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134 令孫ニザーミ

透き通るような哀愁を含んだライアーの澄んだ音色が謁見の間に染み込んでゆく。敵意むき出しだった一部の役人や貴族の表情に焦りの色が浮かぶ。正面の老婦人の膝に乗ってキラキラした目でみていた幼児、6歳か7歳ぐらいか?が婦人の膝から降りて口を開けたまま近寄ってくる。この子がご令孫のニザーミ様のようだ。前で舞っているミテオと一緒になって体を揺らせている。見様見真似でミテオの動きを真似しようとしているようだ。


「…見事じゃ。息を呑むような繊細な調べじゃのう。ニザーミもいたく喜んでおる。軍楽隊ではニザーミを泣かせてしまうのじゃが、自分から踊りだすニザーミは初めて見たぞよ。」


ニザーミ様は年齢が一番近いミテオのすぐ側に来てじっと見上げている。ミテオがしゃがんで両手に持っていた鈴の片方をわたしている。何も考えずに可愛いから渡したのだろうが、上手いぞ、これで2曲めは一緒に演奏するお仲間誕生だな。ミテオがこのタイミングで仲間に加わっていたのは幸運だったな。年齢が離れた大人であれば、お付きの人がニザーミ様を止めてしまっていただろう。


「おお、次はニザーミも舞いたいようじゃ。われもニザーミの舞を見たいぞよ。あー、よいよい、そのままニザーミの好きなようにさせてやってたもれ。」


王妃様も孫の行動を喜んでいるな。今までは周囲に言われたことしかしなかったのだろう。それがハッキリと自分の意思で行動し始めた事が喜ばしくないはずがない。王妃自体も窮屈な思いをずっとしてきた事だろうしな。睨んでいる役人は手の内に入れていたはずの駒が勝手に動き出して焦っている訳だ。


「では2曲めに参ります。」


舞自体はミテオを真似して1テンポ遅れでたどたどしいが、頑張ってミテオについていく姿は微笑ましい。ライアーの曲自体がスローテンポのバラードなので結構上品にそれなりに舞えている。これには王妃様も目をうるませて見入っている。ふふふ。こうなってしまうと木っ端役人の思惑など付け入る余地はない。迂闊に演奏に割って入ろうものなら首が飛ぶぞ。


「おお。見事じゃ。ニザーミも見事じゃぞ。」


謁見の間が割れんばかりの拍手で充満する。睨んでいた役人や貴族も口の端を歪めながら拍手している。結局4曲演奏してニザーミ様も疲れたようなので打ち止めとする。


「伊織殿、此度は孫のニザーミのため、わざわざの登城ご苦労であった。ニザーミも満足しておる。このような晴れやかなニザーミの顔を見るのは久方ぶりじゃ。国中で評判になるのも納得の腕前よのう。ささやかながら、宴が準備してあるので来てたもれ。」


鈴をつかんだまま王妃様の膝でニコニコしているニザーミ様。ミテオをずっと見ているのか。友達もろくに居ないのだろうな。


「有難うございます。」


ありがたき幸せ…などと、貴族や武人が言いそうな言葉はわざと避けて平民としての返事をする。いちいちこめかみをひくつかせる者、逆ににこやかに微笑む者、わりと簡単に列席者の色分けができて助かる。


「皆席についたようじゃな。伊織殿、此度は非公式ゆえ、堅苦しい挨拶は無用じゃ。各自楽しんでたもれ。」


そういって自ら杯をあけ、食事を始める。それにうながされて我々も普通に食材に手を付ける。


「これ、席を一つニザーミの隣に。…うむ。伊織殿の舞子のむすめ、見事な舞であった。名はなんと申す。」


「この者も私の嫁の一人で、ミテオと申します。」


「ミテオじゃな。見事であった。ニザーミがそなたに借りた鈴がいたく気に入ったようで、見ての通り離さぬ。すまぬが譲っては貰えぬか。」


俺が目で合図してミテオに返答させる。


「どうぞ、そのままお使いください。」


「おお、譲ってくれるか。ならば、答礼せねばなるまい。ミテオ、コレに来てたもれ。」


ミテオに合図して王妃様の前に進ませる。王妃様が自らが付けていた真っ赤なルビーのネックレスをミテオにかけてくれる。驚きながらも黙って頭を下げている。そのミテオをニザーミ様が引っ張ってニザーミ様の隣に座らせてしまう。群臣も息を呑んでいるが、王妃が最初からそのつもりで席を用意させたのは明白で誰も口を挟まない。ニザーミ様が自分でミテオをいざなったのに驚いている訳だ。もうこうなってしまったら止まらない。ニザーミ様がなにやら止めどなくミテオに話しかけている。


「よき仲間ができてニザーミも喜んでおる。伊織殿や。これからも時々来てくりゃれ。」


「お召しとあらば、喜んで。また、我々はお国の各地で演奏して回っておりますれば、お忍びで来られるのも面白うございますよ。ニザーミ様も屋外で舞われますれば気持もさらに高揚されましょう。」


”なっつ、下賤の者の前で舞えなど、不敬…”


「それは良きご思案ですぞ!!」


宴席の食器が割れんばかりの大音声で図太い声が響き渡る。木っ端役人の抗議の声が綺麗に上書きされる。


「王族の幼き令孫が広く我が国民の前に立ち、しばしの癒やしを共有する。まさに貴族の有るべき姿でござる。不肖、このマッケンがその折にはお供致しまするゆえ、狼藉者などに指一本触れさせは致しませぬ。安んじて 巡行なされませ。」


…ほう、この爺がマッケンか。ニザーミ様はこの爺にとっても孫同然のようだな。マッケンの登場で苦虫を噛み潰しているのは…あれは内務官僚か。まあ、文官と武官は大抵不仲だが、それ以上にマッケンを毛嫌いしている感じだ。まあ、担ぐ神輿は軽ければ軽いほど都合がいいとか思っている輩なのだろう。


これは思わぬ収穫が有ったか。

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