136 孫子の用間
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「マッケン将軍はさすがですね。中身のない組織よりも本当に使える軍隊を維持できる規模で構築しようとされている。」
「うむ。本物の武人じゃな。本物だからこそ、軍の補給部門まで最低限度の事は文官任せにせずに自分が握っている。」
まあ、それも本当は問題があるんだが、なにせ文官は現場無視して予算削るのが仕事と勘違いしてる奴がおおいから仕方ないか。
「それはそうと、祖母にあたる王女様とニザーミ様はおられましたが、ニザーミ様のご両親がご不在でしたが?」
「ニザーミ様のご両親はすでに亡い。2年前に毒殺されたのだ。ニザーミ様も危なかったのだが、マッケン将軍が常備している解毒薬が効いて一命を取り留めた。以来、王女様の信頼がつとに厚いのだ。」
「ほう、で、犯人は?」
「不明だが、最有力は失脚したオリーミ公との噂じゃ。序列2位だったからな。そもそも現国王がオリーミ公への禅譲を嫌って ”オリーミ公にさしたる功績無し” として、譲位を拒んだ結果、オリーミ公の先日来の軍事行動が有ったわけで、オリーミ公の攻撃をことごとく砕いてくれた魔物のお陰で保守派は胸を撫で下ろしておる。」
おっと、これは重要な情報が。すると現政権は魔物に特段敵意はないことになるな。
「なるほどねえ。すると次世代の国王は、1代飛ばしてニザーミ様にご養子を迎える予定と?」
「うむ。まだ決定事項ではないが、今となっては衆目の一致するところじゃな。」
それで、マッケン爺さんが今のうちに人を見る目をニザーミ様に身に付けさせたいのであのような行動に出たわけか。内務卿は怪しい野心があるのかもしれんな。
「内務卿には予め釘を刺しておくほうが良いかもしれませんね。」
「? ん?? いきなり何のことじゃ?」
「いえ、かりに内務卿が善意で良い御養子を推挙されたとしても、権限が内務卿に集中しすぎて内務卿自身を焦がしかねないという事ですよ。才ある内務卿に無用の負担を掛けさせないためにも、養子縁組関係のことには内務卿は一切関わらないほうが良いでしょう。内政の要がお家騒動で失脚してはお国がガタガタに成ってしまいますよ。元居た世界ではそうならないために、権限は必ず分散させるように法で縛られていました。それでもジワジワ権限が集中しがちで、集中した人は判で押したように人柄が腐ってしまっています。」
「…そういう事…にしておけということじゃな。そうか、内務卿にさような野心が。組織の中に居るとまるで見えぬ。まさか、マッケン将軍もそれを感じてニザーミ様から離れないのか?」
「そこまではまだなんとも。武人ですし、宮廷闘争に関わる気は無いでしょうが、ニザーミ様の後見を頼まれているのはほぼ確実かと。」
「わかった。我がドーストン侯にもそれとなく伝えておこう。」
「ところで、帝国との関係は現状どうです?オリーミ公が失脚して王国に根付きかけた聖ハスモーン教が根絶やしになりそうな情勢ですが。」
「うむ。勿論良くはないな。帝国は最近オリーミ公残党の主戦派をつぎつぎ取り込んでおる。急速に軍備も整えているようじゃ。神権政治のはずが軍備に熱を上げるなど、なにを考えて居るのか…」
いやいや、むしろ狂信者は軍事行動が大好きなんだけどな。
「親善使節を送って最低限度の関係を維持しておくのは必要かもですね。」
「ふむう…親善使節のう…。」
「私の元の世界の高名な軍略家の孫子が各種の間諜をおおきく5類型に分類しています。そのうち因間や内間はすでにコルストンなどの商人が実行済です。ここらで生間をおくりこんでも良いでしょう。」
「ま、まってくれ、伊織殿。情けないことだが、用語が理解できぬ。」
「えーっと、まずは因間これは商取引などで出入りするついでに付近の住民にそれと無く聞き出す類の情報ですね。内間は直接敵国の軍人や要人と商取引などなんでもいいので接触を持って四方山話などで取り出す情報です。当然、因間より濃い情報が得られますが因間より危険度が上がります。生間は堂々と敵国に潜り込んで情報収集します。潜り込む理由が納得できる内容あれば何回も潜り込んで探ります。直接見て帰ってくるので情報の確度は高くなります。」
「コルストンはもう左様なことまでやっておるのか…」
「当然でしょう。商人にとって情報はそのまま収益に直結しますからな。こう言ってはいけないんでしょうが、アーミル将軍含めて王国貴族も当然情報収集されてますよ、普段からずっとね。」
「…そういうものなのか。で、残りの2種類は?」
「反間と死間。これはかなり高度です。反間は敵が送り込んできた間者を逆に利用するもの。必ず寝返らせるわけでもなく、本人は真面目に諜報活動しているつもりが嘘の情報をせっせと報告させられていた…といった利用法も含みます。」
「…むう…で、最後の死間は?」
「命がけで敵に復讐したいといった人間。子供を殺された親とかを募って敵国に送り込み命と引換えに致命的な情報を盗んだり、致命的な偽情報を信じ込ませる場合です。相手は怪しい情報と思っても ”間違っていた場合は私の首を刎ねれば良い” とか云われたら、まあ、大抵は7割方信用してしまいますからね。」
「目眩がしそうな話じゃな。それで親善使節が生間になるという訳か…!! 伊織殿、まさかそのために各地で公演してまわっていたのか?」
「いや、まあ、これはついでに発生した理由ですよ。元々は単純に皆に音楽を知って楽しんでもらいたかった訳で。」
「だが、仮に親善使節に決まったとして、何故伊織殿がそこまでする必要があるのだ。好き放題自由気ままに生きる、羨ましい生き方が伊織殿であろうに。」
「いや、まあ、そうですねー、行きがけの駄賃というか、乗りかかった船というか、ニザーミ様がうちのミテオと仲良しになっちゃいましたから、もう見て見ぬ振りもできませんし。それに、俺は子供や動物とは相性が良くてね。私が作らせた鈴を大事に握り込んでいるニザーミ様にはよい王妃様になってほしいな…とか、思っているのですよ。まあ、マッケン爺さんもにたような感じじゃないですかね?」
「しかし、禄も知行も与えられておらぬ伊織殿に左様な危険をさせる訳にはいかぬ…」
「いやいや、危険なことなど端からする気はないですよ。ただ行ってぼんやり見てくるだけですから。行く良い理由が出来たんじゃないの?ってだけで。相手側だって布教名目で今まで入り放題だったんだし。」
「…う~ん。伊織殿、コレはあまりにも話が壮大で儂では判断が付きかねる。主のドーストン侯やマッケン将軍にも話しておきたいが良いか?」
「勿論結構ですよ。ダメだ…と言ったところで私にはアーミル将軍を止め立てする手段も有りませんし。」
「そ、それはそうじゃが、伊織殿が言うなと言うのであれば、儂はいわぬ。これは信じてもらいたい。」
いや、そもそも信じているからアーミル将軍にレクチャーしているんだけどな。
「ではそういう事で、段取りが整ったらまた連絡ください。敵の間諜にはそれとなく注意はしていてくださいね。一応いままでの情報ではそういう手間暇はあまり掛けない相手のようですが、念の為に。」
明日、15日は病院で更新はお休みになります。よろしくおねがいします。