153 針の筵
立派な馬車2台と普通の馬車1台をつらねて、王宮の中庭に到着する。前後の儀仗兵がそのまま左右に分かれて列を造る。俺達が降りてくるのを待ちかねたようにお役人が謁見の間に先導する。
謁見の間ではすでに左右に貴族や官僚が並んでいる。正面の席はいまだ空席だ。王族ともなれば、公式の場ではそれなりの勿体ぶった登場となるのだろう。
さほどの間をおかず、着飾った老人に続いて先日の王妃様、さらに王妃様に手を繋がれたニザーミ様が入場する。先頭の老人が国王だろうか。ニザーミ様のすぐ後ろにはマッケン将軍も目を光らせて付いている。
王族の入場とともに左右に居並ぶ高官が一斉に拝跪して頭を垂れる。
「よい。今日は公式ではあるが主役は朕ではない。」
朕?のお言葉で皆通常に戻る。朕のみが玉座につき王妃様やニザーミ様が横に並ぶ。ニザーミ様がこそっとミテオに手を振っている。
「此度は我が王国のため、民間人で有りながらはるばる帝国への親善使節を快く引き受けてくれたこと、ありがたく思う。聞けばニザーミも随分と世話になったようじゃ。重ねて感謝する。」
此方はただ黙って頭を下げるだけだ。部屋の入口付近で待たされているヴァーミトラから ”なにも言うな、黙っていてくれ…” という、哀願混じりの思念がひしひしと伝わってくる。
「さて、堅苦しい挨拶はコレで終わりじゃ。皆下がれ。これより特使殿と我らのみで内輪の壮行会をするのでな。では特使殿、ついて参られよ。」
ほう?現在の王は出来た人物という事だったが、第一印象はわるくないな。壮行会に出るのは俺達と王様、王妃様にニザーミ様、そしてマッケン。あれは内務卿か。それなりに必要な人材らしいが…あとはマッケンの部下らしい護衛の兵…じゃないな、あれは中級指揮官らしいのが6人。お、ファルコンノートの面々も入れるのか。まあ現実問題、帝国に入ってからはファルコンノートの面々だけが情報源になるからな。人選はまともだ。
「さて、ココからは無礼講じゃ。ゆるりと寛いでもらいたい。おおそうじゃ、すでに見知って居るようじゃが紹介しておこう。この神経質そうな顔の男が我がエフタール王国の内政を仕切っておる内務卿じゃ。やたら堅苦しい事が好きな男での。そなた達の印象は最悪じゃったのではないか?だが、王国ともなれば、こういう者が秩序を維持せねば立ちゆかぬ。その石頭が今回の特使派遣に賛成したのだから驚きよ。ということで、内務卿からざっと説明があるはずじゃ、適当に飲食しながら聞いてやってくれ。」
「そ、それは心外でございます。伊織殿のご活躍には喜びこそ有れ、含むところなど有りませぬ。現に、ドーストン侯領での改革が王国にも影響した結果、私にも専属の手足となる部下が2名増えました。おかげで今までは気になっていても手つかずだった部分にも目が行き始めております。」
「なるほど、それは重畳でございますな。お、テイル、この果実は初めて見るが旨いぞ。いや、内務卿ともなれば、憎まれ役、汚れ役も引き受けねばならないでしょうから大丈夫、理解しておりますよ。それにニザーミ様は良い才能をお持ちのようですしマッケン将軍も付いておられる。うちのミテオも友人と認めていただけたご様子。ミテオも我が妻の一人なれば、ミテオの同胞は我が同胞でございます。微力なれど陰ながらニザーミ様を見守り、お慕いいたす所存ですよ。」
壁際に立っているヴァーミトラの顔が青い。さらっとニザーミ様を値踏みしたので冷や汗をかいている。
「おお、我がニザーミは伊織殿の目に適ったようじゃ。朕も嬉しく思うぞ。」
ニザーミ様の話になったので、本人が出てくる。席を立ってしゃがみ目線を合わせて差し出された手を握って頭を撫でる。
「ニザーミ様、あちらでミテオが遊びたそうです。新しい鈴も造ってきましたので如何ですか?」
頷いたニザーミ様が小走りでミテオの所に行き、二人でああだこうだと躍り方を練習し始める。テイルは果実の山を抱えてビビっているファルコンノートの面々やマッケンの部下に押し付けて回っている。
「ニ、ニザーミ様と伊織殿は随分と仲がよろしいようですが、いつの間にそれほどに…」
「ん?勿論、今ですよ内務卿様。そもそも、わかり合える人とは初対面でお互い感じるものでしょう。胡散臭い人も同様、初対面でピンとくるもの。人の感じる印象は殆どの場合正鵠を得ているものですよ。」
「うむ。伊織殿もそう思うか。朕もずっとそう感じていたのだ。」
「初対面の印象はただの勘ではありません。それまで生きてきた経験値を総動員して判断した最終結果が初対面の印象なのです。殆どの場合で正しい結果になるのは当然でしょう。」
「なるほどのう、ちゃんと理屈も通っておるのじゃな。マッケンはどう思うかの?」
「はっ。まったくもって同感にございますぞ。戦場でも『なにかおかしい』と感じた場合は必ず罠があるもの。いまの話で納得できました。自分の過去の経験を総動員した結果が危機を警告していたのですな。」
「うむ。ドーストン侯の陪臣のアーミル将軍であったか。ただの堅物との噂であったがさにあらず。今では幾多の知恵者を抱える賢者と評判じゃ。いや、逆かの。堅物成ればこそ、知恵者も安心して手が出せる…助言もする気に成る…そういった所かの?のう、内務卿。」
うわぁ…この王様、結構エグいな。ニザーミ様派で固めた席にわざわざ内務卿を招き入れてニザーミ様派になるように踏み絵を迫っているのか。たしかに王様から見れば最も危険だったオリーミ公が失脚しドーストン侯が実績を上げマッケン健在の今が千載一遇の好機ではある。ここで一気にニザーミ様の地盤を固めてしまおうというわけだ。
「は、はい。内務卿の職責を果たすため、私も常々賢者を求めておりますが、不徳ゆえ未だ良き人材に巡り会えませず。さりながら、本日伊織殿と面識ができました。これからはこの内務卿にもご助言いただければ嬉しく思います。次代を担われるニザーミ様の御んためにも…」
「おお、内務卿も次代を担うニザーミのため、働いてくれると云うのじゃな。」
「も、勿論でございます。決してニザーミ様を疎かにする事など有りえませぬ。」
「うむ。マッケン、伊織殿、そして内務卿の心が揃ったの。エフタール王国の前途は安泰じゃ。」
王様が文字通り孫を見る目でニザーミ様を見つめている。すこし離れてマッケン将軍が…うわ、氷のような目で内務卿を見据えている。内務卿も気がついているのだろう、滝のような冷や汗を流している。まあ、此の場で粛清される可能性もあるわけだし当然か。