99 トカゲの尻尾
「しかし、将軍。王都観光に行った時に練兵場で王国軍を見たのですが、凄いですね。王国軍兵士は幼少時から兵士になるために一生賭けて訓練しているとしか思えない。数は少ないそうですが。」
「うむ。伊織殿。国軍総司令マッケンが採用時点から直接直々に選抜しておるからな。マッケンは訓練でも兵士と寝食を共にしておる。見に行かれた時にマッケンが留守だったのは惜しかったな。居る事のほうが多いのだが。」
…兵士の膿も吸い出しそうな司令官だな。呉起みたいな…
「あと、砦が変な場所に有りました。砦自体はなかなか凝った造りでしたが。」
「レブン砦か…あれも3代前の国王が造ったものだ。今もマッケンが管理していて空堀も実戦に耐える深さを維持している。」
「王都の北東でなく、東に有るのが面白いですね。」
「当時は今ほどエフタール王国も落ち着いては居なかった。内憂のほうが外患よりも直接的な脅威だった。建前では外患に備えて作ったことになっているが、誰の目にも内憂…現・オリーミ公の祖父への備えだ。それで、あのような微妙な位置に有るし、終始マッケンの管理下にある。それもあって、マッケンは筋金入の反オリーミ公派だよ。」
国軍が魔物戦に動員される可能性は皆無と判断して良さそうだな…そして国軍が神権・聖ハスモーン唯一神帝国と同じ旗の下で戦うことも、まずありえない…と…。やれやれだ。現代版の呉起と戦うなんて、論外だからな。
「そういう骨のある司令官が健在なら、エフタール王国も当分は揺るぎませんね。」
「うむ。じゃが、現国王もマッケンも高齢だからのう。故に尚更、オリーミ公が次期国王に成る目を潰しておきたい…それがマッケンの狙いじゃろう。」
「それは今回の敗戦でほぼ達成されたのでは?」
「伊織殿の目にも敗戦と映るか。」
「これだけ大動員して成すこと無く終われば、誰の目にも敗戦ではないのですか?」
「…貴族のほとんどは戦が解っておらぬのでな。死体の多いほうが敗けといった程度の認識のほうが多いぐらいだ。そうか。一般人のほうが動員の負担は直接感じ取れるので敗戦と判るのだな。」
宮廷闘争の援護射撃という意味では、もっと軍を痛めつけたほうが良かったのか。だが、王国軍にも被害が出ていれば、部下の不始末を拭いにマッケンが出てきたかもしれない。一長一短か。
「今回の大動員では、ムロータ将軍は貧乏くじでしたね。統制の取れていない大軍を与えられたところで気苦労ばかり多くて使いにくかったでしょうし。先鋒も外様のセイコ・サオリですし。」
「それはそうだな。そもそもオリーミ公の私兵はろくに訓練もされていない傭兵の寄せ集めだ。それで今までそれなりの戦果を上げてきているのだから、ムロータ将軍も無能ではないのだがな。」
確かに全くの無能という反応では無かった。一度会っただけだが。尊大では有るが無理を通すというわけでもない…
「彼はどうなるのでしょうね。」
「気の毒だが、敗戦の責をとらされて国外追放は免れまいな。」
「…そうですか。仕方ないですね。ああ、そうそう、だいぶ前ですがサールトの店に行った時珍しい人とすれ違いましたよ。アモール司祭?プレーナ司教?とか名乗っていた聖ハスモーン教のお偉いさん。暑い時期だったのに、ゴテゴテした衣装で教会を造るだの言ってましたね。自分達のほうが倍ほどケバケバしい衣装なのに、我々の衣服にグダグダ文句言ってきたので、一言言い返してやりましたよ。」
「聖ハスモーン教か…貴族の間でも問題に成っておるのだが、袖の下を貰っている連中も多くてな。禁教の動きも有るが足並みが揃わぬ。」
「禁教はどうかな…ああいう連中は禁教とかされると返って結束を強めて意地になりますからね。大都市の金目当てですので禁教はせずに、違法行為で取り締まってはどうです?」
「違法行為?」
「聖ハスモーン教は勝手に信者に1/10税を掛けているとか。徴税権侵害で堂々と取り締まればいいのでは。その取締をエフタール王国全体の方針として…誰でもいいですが、マッケンさんのような堅物に任せる。片っ端から違法行為で召し上げて国庫にいれてしまえば良いのです。」
「だが布施だと言い張るだろう、向こうも。」
「布施なら金額の決め事はできません。信者が好きに寄付するなら布施でいいですが。金額が指定してあれば徴税です。その線引は容易でしょう。怪しい物言いしていたら、全部拡大解釈して違法で断罪しちゃえばいい。」
「なるほど。つるんでいる貴族に四の五の言わせぬように、エフタール王国全体の徴税正常化の組織を造るわけか。そうすればオリーミ公領でも堂々と取締が出来る。有無を言わせぬ武力の後ろ盾が必要なので、マッケンに睨みを効かせて貰う…行けそうだな…」
「…伊織さん。あなた元の世界では宮廷貴族の秘書とかしてたのですか?」
「ヴァーミトラさんには理解しにくいでしょうが、元の世界の商人は巨大な規模になっているのが多くてね。組織内部での権力闘争がお盛んなのです。平社員に毛の生えた程度の役職だった私なんか、初心者ですよ。」
「いやいや、伊織殿。いまの一事でも商人を顧問にするべきだと痛感した。根本的に視点が異なるのだな。今日も実に実りの多い一日になった。伊織殿にはこれからも色々教えてもらいたい。」
…
…
将軍邸を後にして家路につく。とにかく出来るだけの種は蒔いた。あとは上手く育ってくれるといいのだが。ムロータ将軍、追放確実とは………ん?それにしては変だ…。傍目に見ても追放確実なら本人が理解していないはずがない。なのに、いまさら在野の参謀を広く募るのはおかしい。まさか、初歩から勉強し直す知的好奇心ということでも無いだろうに…
「ご主人様?」
「いや。好事魔多し…などと言ってな。上手く運んでいるように見えるがお釈迦様の手の上のような、嫌な感じが微かに有る。ダナイデ、なんと言っても一番危険である事に違いないセイコ・サオリの件を、キッチリ処理しおこう。ヒュドラの件、詰めてくれるかな。」
「旦那さま、これだけ上手く運んでもまだご心配とは…ハゲますわよ。」
「ハゲ…って。背後霊のお姉さんが指摘した、相手方に俺のような人間が出現する…その可能性に備えて相手側の使える駒を奪っておきたい…今のうちに。」
お姉さんが残り時間を気にしていたのは、これもボンヤリ見えていたのだな…
こんど出てきたら、ちょっと褒めておこう。




