189 対面
「これは、凌げた…でいいんだな?伊織。」
「ああ。どうやらそうらしい。中級指揮官狙撃は敵の組織の弱点をえぐったようだ。幸運にも…」
「狙ってやったのではなかったのか。」
「全くの偶然だ。敵があんな目印つけてなければできなかった。で右側はどうだ?」
「かなり危なかった。右の連中はこの砦にとりつかずに奥の第2防衛戦の堀にとりつきかけていて半分埋められている。敵にも状況が見えている奴が居るものだな。」
「まあ、どこの軍隊でも才能のある奴が其れに見合った地位に居る事は案外少ないからな。抜擢されてなかったことは我々に運が向いていたんだろう。」
しかしコレでもう敵全体での組織的な総攻撃はできなくなっただろう。いよいよくるか。
「旦那さま、ニケのエフソスが来ます…」
あっけに取られているガラディーを無視して俺の前に降り立つエフソス樣。
相変わらず、氷のような美しさだ。
「伊織。本当にこうなりましたね。」
「エフソス樣、ありがとうございます。お呼び立てしてすみません。」
「どうやら伊織が言う通り、この戦いが終われば本当に数百年退屈な日々になってしまうのですね。」
「はい。ここで我々が勝とうが負けようが、もう当分戦いはなくなります。我々が勝てば帝国も当分国内再構築に専念するしかない上、さんざん堕落の種を蒔いたので戦争なんて苦行をしたがる人間はでてきません。我々が負けた場合は帝国の汚い核兵器による恐怖支配がはじまってどこも逆らえなく成り、やはり戦争は起きず帝国への陰湿なテロが散発的に発生する程度でしょう。」
「そうですか、で、伊織に協力すれば数百年間の退屈に耐えられるだけの知識をコピーして貰らって良いと?」
「はい。私の元の世界では数千年も戦つづきだったので膨大な戦史の知識を持っていますよ。半分ぐらいは忘れちゃってますが。でもエフソス樣なら私の意識の中、無意識までまるごとサーチして全部コピーできるでしょう。私が考えた事があるIF?ルートの戦史も得られるはず。数千年分の戦いの記録です。数百年の退屈は余裕で埋められるでしょう。」
「なるほど…取引としては成り立ちますね。ですが、狙撃目標が私ではわかりませんよ。」
「それはコチラでわかるように手引しますので。」
「なにか手があるのですね。良いでしょう、それまで高空で待機していましょう。」
…
…
「い、伊織。いまのお方は?」
「元、戦神さまのエフソス樣だ。今では亜神というか、魔神というか、スサノオ…と言ってもわからんか…とにかく、結構怖い人だ。」
「伊織は謎がおおいな。」
「ガラディーもさほど俺とかわらないぞ。そこのダナイデだって、本当はダナイデ樣樣樣だぞ。」
「ダナイデ樣は我らに恵みをわけてくださる。勿論弁えているつもりだ。」
「ならいい。」
「ご主人樣。また敵が動き出しました。投石機があちこちバラバラに散らばっていきます。あんなところへ向かって何を…」
「ガラディー、ベレヌイ、どうだ、見えるか?投石機に乗っているのは赤い目印の奴か?」
「…うんー、ああ、そうだ、赤い奴が一人ずつ乗っていて指示しているようだ。黄色いやつも一人か二人乗っているな。」
「ご主人樣、中央から一台雲梯がでてきます。誰か乗っているようです。」
「伊織、雲梯に乗っているのは目付きの悪い陰気な若者のようだな。」
埋まった正面の堀際まででてきた雲梯が止まる。同時に敵軍の動きも止まり静寂が訪れる。
「い、お、り さーん。居るんでしょ、出てきなよー。」
「黒幕のご指名のようだ。ではちょっと相手しようか。皆は少し下がっていてくれ。」
正面の城壁最前列に立ち双方が直視できるようにする。眼下は死体や見捨てられた負傷者がうめいている。
考えてみれば俺自身が大衆の面前に立つのは初めてだな。最初で最後であってほしいが。
「呼んだかな。俺の方は用はないが。」