72 別荘
朝の光が眩しい。今朝は誰も居ない一人の目覚めだ。…初めてだな。
「ご主人様、はい、どうぞ。」
ミドリが炭酸水を持ってくる。先に起き出していたようだ。
なにやら、またダナイデ様が裏で糸を引いているような気がする。
「今日はまっすぐヘルマンド川に行き、マーマナ呼んで黒の海に行こう。」
「ご主人様、ではナーガ罠の交換の10個を積んでおきますね。」
唯一神帝国の事もあるが、別荘のほうが重要だ。
魔物との関係がバレたときの疎開先でもあるしな。
「主さまも、皆も乗って~~どんどん行くよ~~。」
マーマナを呼ぶと言ったからか、テイルがやたら前向きだ。
ダナイデ様に完璧にブラシングされた尻尾を高々と振り上げて急かしている。
テイルは結構、好き嫌いがハッキリ行動に出るよな。
ファルコンノートとの会談の時もテュロスだけ相手にしていたし。
「テイルは見た瞬間に相手の人間との相性がわかるようだが何故なんだ?」
「?主さまは臭くても平気なのぉ~?」
「俺は臭くなかったのかな。」
「主さまは、良い匂いがするの。ミドリちゃんも違う匂いだけど、いい匂い。」
犬が、犬好きの人間かどうか即座に見破るのも匂いだと聞く。
犬好きの人から出るホルモンの匂いを嗅ぎ分けているとか。
テイルが売れ残っていたのが不思議だったが、買いに来た連中が皆臭かったのか。
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ヘルマンド川に着き、呼石を使う。あとはマーマナを待つだけだ。
ミドリが舫いである、小舟を引き寄せている。
この世界の小舟は公共財のようで、自由に使えるようだ。
「主さま~~、罠の入れ替え終わった~~」
「テイル、ありがとな。」
マーマナを待つ間、ダナイデ様の膝にテイルが顎を乗せてくっついている。
完璧に懐いたな。マタタビの匂いでも出しているのだろうか。…やりかねん。
「旦那さま。あれはマーマナちゃんでは…」
川面を一筋の波が貫いて高速でこちらに進んでくる。
周辺の下級の魔物が逃げているのか、あちこちで飛沫が上がっている。
「お待たせー!!」
アシカのように水面から飛びはねて船縁にマーマナが上がる。
「呼び出してゴメンな。マーマナ。別荘の下見に連れて行ってくれるかな。」
「うん、いいよー。今日は凪だから丁度いいね。」
4人が乗った舟をマーマナが曳いてくれる。風が心地よい速さだ。
「ご主人様、これなら2時間もすれば、黒の海に出れますね。」
贅沢な川下りだ。マーマナが居るので下級の魔物と全く出くわさない。
「あ…ミドリさん、お嫁さんになったんだね。」
「マーマナちゃん、今夜はテイルの番なの~~」
今夜…だと。望むところだ!!と言いたいが32歳。連戦はちょっときつい…
「マーマナさん、旦那さまが別荘造られたら、その次は貴女の番ですね。」
「はい、ダナイデ様。そのつもりで毎日、長老様にお話を聞きに窺っています。」
…ダナイデ様、もう職業は『遣り手婆』になっているな、きっと…
「あら、旦那さま、マーマナさんの次は、勿論、私ですのよ。」
んな!! 本当に4番めに…。ダ、ダナイデ、さま、を、俺が……ごくっ…
「合理的です。ご主人様。」
…ミドリは今朝起きた時居なかった。さてはダナイデ様が暗躍していたからか…
「ぅ…うむ。是非に及ばず…以後も、よしなにお願いする…」
歴代将軍のご身分が羨ましかったが、案外、きつかったのではなかろうか…
60過ぎてから16番目の実子を産ませた家康の凄さよ…
「主さま~~、すごい、ひろーーーーい。」
黒の海に出たようだ。天候が良いので澄んだブルーの綺麗な海が広がっている。
ミドリの話では、西の『大海』から東に入り込んだ横に長い『中の海』が有る。
『中の海』東端の海峡を経て、北北西に空豆の形の『黒の海』が有ると云う。
「マーマナ。エルブール山脈って、遠いのかな。」
「黒の海の北東だから、すぐだよ。イオリ。」
人の姿は全く無い。この世界では人間の海洋進出はほとんど進んでいないようだ。
黒の海の北側は未開の地ということなので、別荘が出来れば避難場所に最適だな。
「イオリ、ココが前に話した、海が湧いている場所でボコボッケだよ。」
海と繋がった、浅い池のような場所があり、池の中央が湧いている。
満潮時だけ海とつながる場所で普段は海と切れているらしい。
「中央が湧いているだけだ。端っこはぬるいな。コレなら風呂に使えそうだ。」
「ご主人様、塩水ですが、良いのでしょうか。」
「大丈夫だ、ミドリ。温泉も塩水のがある。後で体を真水で洗えば良い。」
風呂は良いが家をどう造るかだな。マーマナが自由に出入りするためには…
「水上住宅にするか?」
「旦那さま。それは?」
家全体を海に張り出して造る。
家から緩いスロープを海に突き出して、マーマナが上がって来れるようにしたい。
「イオリ、有難うー、マーマナ嬉しい~」
「そりゃ、マーマナと過ごすための家だからな。当たり前だよ。」
ミドリもテイルも頷いている。
ダナイデ様は謎の微笑み…全部見透かされてるようで、まいったな…格が違う。
「では旦那さま、今から造って宜しいですか。」
「え?ダナイデ様が建築のですか?」
「他ならぬ、旦那さまとの住まいですので。」
ダナイデ様が能力を使う場面を、皆が初めて見る。
ダナイデ様が鈍く光るや、奥の地面から生え出た樹木が見る見る成長して海に張り出し、家もスロープも、テイルの足場まで形成してゆく。
「ふぁ~~ダナイデ様、すご~~い~~」
「うぁ…これは初代様だけの術…」
「ご主人様、初代さま…って??」
「あ、いや。独り言だ。ミドリは気にしなくていい。」
中に入ってみる。マーマナもスロープから上がってくる。
総木製の継ぎ目のない一木造りだ。
水道までついている。樹木の道管と同じ構造で地下水を汲みあげているのだろう。風呂の横には体を洗うためのシャワーまで造られている。勿論トイレも水洗だ。
心配したベッドは巨大寝台が一つだけだ。ダナイデ様はよく理解しておられる。
「ダナイデ様、有難うございます。建築をどうするか困っていました。」
「もぅ、ダナイデと呼んでくださいな。でも、喜んで戴けてよかったですわ。」
「ご主人様、今日から住めますね。」
「旦那さま、数日滞在されてはどうですか。」
マーマナも袖を掴んで見つめている。テイルは…もう屋上に行ってしまった。
どんどん深みに嵌りこんでいくようだが、ココまでお膳立てされては…。
「ぜ、是非に及ばず。暫く滞在しましょう。」




