160 宣戦布告
「ああ、わかっている。ミドリ。皆も気が付かない振りで無視するようにな。」
目付きの悪い、昼間に出てきたら日光で溶けるのじゃないかと思える高校生ぐらいの陰気で場違いな男が居る。俺も昔はああだったよな。社会に出て嫌々でも組織の歯車になって働く過程で何重にも自我をコーテイングすることで一般人並に擬態できるようになったので忘れていた、かつての自分の姿だ。明らかに周囲から浮き上がっているのが最近の転移である事を示している。
「主さま~…きもちわるい人なのーー……」
「旦那さま、あの方はちょっと流石に……」
「ご主人様、あれは論理的に拒否です。」
「ご主人様、あの人怖い。」
「拒否です。」
「ちょっ、皆、落ち着け。実はだな。俺もアレぐらいの年齢の頃には、あんな感じだったんだ……」
「ご主人様、それは非合理的です。有りえません。」
「旦那さま、ミドリさんの云うとおりです。森に帰りたくなります。」
「まだ見てます。こわい……」
解ってる、そうだったよ、確かに。しかし散々な云われようだな。俺は子供と動物には結構受けがよかったんだが、ミテオを怯えさせ、テイルが無視する程とは。かつての俺のレベルを越えているのか。
「冗談ではなくて、ほんとに昔の俺の雰囲気を纏っているんだ。つまり、その、相手もすでに俺を認識したかもしれない。」
「旦那さま、どうされます?予定を修正されますか?」
「いや、昔の俺に雰囲気が似すぎていて気持ち悪かったが、予測していた相手の想定の範囲内だ。というか、そのまんまだ。すでにいろいろな計画も実行段階。いまさら手を変えると今まで指してきた手が無駄になる。予定通りで行こう。」
何食わぬ顔で役人に先導されて準備されていた客殿で町の長と休憩をかねた茶話会になる。町の長がいろいろ話しかけてくるが皆気もそぞろだ。まずいな。
「せっかくお気使いいただいているのにすみません。皆初めての長旅でへばっているようです。長殿もぜひわれわれの演奏をお楽しみ戴くことでお礼とさせてください。」
「そうでした。これは気が付かぬ事で申し訳ない。ではしばしご休憩の後、公演ということでよろしくおねがいします。」
国境の町でエフタール王国の商人も多くが入り込むため帝国臭はあまりない。雰囲気は自由都市と言ったほうが近い。帝国全体がこういう感じになれば、あまり警戒せずとも良くなるのだが。
「皆ちょっと毒気にあてられたようだが、気にするな。どうせ皆には何もしてこない。…と思う。」
…皆にはな。もし奴がかつての俺同様であれば、恐らくは…いや、まさかな。
皆一息入れた後、三々五々演奏の準備を始める。演奏は先程馬車を止めた広場で行うようだ。準備をしていると広場への出口で奴が俺に流し目をしてきている。
…ちっ…やっぱりそうくるか。仕方ないな。もうお互い偽装は無意味だ。
「皆、準備をして待っていてくれ。俺にお迎えだ。」
俺が出口に向かうと奴が先導して人気の無い場所へ誘導する。
「ここらなら大丈夫だよ、おじさん。」
「ああ、そうだな。」
「ちょっと意外だったよ、まさか僕の相手がおじさんとは思わなかったから。」
「それは残念だったな。」
「でも、丸くなるもんだね。僕でも丸くなるのかな。」
「たぶん、ならないのじゃないかな。」
「だよねー。」
「ああ、昔の俺より君のほうが突き抜けている感じだ。」
「あれ?褒めてくれてるのかな。」
「まあな。よくそこまでとは思うよ。」
「おじさんは何に嵌ってたの?」
「そうだな、どれも今から思えば中途半端だったな。だから君に言えるほどのコレと言ったものは無いな。」
「なーんだ、それじゃすぐに終わっちゃうよ。」
「そうでもない…と言いたいが、チートアイテムかな。」
「なんだバレてるのかーって、それぐらい常識だよねー。おじさんだって今まで使ってきたんでしょ。」
「いや。俺は君のように運営にたのまれて来たわけじゃないからな。一般ユーザーだよ。」
「えーそうなんだ。それ知ってて抵抗するの?」
「まあな。一応はな。」
「珍しいタイプだね。でも運営はもうこの世界どーでもいいみたいだよ。サクッと潰して次行きたいって感じだったなー。終了前のヤケクソ大盤振る舞いって感じがアリアリだった。」
「ふーん。潰さないと次に行けないのかな。」
「それならとっくに潰れてるでしょ。出来の悪い放置垢がチラチラ目につくのが癇に障るだけで。」
「そうかそうか。もう別垢も走らせてるのか。で君はどうやって離脱するんだ?」
「ご心配なく。チート使い切ったら自動で離脱できる設定になっている事まで聞き出してから来たから。」
「ほう。流石だな。で一般ユーザーの離脱方法は…」
「ないよ。最初から造ってないみたい。」
「だろうな。」
「それじゃ、宣戦布告はしたよ。あとハンデで今回の帝国内での行動には、俺は何もしないから安心してていいよ。」
「それはご親切に。」
…
…
「旦那さま…」
「ああ、もうお互いバレバレだったからな。宣戦布告されたよ。あと、この公演旅行では奴はなにもしてこないって言っていた。」
「旦那さま、それだけでも良かったですね。」
「いや。無意味だな。奴は 『俺は何もしない』 としか言っていない。やつの部下や上司は何するかわからないと云う事だ。」
「ご主人様、それは詭弁では。」
「別に反則じゃない。奴との戦いはそういう戦いなんだよ。元々俺もそういう奴だ。」
「…」
「それよりも良いことが解った。創造神はこの世界に興味を無くしているようだ。奴が最後の創造神の手先だろう。あと、たぶんもう追加の転移者は来ない。」
「創造神のいなくなった世界って?どうなるのでしょう、ご主人様。」
「たぶん、なにも変わらない。創造神に振り回されなく成って安定するのではないかな。」
「では、次の戦いが最後になるのでしょうか。」
「ああ。最後にしよう。」