172 防衛構想
帝国から戻ってすぐ、ヴァーミトラは上司に復命に行った。勤め人は大変だね。ま、俺たちも仕事山積しているのでやることやらないと。
「しかし、帰ってきたら学校が拡張されていて専用の建物が出来ていたのには驚いたな。」
「伊織が帝国にいっている間に子供の親達が造ってくれたんだよ。学校と言っても雨風が凌げるだけの小屋だけどね。」
「子供の親に大工も居た訳だ。」
「大工さんも居たけど、この程度の小屋ならみんな自分で作る事が普通なんだって。」
「しかし、3つも良く造ったな。ほんの数日なのに。」
「『虹の架け橋』の3人がそれぞれで使えるようにって。」
「で、お前たち割り算や分数が教えられるのか?」
「うっ…」
「まあ、自分たちが教えてほしいぐらいだろうからそこはいい。実用的な四則演算と、分数少数の概念ぐらいまででいいだろう。それだけでも、詐欺に会う事が激減する。」
「そ、そうよねー、実用本位でいいよねー。」
「国語や歴史は大丈夫だろうし、法律関係は転移者では無理だしな。でのこる重要ポイントは理科だが、やっているのか?簡単な物理とかは実用的だが。」
「…」
「明後日向いてないでテコの原理とかネジの意味ぐらいはちゃんと教えておけよ。」
「テコはわかる…たぶん…ネジは…なんでネジで締まるのかな?」
「ふぅーーー。さすがとしか言えん。」
「ま、まあ、ネジは実物があれば、実演すれば体で理解できるよ。」
「確かにそれもそうだな。暇な時に作らせておくので、上手くおしえておけよ。」
怪しい先生になった『虹の架け橋』の3人はそれ以上の追求を恐れてそそくさと自分の小屋に逃げていった。
「ご主人様、分数?ですか?」
「ああ。ミドリならちょっと聞けばすぐに分かることだ。暇な時に後ろで聴いていればいい。ネジは坂道の応用だけど、こんなものだ。」
ミドリにねじ釘の絵を描いて渡す。
「この切り溝は均等にな。なだらかに先に行くほど尖らせる。時間が有る時にミドリのスキルで造ってみればいい。これを釘の代わりに板とかに貫通させて、グリグリ回して行くとすごくキチキチに締め付けてくれる。釘の数倍の強度になるんだ。」
「そうなのですか。数倍…」
「さて俺たちは俺たちで準備しないとな。セメントと火薬、原油といった基礎素材の備蓄、大量の竹筒などの武器の原材料。それに肝心の食料の備蓄といったあたりか。魔物以外にケルート人の援軍が期待できるとは言っても、ケルート人は長期戦には慣れていないので、しっかり衣食住の環境を用意しないといけない。冬のうちに黒の海に突き出ている半島に要塞を造っておかないといけないしな。」
「塩湖方面はどうしますか?」
「塩湖方面は来襲する敵艦の数も少なそうだし、空襲とメガロドン達で対処できると思うが最悪の場合は上陸させてもいい。船さえ沈めてしまえば少数の部隊だ。補給切れですぐに動けなくなる。まあ、相手もわかっているだろうけどな。こちらの飛行できる魔物を一時的に引きつけて黒の海の主戦場の序盤の被害を減らす程度の狙いだろうから。案外そこそこ時間稼ぎできれば上陸せずに撤退するのではないかな。」
「なるほど、そうですね、上陸出来たところで補給が続かないし、補給線を造っていくと前に出れば出るほどに前線部隊がやせ細ってしまう。」
「そういうことだ。」
「半島部分の陣地はどんな陣地になるのでしょう。」
「本当は水際で防衛に固執するのはあまりよくないのだが、今回はちょっと事情があってな。まさかの場合にそなえて後方に予備の防衛線はつくっておくが本気で水際防御するつもりだ。半島への着岸点に乱杭を打って船が岸に直接接舷できないようにする。それで敵兵には水泳してもらう。岸付近の湖底を掘って上陸も阻害する。岸には逆茂木を設置する。鉄条網があればいいんだが、ちょっと作れないし無理だな。代わりにケルート人の足罠も併用する。あれは現代でも有効だろう。さらに、3層の空堀を掘って進撃を妨害する。空堀のこちら側には複数のトーチカを造って狙撃拠点を作り要塞からの曲射とトーチカからの平射を同時にできるようにする。」
「トーチカ?」
「数人が籠もれるだけの、簡単な要塞だな。危なくなれば要塞まで撤退できるように、塹壕でつないでおく。こんな感じだ。」
要塞の前面に横にトーチカが並んだ平面図とトーチカの絵図面をざっと描いて見せる。
「これではとても上陸も進撃もできそうに思えませんが…」
「相手の武器が不明の部分が多いからな。トーチカにも弱点があるので案外すぐに突破されるかもしれない。」
「そうなのですか。」
「相手も当然いろいろ準備してくるからな。」
「旦那さま、食料はどうなされますか?」
「穀物を溜め込むのはいいとして、魔物もケルート人も肉食系だからな。燻製と塩漬けが現実的か。そうだ、ウシュクつかってアルコール漬けでも保存が効くな。どうせ酒も必要だ。」
「御主人様。セイコ・サオリさんも、今なら手助けしてもらえるのでは?」
「それも少し考えたが辞めておこう。やぶ蛇になった場合が怖い。それに勇者は魔物には無敵でも人間相手に同じという事ではないし。」
これが完成すればかなりの長期間は支えられるはずだが。帝国軍側も俺の予想した程度の防具はちゃんとしておいてくれよ。でないとすごい大量の死体の山が出来てしまうぞ。
明日は病院行きでお休みです。
よろしくおねがいします。