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1-②









 読んでいた本をゆっくり閉じ、あぁもうと、僕は心の中いっぱいに溜息を吐く。


 その綺麗な声で、すぐに誰なのか見当がついたからだ。


 あぁそうだ。見なくてもわかる。


 きっと、いつものように美貌を振りまいて、それでいて、モテない陰キャを勘違いへと誘う。そんな、例の可愛らしすぎるハニカミ顔で、あの可憐な少女はそこに立っているのだろうから。


 いやはや、休日の朝から、またもや面倒な子に出くわした。


 こんな早々と、市営の図書館に来ているような男だぞ、僕は。

 外は気持ちの良いピーカン晴れで、風も涼しく絶好の散策日和。可愛いアナタは例のイケメンとデートのひとつでもしてなさいよ。


 かたや僕という生き物は、家に居ても姉や妹が喧しく、かといってわざわざ遊ぶような友人もいない。

 それを理由に、こんなサイレントな穴蔵に籠もっているのだからさ、それが意味するところを、どうか僅かばかりでも汲み取っておくれ。


 ……せっかくの日曜日に、どうしてこの子はいつもこうなのだろうか。


 空調の効いた中、ゆっくりと朝から晩まで本を読む事を許される場所。

 いうなればここは最後のオアシス。そんな陰キャの聖域を土足で踏みにじる行為はやめて貰いたい。


 僕は、相手方に少しだけ視線を向け、小さく会釈をひとつ。と同時に立ち上がると、隣の椅子を、静かに引く。

 そんなキャラクター性にそぐわない僕の異常行動に、周りのヒト達がどよめいたように思えたが、……これは仕方ないのだ。

 なんせ、お隣いいですかもなにも、結局そこに座りたがる事は今までで学習している。


 初めてこの図書館で遭遇したあの日なんて、僕が気づけなかったのも悪いけれど、ずいぶんと長い間、声をかけあぐねた様子でどうしたものかと右往左往していたようで。

 見かねた司書さんが、『お隣、彼女いいかしら? 』声をかけてくれなければいつまでそうしていたことだろうね。

 見ると、恥ずかしそうに顔を赤らめた彼女が、手にトートバッグをぶら下げたまま、それこそバツが悪そうに足下へと視線を落としていた。


 その時は、周りから『さっさと気づいてやれやボケナスが』といった視線を感じ、ずいぶんと居心地が悪い思いをしたからさ、それならモジモジと、こんな可憐な子が案山子のように立ったままでは、今日も今日とて周りの目があるわけで。――そうなれば、さっさと座ってもらうほうが吉だ。

 それともなにか? もし、僕が一言ダメだといえば、大人しく他所に行ってくれるのだろうか。


 なんて、面と向かって言えもしない台詞が頭をよぎったが、そんな僕の悩みなんてお構いなしに、


 「ふふ、失礼します」


 彼女は笑みと共に行儀良くスカートを抑えながら一礼。


 その際、背負った大きめのリュックが気にかかり、――こんな大荷物、一体何を持ち歩いているのだろうか。――座る際に、おそらく邪魔だろうからと手を差し伸べた。

 彼女は少し躊躇する素振りを見せたが、僕の行動の意図を理解してくれたようだ。

 リュックをこちらへと預け、――中々の重量だな。――ありがとうございますと、図書館という場所を気遣ってか、蚊の鳴くような声。


 しばらくの間、ぎゅっと口を結び、何かを訴えかけるような顔のまま僕を見つめてはいたけれど、何か言いたかったのだろうか。ふぅと諦めたように溜息をつくと、……ようやく、彼女は隣の席へと腰を下ろした。


