144 我儘な神
ラ・メゾンを後にして、のんびり家路につく。ベレヌイとの二人だけでのデートももうすぐ終了か。贅沢な残念さだ。
「なあ、ベレヌイ。ケルテイクではどんな人が結婚相手として好まれるのかな。やっぱ強い人かな。」
「ケルテイクには強くないひとはいません。弱い人はすぐに死んでしまうので。強いのは当たり前なので賢い人を取り合いになります。」
「俺は強くないのに良かったのか?」
「弱いのに生き延びていけるだけの知恵がある人なんてケルテイクには居ません。村の女が尽く伊織様の嫁になりたいと押しかけたのは当然です。弱い部分は嫁がカバーすればよいだけですから。」
なるほど、そう言われてみれば合理的なのか。案外ミドリやテイルも似たように考えているのかもな。コルストンは嫁が居ないと聞いたが、もしかするとコルストンはあれで武力も十分にあるのかもな。
家への帰り道で時々住民が戸外で遊んでいるのを見かける。双六やサイコロといった単純なものがほとんどだが、稀に麻雀やら囲碁も見かける。誰が広めたのか中国象棋まで出現していたのは驚いた。きっかけさえあれば広まるのは一瞬だな。王国でこれだけ広まっているのだ、帝国でもチラホラ始まっているだろう。
「ただいまー」
「お帰りー、伊織さま、今日は数字を覚えたよ。」
真っ先に出迎えてくれたのはミテオだ。数字と単純な足し算を教えてもらっていたようだ。
「もう数字を覚えたのか。早いなー。ミドリの方はどうだった?なにかおもしろい事は書いてあったか?」
「そうですね、どうも変なのです。聖ハスモーン教の古い本を見つけて買ってきたのですが、唯一神というのが最初は唯一ではなかったようです。」
「?どういうことだ?話が見えない。」
「大昔、まだ聖ハスモーン教ができるかできないかの頃は聖ハスモーン教信者が結構他の神様も祀っていたようです。」
「まあ、そりゃそうだろう。一番歴史の浅い神様だ、他のもっと古くからいる神様が先に信仰されていてもおかしくない。」
「ところが、唯一神は他の神様と戦うでもなく、他の神様の信者と戦うでもなく、自分の信者のなかで他の神様も合わせて信仰している者に厳しい罰を下しているのです。」
なるほど、たしかにおかしい。ほかの神を信仰していようが一応は自分のお客様だ。まったく無縁の者を攻撃して脅して入信させるなら理解できるが、すでに自分を信仰している人を攻撃するのは筋が通らないな。でも、まてよ。たしかユダヤ教の神様ってすっごい妬みがひどい神様で嫉妬深いとか聞いたな。一神教の成立のためにはそういうプロセスが必要なのか。改めて考えてみれば、全知全能の唯一神ならキリスト教信者もその初期にローマ帝国に迫害されるはずもなく、アッサリ『今日からローマ帝国はキリスト教だけでいくから他の神様でていってね。ちゃんちゃん。』でおしまいだよな。わざわざ信徒を試練に晒す意味など無いじゃないか。
「他の神に嫉妬する神?か…」
「はい。信者には自分だけ見ていてほしい神様のようなのです。」
「!! おい、可怪しくないか根本的な部分で。唯一絶対の神なんだろ。だったら他の神が居るはずがないじゃないか。居るはずのない相手に嫉妬するってことはだ…」
「あー。ホントだご主人様。居るはずがない他の神に嫉妬するということは、その ”唯一絶対他に神など居ない” という事自体が嘘ってことになりますね。」
「つまりは一神教の神様とは、 ”自分だけを神として信仰してほしいと思っている我儘な神” というだけであって、論理的に唯一絶対でもなんでもなく、幾多の神の中の一つの神に過ぎないということだ。だから唯一の部分に疑問をもつ信徒に罰を与えるということになる。最低の奴だな。」
「ちゃんと突き詰めるとそうなっちゃいますね。これは嫌ですね。」
これは致命的一撃になりえる話だな。最後の最後、止めの一撃に使えそうだ。
明日25日は私用でお休みになります。よろしくおねがいします。
*発売もされていないのに、禁書にされそうな方向に話が進んでいるけど、いいのか?いいのんか??