設定でもあるまいし、料理が得意な男子なんてそうそういてたまるもんか。


 まぁそこも僕がモブたる証拠というか、貧乏舌の僕では、旨いものは無条件に旨いのだ。なにがどう美味しいのかなんて到底説明できっこない。


 もちろん彼女の技術力のたまものでもあるのだろうけど、同時に僕は危ぶんだ。なんせ、こんなもの食べさせられた日には、――次回から困ったことになるぞ。


 今までサンドイッチだと信じて疑わなかった母の作るアレは、次からなんと呼ぶべきだろう。それこそ、マズイなんてストレートに言った日には、それこそ母の右ストレートが飛んで来かねないのだから。



 ……公園の片隅で、優しい風に吹かれ木漏れ日が揺れる。聞こえてくるのは小鳥のさえずりだけ。


 そんな皆から忘れられたベンチに、僕と少女のふたり。

 彼女は、色違いのコップに紅茶を注ぐと、「……よかった」旨い旨いとがっつく僕に安堵の笑みをみせてくる。


 その光景に、僕はまたもやばつが悪くなってしまう。


 なんせこんなの、文字通り僕の柄ではない。

 満足そうに、その小さな口でサンドイッチに噛みついた彼女を、僕は盗み見て、こっそりと溜息をこぼした。


 まるで、僕が主人公みたいじゃないかと。そんなわけないだろうにさ。


 『物語には、美しいふたりが欠かせない』


 彼女の気まぐれに翻弄されまいと、もう一度、僕は自分の持論を心の中で復唱した。


 「どれがお好きですか? 」


 「……タマゴ、かな」


 外ごはん効果というものに、「やった」


 タマゴは自信作なんです。なんて、隣の美人が照れたように可愛く笑うから。


 あっという間に三つ目に到達したサンドイッチは、やはりやたらと旨かった。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです(・∀・)これからどうなるか気になります(*´∀`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