 それにしても、今日はまた、ずいぶんとラフな格好だ。


 ゆったりとしたTシャツに、淡い色味のロング丈なチュールスカート。

 たぶん、この大きなリュックと合わせたからだろうけど、今日も今日とて、思い知らされる。


 先週だってそうだ。


 可愛らしいショルダーバッグに、少し肌寒かったからか、フェミニンな厚手のワンピース。

 その少しレトロなデザインが彼女の持つ魅力をよりいっそう引き立たせており、わざわざ口には出さないけれど、エグいくらい可愛かったもので強烈に記憶している。

 毎度の事ながら、まるでファッション雑誌から抜け出してきたような美しさに、ホント、スタイルの良い美形は何着ても似合うもんだなと、改めて自分の不格好さが惨めに思えて悲しい。


 僕は、受け取ったリュックを彼女の隣。さすがに床に置くのは憚れたので、空いた方の椅子へと置くと、音を立てないように自分の席へと戻る。


 彼女の、鈴を転がしたような声が届いたのは、そのすぐ後だった。


 「今日も、お早いですね」


 ひとつにまとめたゆるふわの髪、その毛先を手でいじりながら、チラチラとその綺麗な瞳で僕を盗み見てくる。

 僕は、その視線を躱し、間違っても『家に居場所がないもんで』なんて言わない。ただ、「そうですね」と一言だけ。


 とうの彼女は、何やらモジモジと話しかけたそうにしているが、勘弁してくれ。


 先日は、そのおしゃべりに付き合ってしまったため、小声ではあったのだけど、やかましいと言わんばかりに、周りから冷ややかな視線を浴びたばかりだし、まぁ、あれだな。おしゃべりは女の子の特権だと聞いたことはあるが、おあいにく様。


 これ以上はたまらんと、そそくさと手に持った本を開いて、僕は再び活字の世界へ旅立っていく。


 今日こそ僕という生き物は、ここでひとり、のびのびと本を読みたいのだ。

 本音では、隣に誰かがいると気が散ってしまい本に集中しづらいのだけど、今更向こうに行けとも言えないし、だからといって僕が席を変えるのも負けたみたいで口惜しい。


 なんせ今座っているこの位置こそが、今僕らのいる市営図書館随一の、空調と日当たりがベストマッチした完璧なスポットなのだ。


 ちなみに僕は、ここを玉座と呼んでいる。


 そんな王様の椅子を、誰かに譲ろうなんてこれっぽっちも思っていないのだから、あとは僕が我慢するよりほかはない。


 そもそも、話そうにも話題はどうするつもりなのか。


 初対面のあの時から半年。ようやく挨拶するようになって二ヶ月ほどか。


 未だに名前は知らないけれど、初めて会ったときに着ていた制服は、ちょっと離れた進学校のものだったから、だいたい年齢的には同年代。

 せめて、同じ学校に通う生徒ならばいくらか話のネタはあるだろうけど、それすら無いとなれば、……悔しいかな。学力の壁は、そのまま話題の質にも直結する。

 それでいて、身に纏った衣服や小物から家柄は相当なものだと予測できるし、所作のひとつをとっても気品に溢れている。


 片や、僕なんてどこにでも居る一山いくらのモブだぞ。


 着ているものなんてマネキンが悪けりゃ何を着ても一緒だからさ、Tシャツ一枚で二千円を超えれば高級品だ。しかも卑屈で根暗な皮肉屋ときている。


 そんなふたりなのだから、どう足掻いても共通の話題なんてあるわけがない。


 いいとこ天気の話をして、暑いだの寒いだのと気温の話をすれば、はい終了。

 無理に話してボロが出て、バカみたいな事を口走るくらいなら黙っていた方がマシ。

 もとより、彼女が僕に近づく理由も未だ不明なままだし、もしコレが僕に対するイタズラだったらどうするつもりだ。


 美人に舞い上がるパッとしないモブ。


 必死で仲良くなろうと頑張るモブ。


 それを、自分の知らないところで笑いものにされるモブ。


 あぁ、イヤだ。そんなヒドい仕打ち、御免被りたいね。


 それこそ過剰なおしゃべりは身を滅ぼすことになりかねない。

 となれば、だんまりが正解だよ、恐ろしい。








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