171 魔王候補
帝都での演奏も無事に終えて帰路につく。帝都ではあたえられた岩場の会場以外で下町ゲリラ公演をやったが妨害もなく普通に終了できた。枢機卿は本当にまるで俺たちには興味が無いのだろう。
「伊織さん、枢機卿はなにも仕掛けてきませんでしたねー。」
「あれ?ヴァーミトラさん、なにか事件が有ったほうが楽しかった?」
「そんな。伊織さんじゃあるまいし。でも、枢機卿って何やってるんでしょうね。普通、特別に友好国でもない隣国から怪しい使者がくれば、目的探りません?」
「んー、たぶん今の枢機卿はエフタール王国に興味がないのじゃないかな。前の枢機卿が失敗して関係が悪くなっている時期だしわざわざ警戒されている方面に浸透しようとは思わない…とか。」
「そうなんだー。まあ、見た感じでは軍事力はエフタール王国のほうが勝っているようだったし現実問題、エフタール王国方面に打って出る方法はないのかー。」
「たぶんね。王様にはその方向で報告しておけばいいと思いますよ、ヴァーミトラさん。」
「旦那さま、それについてですが、塩湖方面の偵察報告が入りました。」
「え?伊織さん並行して塩湖側の帝国も偵察していたの?どうやって?」
「手段は内緒だ。王様にも適当に言っといてください。で塩湖方面はどうだった?」
「はい。あのクレーンとか言われたものと、たぶん同じものが有ったようです。そして大型の船も。数は黒の海で見たよりもずっと少なくてクレーンは3基だけだったと。」
「塩湖方面は陽動だな。」
「ですね、御主人様。」
「え?陽動?って、帝国は今度は自分で魔物領に攻め込むの?」
「…ほかにアレだけの船を使う相手が居ない。」
「あれだけ手酷く敗れたのに。」
「まあ、敗戦の原因がオリーミ公と思っているんだろうな。それは間違いではないがけどな。戦術的には…だが。」
「でも、あれだけの大軍をほとんど無傷で撃退する魔物だよ。組織行動もしていたようだしちゃんと魔王が指揮し始めたとなると個々の戦闘力では人間の数倍あるから勝負にならないよ。」
魔王ねえ。まあエフタール王国のお偉いさん側からみればそう映るか。
「魔物領に攻め込むのは失敗しても被害が限定できるからな。元々交渉の無い相手だから絶縁状態になっても不利益は生まれない。せいぜい侵攻軍が全滅する程度だ。ま、魔王の怒りを買って逆侵攻されたらその限りじゃないが。」
「あー、それで伊織さんも枢機卿をまともに相手しなかったのか。敗戦すればまた枢機卿交代だから。」
「今の枢機卿は好戦的だそうだからな。大敗すれば当然更迭されるだろう。」
「でも勝ち目あるの?オリーミ公の時はセイコ・サオリが加わっていても攻めきれなかったのに。」
「そりゃあ手段がいろいろ有るから攻め込むのだろうな。現場指揮官としてムロータ将軍は決して無能ではないし、新しい軍師もスカウトしてるし。徴兵して数ヶ月訓練すれば一応軍の体裁は整うでしょ。それに加えて新軍師がなにか切り札提示して唆せば、後のないムロータ将軍はそれに乗るだろうし、南西方面で博打に成功した現枢機卿も『もう一丁やるか!!』ってなるかもね。これに成功すれば、独裁体制に持っていける目もでてくる。」
「そんなことのために動員される信者さんに同情しますよ。」
「ヴァーミトラさんもタダ働きさせられた当事者だったしね。」
「で、伊織さんはどうするの?王様との話では魔物とも取引しているようだけど。」
「まあ、大切なお客様だし情報は流しますよ。それで本当に帝国が攻め込めば俺の信用も天井知らず。さらに取引がしやすくなるし。」
「しかしすごいね。本当に魔物と普通に交渉してるんだ。」
そのキッカケ造ったのはヴァーミトラさんなんだけどな…
「魔物たちは皆律儀でね。取引で贋物掴まされた事も皆無。人間よりも無駄に駆け引きがないので信用できますよ。魔物の嫁もいいかもな…と最近では思ってますよ。」
「は、はは。伊織さんならやりかねない気がする。」
「とにかく、帝国はエフタール王国に仕掛けてくる可能性はほとんど無い…枢機卿の地位は結構脆弱だ…こう報告すれば王様に褒めてもらえそうで良かったですね。」
「まあね。…で伊織さんはどっちの味方するの?」
「うーん、そうねー。枢機卿の敵?かな。総大司教の爺さんの環境をもうちょっと良くしてあげたいかな。それはエフタール王国にとっても悪くないでしょ。」
そうだ。今回の戦いで魔物領も味方に成り得ると王国が認識できれば魔物領も平穏無事になるかもな。次期当主のニザーミ様もコッチ側だし。魔物の後ろ盾のある若き女性当主か。ニザーミ様が一番魔王にふさわしいかも。




