132 お迎え
ヴァーミトラが慌てて帰った後で、改めて皆に王宮での公演を説明する。仲間に成って日が浅いケルート人のベレヌイやミテオは王宮と聞いて意識が追いつかないようだ。
「ご主人様、本当に王都からお召しが来ましたのですね。」
「ああ。もっと早く来ても可笑しくなかったけどな。エビが欲しいとか、キャビアくれとか…我慢が足りない王侯貴族としては、結構耐えたほうじゃないかな。」
「あ、あの、お召しが来るのは予定通りだったようなお話ですが、伊織さま。そんなことが…」
「んー、ベレヌイはまだ納得できないかもしれないが、そもそも王都を動かして帝国に王国からの親善使節名目で堂々と乗り込むのが目的の一つだから、王宮からお召しが来るのは予定通りなんだよ。」
王侯貴族をこき下ろしたりお召が来て当たり前と言ったりで、子供ながらもミテオがびっくりして固まっている。ミテオも親父のミエリキから俺の事は聞いているだろうに。
「ほほほ。ベレヌイさんもミテオちゃんも、コレぐらいで驚いていては旦那さまの嫁は務まりませんよ。すでにヒュドラまで手駒の一つとして操っておられる方ですから。それに、どうやら次の戦は塩湖か黒の海で起きるようですよ。…あら、いけない。コレはまだ思案されている途中の話でしたわ。聞かなかったことにしてくださいね。まあ大分先の感じみたいなので忘れてくださいね。」
皆が一斉に俺を見る。ダナイデ様もあれで結構イタズラするんだよなあ。まあ、後で聞かされるよりもショックは少ないし、嫁だから教えられたという特別感も持てて、良い結果になるだろうから言ったんだろうけど。
「ま、まだ、予想の域だがな。それを確定させるためにも、帝国に潜り込む必要があるわけだ。」
「今までの工作の効果がどれぐらい出ているかも知る必要もありますしね。ご主人様」
「そうだ、ミドリの言う通り。いろいろな意味で直接帝国を見ておく事が必要なんだ。」
ホントは敵の軍師に直接会いたいところだが、俺の存在がバレるのが怖い。直接会うのは辞めたほうが無難だ。遠くから俺だけ相手をこっそり観察できれば最高なんだが。
「まあ、そういう訳で、お召しには出向くことにしたので、皆そのつもりで居てくれ。ミテオには体格が一番小ぶりのミドリの服を貸してやってくれ。裾を少し調整すれば着れるだろう。ベレヌイはテイルの服でそのまま着れそうだな。あの慌てぶりだから、明日にもお呼びがかかるだろう。」
「伊織さま、王宮のご作法とか、なにも知りませんが大丈夫でしょうか。」
「そんなのは、ダナイデの真似していれば良い。多少無作法が有ってもどうということはない。そのためにわざわざ傾奇者で通しているのだから。とにかく堂々としていればいい。こっちがお客様で俺達をもてなす立場なのは、向こう側なのだからな。」
とは言っても、ミテオもベレヌイも嫁に来ていきなり王宮だからな。他の連中は将軍邸で練習済だからなんとも思ってないだろうが。すこし安心させておくか。
「今夜はミテオとベレヌイに将軍邸に行ったときの話をしておこうか。ふたりともコレへ。」
ミドリが微妙な顔をしているが、元々ミドリの構想が無理なんだよ。ミテオを虐めたりしないんだから、そんな心配そうな顔するなって…
…
…
「伊織さん起きてるーー?」
早っ!!。心配しすぎだろ。まだミテオを抱っこしている時間なのに。ミテオが起きちゃうじゃないか。
「まだ寝てる…」
「ヴァーミトラさま、旦那さまは寝起きはご機嫌が悪いから起こさないほうが良いですわ。」
うむ、ナイスだダナイデ。あと30分は待たせておこう。小さきものは皆美し…清少納言も言っていたぞ。ミテオを愛でる邪魔はさせぬ。
…
「旦那さま、そろそろ宜しいのでは…」
「…であるか、是非も無し…ミテオ、そろそろ起きようか。」
ベレヌイは…何時もずっと早く起きているなあ。ケルート人の女性の嗜みなのかもしれない…
ミテオが着替え終わるのを待って、最後に俺が寝床から出る。
「早いね、ヴァーミトラさん。まあ、慌てることはないよ、軽く飯食ってからいこう。」
ジリジリしているヴァーミトラにも食べるように勧めて、皆でゆったりと朝食を取る。
「どうだいヴァーミトラさん、テイルの取ってきてくれる炭酸水。朝に飲むとまた格別に美味いんだな…」
「う、うん、たしかにコレは美味しいね。」
「まあ、そう慌てないで。こっちが客なんだから、ヴァーミトラさんも堂々としてりゃいいんだって。」
まあ、厳密には俺達だけが客で将軍は臣下だから客じゃないけどな。でも俺達の知り合いってことで頼まれたのだから、今回に限っては恩着せがましく ”手こずりましたが連れてきました” とか言えばいいのにな。
「は、は。皆が伊織さんじゃないからね。で、今日の段取りだけど、まずはアーミル将軍邸に来てもらって、馬車が仕立ててあるので皆さん乗って欲しいんだ。機材もアーミル将軍の責任で運搬するから。」
「私も将軍さまの馬車にのるの?」
「勿論だ。ミテオも俺の嫁なのだから当然だ。楽団員でもあるのだからな。」
「よ、嫁…なんだ。うん、ミテオちゃんも乗ってね。」
将軍邸から王宮までの護送はアーミル将軍の責任という訳だな。仕方ない、傾くのは王宮に着いてからの話か。
「やれやれ。孫娘に聞かせてやるだけなのに、アーミル将軍も振り回されて大変だねー。」
ミドリが酢をのんだような顔をしている。テイルは知らんぷりか。きっと変な匂いが出ているんだろう。