141 現状調査
「ベレヌイは読み書きや、商人のように計算ができたほうがいいか?」
「それは勿論出来たらいいなと思います。今は立て札があっても想像するだけですし。あの戦死した人のお墓に伊織様がなにか書かれていたけど、文字が書ける人はケルテイクにはほとんどいません。凄いです。」
「そうか。今日は文字を覚えるチャンスだったのに、連れ出してすまないな。後で俺がちょっとだけでも教えるよ。」
「有りがとうございます。でも護衛のほうがもっと重要だから、大丈夫です。それに護衛は今の私の出来る数少ない事ですので嬉しいです。」
あまりに可愛いことを言うので引き寄せてハグする。ちょっとびっくりしていたが、かまわない。二人だけのデートでご主人様特権だ。ダナイデ様には筒抜けだろうが何も言わないだろう。言わないはずだ。
道中横道にそれたりしていたのでギルドに戻るのは昼過ぎになる。
「このままギルドまで出向いて、ギルドで外食しよう。」
「宜しいのですか?ちょっと曲がれば家の前を通りますが。」
「俺が家に帰ると皆が寛げないだろう。偶には俺不在で羽を伸ばさせてやりたいのでな。」
「わかりました。」
何が解ったのかわからないが、ピッタリ真横にくっついてくる。誤解している感じだが都合の良い誤解なのでそのまま勘違いさせておく。
「しかし、不思議だな。ベレヌイが堂々と短弓を背負い、短剣も差しているのにだれも驚かない。」
「え?いえ、むしろ伊織様がほぼ丸腰の方が可怪しいと思いますが。」
「ん?それは、どういう事かな?」
「ケルテイクでは揉め事が起きて両方の言い分に一理ある場合は決闘で決着します。たぶんそれは王国貴族も同じと思います。ですので貴族は女も普通に武装していますし子供は真っ先に武術の鍛錬をするはずです。」
な!!なんだと。言い分が平行線の場合は決闘だと!!俺が今までギルドで他の連中に決闘を挑まれなかったのは超ラッキーだっただけなのか。やばい。これからは手投げ弾を数個は持ち歩くようにしよう…
「でも、イオリ様はさほどご心配せずとも大丈夫です。決闘といってもすぐにその場で行ったりはしません。名の通った立会人を立てて後日日時を決めて行います。ですので、伊織様が策を十全に張り巡らせば誰も相手にならないでしょう。あれだけの軍勢をアッサリ撃退されるのですから。」
いやいやいや、それ大きな誤解だから。策をいくら巡らせても実行するのが俺ではダメなんだって…強いのは俺じゃなくケルート人や魔物達なんだから。
やれやれ。これから帝国でいろいろやらかすと帝国でも決闘の恐れもありそうだな。神権政治の帝国で決闘とか違和感盛り盛りだけど。お互いの神の威信をかけての決闘とかになったら、たとえ勝ったとしてもキリがないぞ。宗教戦争が泥沼になる訳だ。
ギルドに入ってテーブルに着く。二人用の小さいテーブルだ。ギルドで提供されている軽い軽食を注文する。
「お?この食材はもしかして、ミエリキが売りに来ているのかな?」
「そうですね…ギルドでコカトリスの焼き鳥なんて普通に出てくるとは思えません。ケルテイクでは殆ど捕ることが出来なかったので、獲れたときには村で大騒ぎになります。」
「ミエリキも順調に商圏を広げているようだ。そう言えばサールトも上納金が多すぎると驚いていた。想像以上に商売にむいていたのかもな。」
「ミテオちゃんも、いきなりの王宮で立派な働きでした。」
「案外、あの親子は自分では気がついていない才能があるのかもしれないな。」
「おう、伊織久しぶりじゃねえか。今日はお供はお嬢ちゃん一人だけか。珍しいな。」
「マスター、久しぶりだね。このコカトリスはミエリキだね。」
「ああ。伊織に仕事貰ったって言ってたぜ。子供も引き取ってもらって仕込んでもらっているともな。」
「ミテオか。ミテオはもう代わりの効かない重要な役割が出来てしまったので、それ以上になっているけどな。」
「ほう。まあ、伊織はもう自分で狩りとかやっているほど暇じゃなく成っちまったようだしな。でも時々は顔を出せよ。おめえが来ないとギルドも退屈になっちまう。」
「まあ、時々は息抜きに来るよ。それより、ギルドの雰囲気が昔とは変わってきているな。」
「ああ。昔はタダの金のやり取りの場だったが、いまでは半分金、半分遊び場ってとこだな。サロンが貴族だけの物じゃなく成った訳だ。ちと下品だけどな。」
たしかに、隅でチンチロリンやっているし、花札も金を賭けているようだ。
「博打か。それもギルドっぽくていいじゃないか。揉め事が起きても周囲に腕の立つ奴がゴロゴロいるのですぐに鎮圧できるし。」
「まあな。昔よりは活気がある。博打に張る金を稼ぐために積極的に狩りに行く連中も結構いるからな。戦争が終わってやっと皆にも余裕が出てきたようだよ。」
あー、オリーミ公の動員で皆窮屈になっていたんだな。戦争は壮大な浪費だからな。だからこそ、損得度外視で戦争でもなんでもやる神権政治は困る。勝手に滅ぶのは自由だが、相手させられる側は迷惑この上ない。
「さて、飯も食ったしそろそろ行くか。」
「はい、伊織様。」
「もう行くのか。また時々顔出せよ…」
ギルドの様子もだいたいは予想通り、ちゃんと博打が流行りだしているしOKだろう。贅沢品の普及も順調のようだ。あとは王国貴族の現状だな。
「次に行くラ・メゾンは主に貴族やそれに連なる者が利用する事が多いレストランだ。ベレヌイも見た目や衣装はそのまんま貴族だから、臆することはない。堂々としていてくれ。」
ヴァーミトラが来ているかどうかは微妙だがな。ま、張り込みや情報集めは地味なものだ。だれでもいい、貴族の会話を盗み聞きできればOKにしておこう。