133 王宮
荷車2台に機材も詰め込んで、ぞろぞろとアーミル将軍邸へ向かう。テイルの機嫌が良い。
「テイルご機嫌じゃないか。どうしたんだ?」
「ご主人さま、最近焦げ臭い匂い出してたけど、いつものちょっとピリッとした辛い匂いに戻ったーー。」
焦げ臭い匂いか。火薬に原油だもんな、焦げ臭くも成るか。…いや、違うな、たくさん死ぬ予想だったから死体の匂いか…
「それに、またテュロスちゃんに会えるーー」
「あー。ゴメンよーテイルさん。今日はメンバーで同行するのは俺だけなんだ。」
「えー、そうなのーー?」
まあ、普通はそうだぞ。そもそもアーミル将軍自体が陪臣だ。そのさらに臣下であるヴァーミトラが出席出来る事自体特例だろう。逆に言えば、嫁の皆のほうが今回に限ってはアーミル将軍よりも地位が高い。ヴァーミトラを顎で使えるのは今のうちだぞ。
「旦那さま、今日はかなり好調ですわね。」
ミドリがため息をついている。もう長い付き合いだ、これからアーミル将軍やヴァーミトラが振り回されて右往左往するのが透けて見えるのだろう。
「しかし、伊織さん、8人も嫁造ったんだ。この前までは6人だったのに。それにマニアック…いや、若いお嫁さん増えてるね。」
「ん?いや、むしろ正常化が進んでいる方なんだが。」
ヴァーミトラはグリフォンやメガロドンの嫁を知らないからな。なんとなく、ニケのエフソス様も嫁になりそうな予感もあるし。
「そう言えば、コルストンとは結構長い付き合いになるが、嫁に会ったことがないな。」
「ああ、コルストンさんは嫁を造らない事に決めているそうですよ。なんでも ”事業成功してから近寄ってくる女にろくな奴は居ない、嫁を取るなら事業立ち上げまでの苦しい時期に寄ってきた女しか相手にする気はない…” とか言ってるって。」
コルストンも元の世界の闇を引きずっているようだな。それでか、最初会った時から親近感がなぜか有ったな。
「そういうことか。まあ、そのうちベレヌイやミテオのような娘に会えれば変わるだろう。俺もそれまでは普通の人族は嫁にする気は無かった。」
「ああ、伊織さんそうだったんだ。そうだねー、たしかにダナイデさんは普通じゃないわ。お姫様にしても、なんか、眩しいというか。俺じゃ位負けしてしまうよ。」
まあな。1億5000万歳の精霊様だからしゃあない。おまけにベースが植物だ。一番ぶっ飛んでいるかもしれん。
「主さまー、邸の前、馬車がいっぱいだよー、将軍さんも、もう出てきちゃってるーー」
将軍さん…か。軽くなったものだ。おう、ホントだ、待ち切れなくてアーミル将軍最前列まで出てきてるな。勤め人は大変だね。
「おお、伊織殿、お待ちしていましたぞ。此度は急なお願いを聞き入れ頂き申し訳ない。」
「いえいえ。王妃のお孫さんとなれば、将軍も大変だったでしょう。まあ、楽曲自体は自信がありますので、ご安心ください。」
「すまぬ。伊織殿御一行の人と成りは可能な限り先方にも伝えてあるので普段どおりに接していただければ結構なはずだ。われは陪臣ゆえ、はるか後方での待機であるが、なにとぞ良しなにお願いする。」
100%出資の親会社の社長の孫の接待のようなものだからな。そりゃ、藁にもすがる気分だろう。なあに、今回はこっちも予定があるので悪いようにはしないから。
「そうそう、あれから2人嫁が増えてますのでお見知りおきを。ベレヌイとミテオです。ふたりとも楽団のメンバーで、特にベレヌイがこの楽団のコンサートマスターです。」
「なんと、そのお嬢さん、いや、奥方でしたな。噂のライアーの奏者でしたか。ドーストン侯爵直属、近衛騎士団長アーミルです。此度はよろしくおねがいします。」
ほんの小娘にもこうやって正式な挨拶が当たり前に出来るので、この将軍は憎めないんだよな。普通なら見た目で侮って機嫌を損ねる場面だが。ミテオを嫁と紹介しても普通に納得しているのは貴族間では普通だからだろう。生まれる前からの許嫁とかもあるくらいだ。10歳程度の嫁など珍しくもないか。
将軍の差配で機材が次々と馬車に収められてゆく。先頭の馬車に将軍とヴァーミトラ、お付きの兵士が乗り、俺達は2番めの一際立派な造りの大きな馬車に乗る。たぶんドーストン侯爵から借り出してきたのだろう。贅沢な造りだ。ドーストン侯爵自身はすでに王宮で待機しているのか、同乗していない。アーミル将軍に俺の事を聞かされて会わないほうが無難と判断したかもな。
「ご主人様。この馬車はさすがに…」
「ミドリ。皆もなにもビビることはない。俺達は王国を代表して帝国に乗り込む予定だから、コレぐらいの扱いは当たり前だ。この世界で唯一無二の有名芸能人御一行様だ。偉そうに堂々としていればいい。」
とは云え、堂々と普段どおりなのはテイルとダナイデ様ぐらいなもので、他の3人はお上りさん丸出しだな。まあ、演奏が始まれば落ち着くだろう。
儀仗隊を前後に従えて王宮へと馬車が進む。沿道で見かける住民の視線は好意的なようだ。ドーストン侯の治世は結構まともなのかな。
「主さまーー、前に見に来た王宮がみえてきたよーー」
3代前の国王が築いたという王宮だ。乱世の時代につくられた城なので、実戦むきの手堅い造りで好感が持てる。堀を渡り外壁の中に入ると、そこは王宮だけあって広い中庭に成っており、長い隊列も余裕で飲み込んでいる。
馬車の戸があけられ先導する役人の導きで謁見の間へ案内されてゆく。謁見の間には大急ぎで先回りして設置したのだろう、機材がすでに並べられており、いつでも演奏できる状態になっていた。
「ライアー奏者、木村伊織家御一行、ご出座ーーーー」
肩書がないので担当役人も口上には苦労しただろうな。その呼びかけに応じて中央に進み各々の楽器を手に取り配置に付く。
「本来であれば、まずは王妃様のお言葉ですが、此度はご令孫ニザーミ様のご希望も有り、まずは一曲ご所望とのことです。伊織様よろしくお願い致します。」
黙ってうなずき、皆に目で合図して準備に入る。ミテオを手招きして前に進ませる。
さあ、聞いてもらおうじゃないか、異国の調べを。
あんた達が魔物扱いしてきた人々の高い文化を。ん?コレ褒め言葉になっちゃうかな(笑)