170 枢機卿
総大司教のお膝元を離れ王宮に向かう。神権政治で王宮もおかしなものだが枢機卿本人がそう呼んでいるので王宮なのだろう。その名称だけでも信仰心皆無であるのが解りそうなものだが。
「あれが王宮のようです、御主人様。」
砂漠の中にポツンと有る都市で外敵などわざわざ来るとも思えないのだが最前線の砦並に物々しい。南にある大手口は左右から10m以上引いた凹型になっていて、一種の枡形を構成している。城壁の上には数人だが弓兵も常駐している。造ってもすぐに砂で埋まってしまうのか空堀は無い。
「枢機卿は民衆にかなり嫌われているようだな。」
「え?伊織さんそれじゃあ、この砦と云うか王宮は外敵相手でなく不満分子対策?」
「ああ。ヴァーミトラさんも知っている通り、歴代枢機卿は膨張政策をとり続けて国を大きくしてきているからな。内政はかなりおざなりだろう。民衆はべつに国を膨張させてもなにも良いことはないからな。徴税の分母が増える為政者は膨張したくてもね。」
「確かにねー。外征続きだと軍の消費分は確実に増税になっているだろうし、もう辞めてくれとは思っているよねー。」
「しかし、それにしても弓兵常駐はやりすぎではないのでしょうか。ご主人様。まるで民衆と敵対している印象です。」
「どうだろう。案外頻繁に小競り合いがあるのかもな。それなら無関係の民衆にも説明が出来るしな。それより、こういう状況だと王宮での演奏はおそらく無いな。観客は入れないだろうし、枢機卿も早々に俺たちを厄介払いして追い出したいだろう。王宮から離れた、どこか、町外れの広場ででも用意していると思うぞ。」
「伊織様、私はそんな枢機卿に聴いてもらうよりも砂漠の中ででもたくさんの人の前で演奏したいです。」
「全くだ。ベレヌイの云う通り、金と権力にしか興味が無い連中には馬の耳に念仏だからな。」
「念仏?」
「あー、一応有り難い教え…でいいのかな。」
「主さまー。賢い馬ならある程度理解出来るよー。いろいろ話もできるんだよー」
「うっ、確かにテイルなら話せそうだな。じゃあ、ネコに小判。」
「小判?」
「俺の居た国の昔の貨幣だ。こちらの金貨とか白金貨みたいなものだ。」
「あー。ネコは光るものよく持っていっちゃうよねー。賢い猫は金貨銜えて漁師さんのところに来て魚貰っているの見たこと有るし。」
「そ、そうなのか。それは強かなネコだな…」
…
…
「此度は遠路の訪問、痛み入る。」
やはりな。まるで王様気取りだな。ぎりぎり玉座が無いので王ではない体裁だけ維持しているが。
違うのは官僚の地位が王国より高そうって感じか。王国では左右側面に居並んでいたが、帝都では正面。枢機卿の左右に並んでいる。ちなみに奴は居ない。
「王宮はこの通り政務を執り行うだけの機能なので演奏は郊外に特設会場を造ってある。町の者たちも集まっておるのでよしなにお願いする。」
枢機卿と話してもなんの意味もなさそうだ。ただ礼だけして早々に退出する。
「伊織さんにしては、あっさり終わったね。」
「ヴァーミトラさんも見たでしょ。アレと話する価値ありますかね。明日には誰かが取って代わっているかもしれない感じだし。」
「確かにねー。俺たち相手よりも左右のライバル相手のほうが重要みたいだった。王宮の物々しさは同僚のクーデター対策なのかもねー。」
宗教組織内部での主導権争いか。だいたいドロッドロになるんだよな。総大司教がココと縁切り状態に近いのも当たり前か。奴も居なかったし監視する価値もない相手ということだ。
「ま、俺達に関心がないのは有り難い。好き勝手に帝都で工作し放題だからな。」
「今度は子ども達も居てそうですね。ご主人様。」
「そうだな。子供、そしてその母親をコッチがわに付けないと長期的に安定しないからな。」
「男はどうでもいいの?伊織さん。」
「女子供取り込んじゃえば、男共は友釣りで一網打尽でしょ。ヴァーミトラさん。」
「否定できないのが悲しいよ…」
「ヴァーミトラさま、殿方はたっぷりお酒で堕落していただけるので、よろしいのでは。子供さんにはお酒は使えませんし。」
「同じ内容でもダナイデさんのお話だとすんなり受け入れられるのですけどね…ミドリさんが伊織さんの正室を務められているって、偉いなあと感心しますよ。」
「ミドリは合理的だからな。表現の差で左右されるような非論理的なものに流されることはない…だろ?」
ミドリがおおきく頷いている。さすがミドリだ。
「主さまー、あそこかなー?いっぱい人が集まってきてるよー。赤ちゃん連れてきてる人も居るよー。」
小高い岩の丘に人が集まっている。なるほど、ココなら砂が少ないしすこし高いので埃も飛ばされていて一番良いのかもしれないな。
「日差しは強いですが、風通しもよくて良い場所のようですね、御主人様。」
「そうだな。背後に衝立は無理だけど、それ意外は悪くないな。他のことは考えずに演奏に集中して楽しもうか。」