135 マッケンの腹
マッケンに頭を下げるとマッケンも軽く答礼してくる。うむ。この爺さん是非とも味方に引き入れたいが。さてどうしたものか。魔族とケルート人が攻守同盟の密約状態だから、戦略的に見てもエフタール王国と魔族が友好的不戦状態である事が望ましいんだよな。
「そうよのう、もうそろそろニザーミも王宮外の世界も知っておくのは必要な事よの。そのときは伊織よ、ニザーミも入れてくりゃれ。」
「はい、勿論喜んで。」
マッケンが睨みを効かせているので誰も表立っての反論は出来ない。荒事と無縁の宴にマッケンが呼ばれているのは、王妃の信頼がそれだけ厚いのだろう。
その後、俺達各人にもそれなりの品が下賜され散会となる。再び機材が馬車に積み込まれアーミル将軍邸へと帰路に付く。
「ふあーーーもう汗びっしょりーーー」
「ミテオ、よく頑張ったな。大成功だぞ。もう、ニザーミちゃんと友達じゃないか。」
「…ちゃんって。なんて言うのか忘れたけど、王妃様の孫だよ。」
「親や爺婆がだれだろうが、幼い幼児だ。大した違いはない。」
「ご主人様、あの声の大きな将軍は我々に肯定的でしたですね。」
「親衛隊というか、王室の近衛的な意味合いの部隊長だからな、マッケンは。教育係も兼ねているかもしれないな。」
「旦那さまが直接王妃様と踏み込んだお話されたり、ミテオちゃんがニザーミちゃんに急接近されたりでアーミル将軍が後方で脂汗垂らしていましたよ。」
「そうだろうな。それもあって、かなり大人しくしてやったつもりなんだが。」
「でも、ご主人様がわざと敬語省略気味にしているとか、アーミル将軍にはバレていたはずだから脂汗もでますよ。」
「あれぐらいは楽しまないとな。それよりマッケン爺さん、なかなか活きが良かったな。」
「あの爺は良い匂い出してたーー。ダナイデ様が出してるような、森の草木や竹の匂いだったー。」
なる程な。現場叩き上げの匂いか。
「これ、貰っちゃっていいのかな?やっぱり返しに行くのかな?」
「ミテオ、それは無くさないようにして、出来るだけずっと身につけておくほうがいいな。偶然町で見かけられたときに、ちゃんと身につけていたほうが王妃様のご機嫌も良くなる。なあに誰も取ろうとか思わない。あれだけの人の前で手渡されたんだ。奪っても売れもしないし、身につけていたら『自分は泥棒です。』と言っているようなものだからな。」
「そうかー。解ったー。ずっと付けるようにするね。お父さんびっくりするなあ…」
…
…
アーミル将軍邸に到着し、ココでも慰労の宴が催される。主だったメンバーはもう慣れているのでズカズカ我が家同然だが、やはりミテオとベレヌイは小さくなっている。
「此度のお召しの成功を祝して乾杯!!」
将軍の音頭で祝杯をあげる。すでにミドリの前には数々の銘酒が並べられている。将軍もえらく気を使っているな。まあ、これからも何回かお召しがありそうだし、そんなものか。
「伊織殿、それに、ミテオ殿もよくやってくだされた。我もドーストン侯よりお褒めの言葉を頂いた。あれほど上機嫌の王妃様は近年見たことがない。まあ内務卿は苛ついておられたが気にすることはない。内務卿では我らに手出しできぬし、なによりマッケン将軍が居る。」
「マッケン将軍と内務卿は反りが合わないようですね。」
「うむ。内務卿もあれで内政は悪くないのだ。ただ、マッケンは軍関係は内政案件まで自分で仕切っているのでな。そしてそれがまた手堅いと来ておるから余計に内務卿の癇に障るのだろう。」
「マッケン将軍は好意的なように感じられました。」
「ああ、意外にもな…実は列席者にマッケン将軍が居たのを見て不安だったのだ。」
「? なぜ、マッケン将軍が我らに含む恐れがあるのですか?初対面ですが。」
「伊織殿は聞いてないのかな。伊織殿の推挙でコルストンに会いに行った時、コルストンに言われたのだ。 ”武官と文官の比率を3:7にせよ…” とな。」
ああ、そんな話も有ったな。
「それで我がドーストン侯に進言して実行した。勿論、簡単に首切りは出来ぬのでまずは役職だけを減らして人材は臨時職を作って我が近衛で一時預かりにして宥めておるのだが。」
ほう、本当に形だけでも実行したのか。意外に根性見せたな。これにはコルストンも苦笑いだろう。
「その効果は歴然だった。いままで滞っていた内務が嘘のように捗ってしまったのだ。ドーストン侯にも不思議がられ、正直に教えてもらった知恵だと申したのだが、その話が宮廷の宴席の肴になったようでな。あろうことか、王国自体でも実行されてしまって軍縮されたのだ。」
「あー、それでマッケン将軍が俺達に含んでいる恐れがあったわけですね。」
「うむ。ところが、どういうわけかマッケン自身も賛成だったらしい。なんでも、 ”鍛えられていない水膨れした軍など使い物にならんタダの穀潰しだ…” と言ったそうだ。結果、王国の予備役師団は半減、しかしその半減したなかから選りすぐりの1000人を新たにマッケンの軍に編入することになった。」
「それなら、マッケン将軍の権益もおおきくなっているのでは?」
「いや、マッケンは直属軍だけでなく、王国軍全体をも統括しておる。トータルで見れば権益はかなり減らされて居るはずだ。」
なるほどな。軍官僚としての利権が縮小されても、実戦で使える戦力の増大を歓迎したわけだ。叩き上げの武人ならではだな。しかし予備役師団とか制度化されていたのか。第二次大戦前のドイツ軍のような感じで兵は配属させずに中級や下級指揮官だけを錬成しておいて、戦時に兵だけ予備役招集して割り振って急造師団を造る算段だろう。3代前の国王はやはりマニアだな。